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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
ダニッシュ編
61/82

戦いのために

 東門には多くの人が集まっていた。門の外から入ってくる様子をみると、各地から集まってきた援軍の一部だというのがわかる。

「でもまだまだ足りません」

 ダニッシュは東門の上の塀へと続くはしごを、落ちないようにゆっくりと上っていった。

「……あらためて目の当たりにすると、足がすくんできそうです。わたしはあんなところから一人でここに来たんですか」

 平野には以前よりも隊列が整っている魔物達の様子があった。

 それはラミアが指揮を執り、魔物達に戦の準備をさせているということだ。

「理性のない魔物をあそこまでまとめあげるなんて。うまくやらないと、作戦も失敗するかもしれません」

 ダニッシュは東門から魔族軍までの距離を測り、そして、そのあいだに何があるかを観察していた。

 平野というわけなので、あいだに何があるわけでもないのだが、一つ、小さな川があった。橋をかけるまでもない大人の腰ほどの浅い川なのだが、ダニッシュのなかでは大きなものだった。

「これは……いや、しかしあの川だけでは足りない。もっと数を減らせるいい案はないものか」

 ダニッシュは頭を悩ませた。

 平野ではなくもっと複雑な地形ならば、罠を張るなど色々なことができたのだ。

 しかし、平野は何もないため、真っ向からの力勝負になりがちである。相手が見えるからこそ、目の前の相手に目が行き集中することができる。

 相手の目の前で変なことをすれば、すぐにばれてしまう。

「――目の前の相手に集中してしまう……?」

 ダニッシュはまた何かを思いついたように、顔を輝かせた。しかし、首を振って自分の顔をパンっパンっと両手で叩くと、

「焦るな、まだ状況が変わったわけじゃないんだ。確かめることはまだまだある」

 そう一人言うと、近くにいる門番にダニッシュは尋ねた。

「この門はどうやって開閉するのですか?」

「はい、ダニッシュ様! 門はこのレバー手前に引けば開門、奥に押せば閉門となります!」

 門番はそういって、レバーを指差し、その後わざわざ手本を見せるというとても丁寧な説明をしてくれた。

 ダニッシュはそんな門番に微笑みかけながら礼を言い、はしごを使って塀を降りていった。

 すると、降りていった先には、見知った顔の者たちがいた。

「ダニッシュさんじゃないですか!」

 そこにいたのは、イマムネ、ミリネ、そしてゲルブ村の人たちだった。

「イマムネさんにミリネさん! それに他の方々も! また会えるなんて思ってなかったですよ」

「驚いたのはこっちですよ。村長になったと思ったらいきなり召集をかけられて、会議の結果、招集に応じてきてみれば、ダニッシュさんが英雄だなんて呼ばれているんですから」

 ゲルブ村にはサウスリアの北にある比較的田舎の村だった。レイノスの侵略を受けていない地域の一つでもあり、ダニッシュがレイノスを倒し、英雄になっていたことなど知らなかったのだった。

「はは、そんな大層なものではないです。ただわたしはこの戦争をできる限り平和な形で終わらせたいとは思っていますがね」

「そうですか。ならばわたしたちも手伝えることはあるかもしれませんね。……正直に言えば、わたしたちはこの戦争に積極的に剣を振ろうとは思っていません。ただ、人間と魔族が対立している、それって自分達と似ているのではないかと思って。少しでも役に立てたらと話し合ったんです。まぁ、自分達のときとは規模が違うので、甘い考えかもしれませんが」

「……そんなことはないです。それはやがてわたしを救うかもしれません」

「そうですか? なら私達が来た意味もありますね」

 ダニッシュはしばし、考えた。

 そして、

「――少しお願いしてもいいですか?」




 日が暮れようかとする時間帯。空は徐々に赤みがかり、次第に黒く塗りつぶされていくなか。

 あとはキエラに最終確認をするだけだと思ったダニッシュは、キエラの姿を探していた。

 しかし、なんといっても広いコーネリア。それに加え、各地からさまざまな人間が集まってきている。

 一人の人間を探し出すことは容易ではなかった。

「すいません、キエラさんがどこにいるか知りませんか?」

 何十回目ともなるこの言葉のとき、ダニッシュの求める答えが返ってきた。

「キエラさんなら地下牢にいます。ほら、闘技場を入っていったら地下への階段があるでしょう? そこからいけると思いますよ」

「ありがとうございます」

 ダニッシュはそういうと、足早にその場を立ち去り、闘技場へと向かった。

 円形の吹き抜けの大きなドーム。

 その入り口から、手錠をつけられた何人かの男女が、複数の兵士に囲まれながら、ダニッシュの横を通り過ぎていく。

 訝しげに思いながらも、ダニッシュは中へと入っていった。

「ここですか……」

 闘技場の奥にひっそりと存在する階段は、地下へとダニッシュを丸々飲み込まんとするかのような雰囲気を醸しだしていた。

 その中を意を決して進んでいくと、そこには左右に五つずつ、合計十個の牢屋があり、その真ん中通路にキエラは立っていた。

「おや、ダニッシュかい。よくここがわかったね」

「周囲の人に聞きましたから。キエラさんはここで何を?」

「あたしはここの罪人たちを外に連れ出していたのさ。戦争になって、もしコーネリアが魔物に占領された場合、罪人たちは無残に殺されることになっちまう。いくら罪を犯したからって、死んでいいことにはならないからね」

