町に戻ってからの話(2)
アンナと別れて宿に戻った、レイノスとダニッシュがいる部屋には険悪な雰囲気が漂っていた。
「さぁ、きかせてもらおうか」
レイノスは部屋の椅子に座り、ダニッシュを見下しながらきいた。ダニッシュは床に正座しながら、俯いている。
「黙ってないで早く言え」
レイノスは冷静に促す。しかし、ダニッシュは答えない。
「…………」
そんな、ダニッシュの態度に、レイノスは苛々していた。
すると、レイノスは何かを思いついたように入った。
「そうか、そんなに答えたくないか。ならば、仕方がないな」
そして、レイノスは部屋の奥から鞭を取り出してきた。その鞭はアンナが、マジックソードと一緒に買ってきたものだった。
「ひぃぃぃ!」
その鞭を見たダニッシュは、軽い悲鳴をあげた。
「フフ、フハハハハ。フッハハハハハ! さぁ~て、どうしてやろうか」
「わ、分かりました。言います、言いますから! 鞭は、鞭は勘弁してくださいぃぃ!」
鞭を持ちながら、残酷な笑みを浮かべるレイノスを見たダニッシュは、自分の身の危険を感じて話す事を決心したのであった。
「そうか? つまらんな」
レイノスは口に笑みを浮かべながら言った。
その顔を見たダニッシュは背筋が寒くなった。
鞭をしまったレイノスは
「さぁ、早く言え」
と促した。
ダニッシュは渋々話しだした。
あの日の事を……。
レイノスが人間を滅ぼそうとしていた日の前日。
とある部屋には、一人の男が大勢の男達の前に立っていた。
魔王討伐隊の面々である。
「今、魔王レイノスがこちらの方向に向かって進行している。皆、命を惜しまず戦うのだ! この戦いには、我々人間の運命がかかっている!」
魔王討伐隊の隊長が自分の部下達に、最後の言葉を告げていた。
部下の隊員達はその言葉を真剣に聞いている。
「我々は明日にはもう生きてはいないだろう。しかし、我々には愛する者達を守る機会が与えられた! それはとても名誉な事だ。そして、そんな我々の名誉を知る愛する者達がいる。皆、この事をしっかり胸に刻め! そうすれば、我々の死は尊いものになる。最後に……魔王レイノスを殺し、人間の平穏を掴みとろうぞ!」
隊長がそう高らかに叫ぶと、隊員達も続いてそう叫びだす。
「魔王を殺せー!」
「人間に平穏をー!」
そう叫ぶ隊員達の人数は五十人程度。
そして、その中にダニッシュもいたのだった。
「どうしてこんな事に……」
ダニッシュの表情は暗く、周りの隊員達の叫びにも同調しない。
「く、くそ!」
そう言ってダニッシュは、隊員達のいる部屋から外に走り出た。
ダニッシュ達のいる場所はマール村と呼ばれる田舎の村だった。マール村はレイノス率いる魔物の軍勢が通るであろう予想地点に近かったので、魔王討伐隊はこのマール村で待機していたのであった。
ダニッシュは外に出ると、近くにあった大きな石に座った。
外は暗く、辺りには人が一人もいなかった。村の人々は魔王の攻撃を恐れ、家に閉じこもってたのであった。
「――はぁ~」
ダニッシュは深く溜め息をついた。
「なんで私がこのような隊にいて、死ななきゃいけないんだ……」
ダニッシュの顔には後悔が滲み出ていた。
それもそのはず。
ダニッシュは自らこの隊に志願した訳ではなかったのだ。
ダニッシュは弱かった。魔法はある程度は使えたが、魔物を見ると怖くなってしまい本来の威力が出せないのだった。そんなダニッシュは、魔王捜索隊に志願したのだが、志願を受けた人間が魔王討伐隊と聞き間違えてしまったのである。ダニッシュは抗議をしたが、聞いてもらえず、とうとうここまできてしまったのであった。
ちなみに、魔王捜索隊とは魔王をあらかじめ見つけておき、その特徴などを調べる隊である。
「死にたくない……」
そう呟くダニッシュ。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「ふふふ。死にたくないのか?」
「だ、だれだ!」
「知りたいか?」
「だれなんだ!」
すると、声はこう言った。
「フェルメスという者だよ」
その名前を聞いたダニッシュは背筋が凍った。
そして、がたがたと震えだす。
「フェ、フェルメスだと……?」
「そうだ」
ダニッシュはさらに震えを強くした。
「あ、あの前魔王ラノスの右腕だった、あのフェルメスか?」
「そうだ」
そう聞くと、ダニッシュは逃げ出そうと走りだした。
しかし、すぐに誰かにぶつかった。
「っ!?」
ダニッシュはぶつかった相手を見て腰を抜かした。
「逃げないでくれたまえ」
それはフェルメスだった。
「なに、殺しはせぬよ。お前が私の言うことを聞いてくれればな」
ダニッシュは恐怖で声が出せなかった。
