二日目の朝
朝日が昇り始め、コーネリアに光を注ぎだした頃。
ダニッシュは東門の上に立ち、昨日戦いが行われていた平野を見渡していた。
昨夜の炎の壁はすっかりとその姿を無くしており、地面に焼け焦げた痕を残しているのみだった。
「明日が山場、か」
今日は昨日と同じように、魔族の猛攻から耐え凌いでいく一日となるだろう、とダニッシュは考えていた。できるだけ被害は最小に、そしてできるだけ、魔族の数を減らす。
とはいっても、人間側の被害も楽観視できるほどのものではなかった。
「昨日のような策は、今日は使えない。本当に地道に頑張るしかないんですね、今日は」
門の上を少し歩くと、見張りの兵士が魔族の軍勢をまっすぐと見つめていた。兵士はそんななか、ダニッシュの姿を確認したのだろう、ダニッシュに一礼をしてきた。
「お疲れさまです。眠っていないのですか?」
「は、見張り番の者と交代制でやっておりますので、眠りはしっかりとっております」
「それはよかった。疲れが一番の敵ですからね、気をつけてください」
「わかっております。心遣い感謝します」
ダニッシュと兵士は互いに微笑みあった。そして兵士は再び、敵である魔族軍に目を向けた。
「……魔族が、憎いですか?」
ダニッシュは聞いた。なぜ聞いたのか、そんなことはダニッシュ自身もわからなかったが、しかし聞きたいと思ったのだ。
「……憎かった、いや悪そのものだと思っていました。――この戦争が始まるまでは」
「……考えを聞かせていただけますか?」
「なんだかこんなことをいうと、裏切り者みたいで嫌なんですけどね。今はもうわからないんです。……昨日、自分はこの門の上で魔法を撃ち込むため待機していました。そうして、眼下で繰り広げられる戦いを眺めて、転がっていく屍を眺めていて、魔族も人間もやっていることは同じじゃないか、と思ってしまったんです」
ダニッシュは、兵士に言葉を静かに聞いていた。
「自分は今、死ぬのが怖い。だからそのために戦います。でもさっき、ここから魔族たちを眺めていて、自分と同じような魔族が魔物がいるんじゃないかって、そう考えていました。はは、おかしいですよね」
「……おかしくなんかないです。わたしもそう、思っています」
「ダニッシュ様も?」
「リーダーとしては失格なのかもしれませんが、わたしは魔族と人間はいつかはわかりあえると思っています。わたしはそれを実感してきましたから」
レイノスやアンナとの旅、それはダニッシュの価値観を揺るがすには十分すぎるものだった。
レイノス、アンナ、ダニッシュ、この三人が共に過ごすことができた。
これは人間も魔族も分かりあえることを象徴していたのだ。
どうして今、人間と魔族がこうして戦いあっているのかはダニッシュにはわからない。
それは世界がそうして作られているからかもしれないし、誰かがそう仕向けているのかもしれない。
「でも……」
いつの日か、全てとは言わないが、人間と魔族は共に歩み寄ることができているのではないかと、ダニッシュは一人想像していた。
いまこのとき、当たり前の幸せを掴めず苦しんでいるものがいるのなら、そして、それを助ける力が自分にないのなら、せめて自分が終わりを与えてあげよう。
いくら憎まれてもいい、悪役になったっていい、自分の命を断てといわれたら喜んで断とう。
だから、せめて、いまより先の未来、そのようなものが生まれないように今精一杯戦おう。
「待っててください、ラミアさん」
ダニッシュは呟くと、兵士に礼をいって、その場を立ち去った。
そして一人の人間のもとへと向かう。
向かった先は東門を出てすぐにある、森の中。ダニッシュはその足を、奥へ奥へと進ませていく。
そして、そこにいたのは……。
「どうですか、イマムネさん。なんとか今日中には終わりそうですか」
「あ、ダニッシュさんですか。ええ、なんとか終わりそうですよ。昨日の時点であらかた水は引いてると思いますが……どうでした?」
「ええ、地面がぬかるんでいましたよ。昨日油をまいたりして派手にやりましたから、魔族には気づかれていないと思います」
「それはよかった。獣人のみなさんがいなければ、この作業は全然進まなかった」
イマムネの後ろにいるのは、今も作業をしている獣人たち。
石を積み上げ、それが崩れないように補強し、さらに石を積み上げていき溢れないようにしていた。
「この作業が終わったらすぐに、例の手はずでお願いしますね」
「ええ、わかってます。気づかれないよう回り込んでみせますよ」
イマムネは綺麗な白い歯を覗かせて、任せろというように親指を立てた。
「それでは、わたしはこれで」
そういってダニッシュはその場を立ち去ろうとした。
「あ、ダニッシュさん、ちょっとまって!」
「どうしました?」
「昨日の夜、この森をこそこそと進んでいく人がいて……幸い自分達は作業を終えていましたから気づかれませんでしたが、その人は魔族のいるところへと。人間のなかに敵に内通しているものがいるのでは?」
ダニッシュは思考するように、目を伏せた。
考えられないことではない。魔族に寝返れば、命が助かると思ったものがいるのかもしれない。
このコーネリアに集まった人間の中には、周りに流されてしまったものもいるはずだ。
そういう人間が裏切ったと考えられなくもない。
「……そうですか。こちらで対処しておきます、ありがとうございました」
「いえいえ、それでは」
イマムネはそういって、作業に戻った。
ダニッシュはイマムネのその背中を見送り、自分も踵を返しコーネリアへと足を進めた。
二日目の戦いが、始まった。
人間は昨日と同じようにじりじりと後ろに下がりながら、攻防を続けていた。
しかし、人間が陣を敷く場所は徐々に魔族の軍勢によっておされ、その大きさを狭めていく。
魔族軍は平野に縦に長く広がりを見せ始めており、それとは逆に人間は少しずつ横に陣を敷いていくしかなくなっていった。
それは、魔族が人間の拠点、コーネリアに迫ってきていることを表している。
魔族を率いるラミアは、ダニッシュが時間を稼ごうとしていることに気づいていた。
あと四日たてばやってくる援軍に期待し、そこで反撃をし始めることを。
「その前に、跡形もなく消し去ってやる」
ラミアの勝負をしかけるタイミングは三日目、明日だ。
明日には全てが終わっている。
「リン、待ってるんだよ」
ラミアは祈るように溢す。
決戦は明日。
そうラミアは決めていた。