「……そうですか。すいません、わたしはそのようなところまで頭が回りませんでした」

「いいんだよ。そもそも、ここに地下牢があること自体知らなかったんだろう? こういうところはあたしに任せておきな」

「助かります。その分、わたしは戦いのほうに力を注ぎますね」

「ああ、そっちがあんたのやることだ。で? ここにきたのにはなにか理由があるんだろう?」

 ダニッシュは静かに頷いた。

「キエラさん、情報屋のあなたに話しがあります」

「おっと、いきなりだね。お代は……まぁこんな状況だし、要らないよ」

 キエラがおどけた風に言う。

「キエラさん。あの門番が持っていた薬について、なにか知っていますか?」

 ダニッシュはキエラの瞳を見据えていった。そこに嘘は許さない、といった思いを宿しながら。

「おやおや、これが英雄様の本気の目ってやつかい。惚れそうだよ、あんたにね」

「キエラさん」

「茶化して悪かったね。あの薬はとあるエルフから情報料としてもらったものさ。それも大量にね。いずれ必要になるだろうって」

 そこに嘘は含まれていないように思われた。

 キエラの目は至って真面目だし、ダニッシュの視線から逃れようとはしない。

「そのエルフとは……?」

「それは依頼人の個人情報だからいうことはできないね。たとえ英雄であるあんたでもね。それにそんなことを知ってどうするんだい」

「もしかして、そのエルフとはアリアという名前ではありませんか?」

 キエラは驚いたように目を開き、ダニッシュのことを見た。

「そうなんですね。……一体どういうつもりなんだ、あのエルフは」

「知っているのかい? あのエルフを」

「ええまぁ。少し顔を合わせて話した程度ですがね」

 ダニッシュは心の中でやられた、と思っていた。

 もしあのエルフの薬を製造しているのがアリアだというなら、アリアは魔族と繋がっているということになる、とダニッシュは考えた。

 しかし、実際はレイノスの母レイリアがフェルメスに渡したのだが、ダニッシュはそのことを知らない。

 エルフの薬はエルフ全てが共通して持っているものなのか、はたまた、アリア個人が作り出しているのか。今のダニッシュには判断する材料がなかった。

「大丈夫かいダニッシュ」

 キエラが焦ったような顔をするダニッシュを心配する。

 その声に、ダニッシュはハッとし、我に返った。

「すいませんキエラさん、少し考え事をしていました」

「まぁあんたが大丈夫ならいいさ。で、話したいことはそれだけかい?」

「いや、まだあります。実は良い作戦を考え付いたんです。しかし、これは賭けといってもいいものです。だからキエラさんには一度、早めに相談しておこうと思いまして」

「なんだい、言ってみな」

「はい、実は――」




「――そんな作戦、失敗すれば人間側の敗北じゃないか!」

 キエラは少し怒ったように声を張り上げ、驚いた様子を見せた。

「はい。しかし、もうこれしか人間が勝つ作戦はわたしには思いつきません」

「そうはいったって……なにがなんでも難問がありすぎる!」

 キエラはダニッシュから目を背けるように、右斜め下を見る。

「確かに難関は何箇所もあります。それら一つでも失敗すれば、わたしたち人間は負けるでしょう。でも、このまま真っ向から戦っても、人間は負ける」

「それは……」

「兵のみなさんには明日の朝、わたしが直接話します。それで説得できなければ、もうわたしにできることはないでしょう」

「……これを行うにしたって、時間が必要だ。それを稼ぐ手立てはあるのかい?」

「それはわたしに任せてください。なんとかして稼いでみせます。そこは意地でもね。実際、そこが一番難しいところかもしれませんが」

 キエラはしばし沈黙したあと、下げていた視線を上げた。

 そして、

「――わかった。あんたの作戦に賭けてみようじゃないか」

 そういって、キエラはダニッシュの胸をこぶしでこづく。

「失敗したら、承知しないよ?」

 にやっと笑ったキエラに、ダニッシュはただただ苦笑いを浮かべることしかできなかった――。



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