「そう、怯えるな。お前に一つ頼みがあるだけだよ」
「ひっ!?」
フェルメスが胸元から何かを取り出すと、ダニッシュは軽い悲鳴をあげてしまった。
「ふふふ。殺さないと言ったであろう。安心しろ。お前にはこれを飲んでもらいたいのだ」
さっきフェルメスが取り出したのは、透明な液体が入った小瓶であった。
「これは?」
「エルフの薬だ」
「エルフの?」
エルフとは、このサウスリアの北にある島に住んでいる種族だった。
「どうして、わ、私がこれを飲まなければいけないんだ?」
「黙って飲め」
「ひっ!?」
それまで、優しい口調だったフェルメスが突然厳しい口調に変わった。
「いいから飲むんだ」
そう言って、フェルメスはダニッシュに小瓶を渡した。ダニッシュは怪訝そうに小瓶を見つめる。
そんなダニッシュを見てフェルメスは言った。
「なに。それを飲んでもお前に危害はないから安心しろ。だから、早く飲むんだ」
フェルメスがダニッシュを威圧しながら言った。
ダニッシュは恐怖から、その小瓶を飲んだ。
その瞬間、フェルメスが口を歪ませる。
「な、なにも起こらな――」
「支配を司る闇の流れ(ブレインコントロール)」
ダニッシュがそう呟くのを遮り、フェルメスは呪文を唱えた。
その呪文は、相手の体を操る呪文であった。
フェルメスが呪文を唱えると、ダニッシュは意識が朦朧とし体の自由が聞かなくなるのがわかった。
それを確認したフェルメスはダニッシュを見ながら言った。
「お前の質問に答えてやろう。お前の飲んだ液体を我々が飲むと人間になってしまうのだ。だから、我々魔物が飲むわけにはいかないのだよ。まあ、お前には関係ないな。……これからお前は私の命令に従え。わかったか?」
「……はい」
「お前にはレイノスを倒してもらう」
「……はい」
「レイノスが現れたら、魔法を唱えろ。ただそれだけでいい」
「……分かりました」
すると、フェルメスはダニッシュに背を向けた。
「期待しているぞ」
そう言ってフェルメスは夜の闇に消えていった……。
「という事です」
ダニッシュはレイノスにあの日の事を話した。
「…………」
レイノスは何かを考えている様子だった。
部屋の空気が重苦しいのが分かるのか、ダニッシュも喋らない。
「……エルフ」
「えっ?」
レイノスがなにかを考え付いたようだった。
「フェルメスはエルフの薬と言ったんだな?」
「あ、あぁ」
「ならエルフのいる島に行けば、なにかわかるかもしれん」
その言葉を聞いたダニッシュは、額から冷や汗を流し驚いた表情でレイノスを見る。
「しょ、正気ですか! エルフの島に行くなんて死にに行くようなものじゃないですか!!」
あわててそう言うダニッシュに対し、レイノスはふはは、と笑いながら
「エルフがなんだ? そのようなもの恐るるにたらんわ!! それとも何か?」
レイノスはそこで一旦言葉を止めて
「俺よりエルフの方が恐ろしいと……?」
「いえいえ、そんな事はありません!! レイノス君の方が何倍も恐ろしいですよ!!」
ダニッシュは慌てて否定した。それもそのはず、レイノスが不敵に笑いながら剣に手をかけたためであった。
「ふん。それならいいのだが」
そう言ってレイノスは、剣から手を離した。それを見たダニッシュは安心するように息を吐く。
「でも、どうやって行くんです? エルフの島は海の向こうですよ」
ダニッシュがそう言うと、レイノスは困ったようにまた考え出した。
海を渡るには船が必要だった。しかし、船などそうそう手に入る物ではないし、エルフの島に向かう船がなどない。
また、部屋の中に沈黙が流れる。
すると、部屋のドアが開かれアンナが入ってきた。
「帰ってきたんですね。アンナさん」
アンナは入ってくるなり、レイノスとダニッシュに興奮しながら口を開いた。
「ねぇねぇ! 聞いてよ~。なんかね、近々コーネリアっていう所で武闘大会があるみたいだよ。優勝した人には優勝賞金に千マールと船が貰えるんだって! レイノスだったら優勝できるんじゃない?」
それを聞いたレイノスは不機嫌そうに言った。
「そんなことか。今大事な話してんだよ。そんな話してる暇は――」
「レイノス君!!」
ダニッシュがレイノスの言葉を遮り名前を呼んだ。
「なんだよ」
すると、ダニッシュが目を輝かせながら
「船、見つかりましたよ!!」
そこで、レイノスも気づいたようだった。
そしてレイノスとダニッシュは互いに顔を見合わせて、笑いあった。
六話目ですね。
なんか、予定より長かったです。
ここまで読んでくださってるみなさん。ありがとうございます。中々話が進まなくてすいません。
まだまだ続く予定です。頑張りたいとおもいます。
感想頂けると、とても嬉しいです。