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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
ダニッシュ編
59/82

気づき

 日差しがまぶしく照りつけるお昼時。

 ダニッシュは村長と静かに外でお茶を飲んでいた。

「村長さんが入れてくれるお茶は本当においしいですね」

「そうじゃろ? なんていったって長年リンやラミアを喜ばせるために、試行錯誤してきたものじゃからな。おいしいといわれんかったら、わしゃ悲しい」

「安心してください、凄くおいしいです」

 広場ではラミアが、リンや村のほかの子供たちと楽しそうにおいかけっこをしていた。おいかけっこといっても、そこにルールはないようで、水をどこかからもってきてかけあったり、泥団子をつくって投げあったりもしている。

「平和じゃな。ここだけが世界から切り取られているみたいじゃ」

「本当に、そうですね」

 昨日の晩、ラミアと会話をしたダニッシュは結局、なにも決めることはできなかった。

 そして、出した結論が、この村でほとぼりが冷めるまで静かに過ごしていよう、というものだった。

 ラミアが外でこの村を守るなら、自分は内でこの村を守ろう、と。

「……おぬし、この村に居続けるつもりか?」

「ええ……村長さんには申し訳ないですが、あの頼みは聞き入れられそうもないです。すいません」

「いやいいんじゃ。おぬしも大変なのじゃろう。居たいだけこの村におるといい」

 そういって村長はお茶をずずっと飲み干した。そして、ポットに入ったお茶をまたカップに注ぐ。

「ほれ、おぬしもいるか?」

「すいません、いただきます」

 すーっとダニッシュのカップに溜まっていくお茶。

 それはダニッシュの心のうちまでをも満たしていくようだった。

 これはこれでいいのかもしれない、ダニッシュはそう思い始めていた。

 普通の自分が戦争に行ったからといってなにが変わるわけでもない。変わると思っているやつは、本当の英傑か、もしくはただの馬鹿だ。

「わたしは普通でいい。普通でいいんだ……」

 自分に言い聞かせるように、ダニッシュはつぶやいた。

 そうして日が暮れていく――。






「それじゃあね、お姉ちゃん。またここに戻ってきてね!」

「ああ。必ず戻ってくるから、それまで元気にしておきな」

「ラミアよ、あまり背負いすぎるなよ。もしものときは自分のことだけ考えるのじゃ」

「大丈夫だよおじいちゃん。そんなことにはならないから」

 そうか……といって村長は隣のリンの頭をなでる。

 日は暮れ、ラミアはまた戦場に戻る。今回この村に戻ってこれたこと自体、奇跡だと村長は言っていた。

 周りには村長たちだけでなく、村人全員がラミアのお見送りに出てきていた。

 ダニッシュも例外ではない。

「……ラミアさん、死なないでくださいね」

「ふん、少なくとも腑抜けのアンタには言われたくないね」

「お姉ちゃんとおじさん喧嘩してるの?」

 会話のやり取りを聞いていたリンが不安そうに二人を見上げる。

「喧嘩なんかしてないさ。ただ事実を言っているだけだよ私は」

「……すいません」

「謝るんじゃないよ、まったく。こっちが虐めてるみたいじゃないか」

 ダニッシュも負い目を感じているんだろう。しかし、これはダニッシュが下した結論だった。誰にも意見することはできない。

「……ほれ、もうそろそろ行かねばならん時間じゃろう? リンよ、戻るぞ」

「……またね! お姉ちゃん!」

「ああ、元気で」

 そうしてリンと村長は戻っていった。それにつられるように、村人たちもちらちらと各々の家へと帰っていく。

 残ったのは、ラミアとダニッシュだけだった。

「……それではわたしも戻ります」

「待ちな」

 鋭い言葉がダニッシュを突き刺した。それは戻ろうと動いていたダニッシュの足を、地面に縫い付ける。

「……私についてきてもらおうか。拒否権はないよ、拒否すれば――この場で殺す」

「ラ、ミアさん……?」

 ラミアの右手からは氷の短剣が三本、ダニッシュに向けられていた。それはダニッシュに対する威圧的行為だった。

「どうして、ですか……?」

「いいから私についてきな。これはこの村を守るためなんだ」

 その言葉で気づく。これはソージアの命令なんだと。

 ソージアがなんらかの目的で、自分をどこかに連れ出そうとしているのだと。

「……だから言ったじゃないか。自分でやるべきことを決めろ、と。決めたなら、この村に居続けようなんて思わず、こんなことにもならなかったのに」

 悲しい声で、ラミアはつぶやく。

 その声を聞いてダニッシュは、自分のした選択が間違ったことに気づいた。

 どうしてラミアは戦争時にも関わらず、自分の故郷に戻ってこられたのか。

 それは自分を何かしらの目的に利用するために、ソージアがラミアを差し向けたのだ。

「だから、あの村から魔物がいなくなったんですか」

「そうだよ、あんたの気を緩ませるためさ。魔物がいたんじゃ外にも出てこないからね、アンタは」

 ダニッシュとラミアはゆっくりと先へと進んでいく。

「でもどうして、力づくで連れ出さなかったんですか」

「さぁね、そんなことはあいつに聞くといいさ。魔王ソージアにね」

 そして少しの時間が経った後についた先は、まさにダニッシュにとって、いや人間にとって地獄のような光景だった。

 コーネリアを少し先に見据えられる平野一帯にはおびただしいほどの数、種類の魔物が各々の咆哮をあげながらいきりたっていた。

 そこには人間側に希望なんてない。

 ただの敗北という文字しか浮かび上がってこなかった。

「やめろ、やめてくれ、やめてくださいよ……」

 ダニッシュは震えが止まらない。身体中の穴という穴から液体が噴きだし、目の前の視界がゆっくりと暗くなっていく。

「意識を失っちゃ駄目だよ。失ったら最後、いくら私でもアンタを殺さなきゃいけなくなる」

「はぁはぁ、っく……!」

 なんとか持ちこたえたダニッシュは、おぼつかない足取りで先へと進んでいく。

 魔物たちがうごめく平野へと進んでいくのだ。

 うなる魔物をラミアが睨みつけ抑えながら、目的の場所へと向かう。

 そこには――。

「フハハ、仲睦まじいではないか。そんな男に一度煮え湯を呑まされたのかと思うと、なんだかおかしくなってくるなぁ」

 魔王が君臨していた。

「あなたは、デスパレスで高見の見物をしているんじゃなかったんですか」

「貴様に一問答したら、すぐにでも戻り次期魔王を待つことにするわ」

「次期魔王……? それはレイノス君のことですか」

「そうかもしれぬし、違うかもしれぬ。しかしそれを決めるのはこの我だ。我は唯一、我が目的が果たせればそれでいい。魔王などという肩書きはすぐにでも捨てられる」

 ソージアは面白そうにダニッシュを見る。そこには興味というものしか浮かんでいない。

 それも醜悪で悪趣味なものに感じられた。

「人の気持ちというものは生きているなかで一番の娯楽だ。なぜなら、楽しい、悲しい、うれしい、これらを近くに感じると、自分までそれと同じように感じてしまう。気持ちというものは伝染するのだ。それを眺めるのは実に愉快」 

 そうであろう、ラミアよ。

「はい、そうでございます」

「貴様の心の恐れが我にも伝わってきて嬉しいぞ。嬉しさのあまり、貴様の故郷の村を破壊してしまいそうだ」

 フハハハハハハハハ、高らかに笑うソージアに合わせるように、ラミアも笑っていた。

「ラミアさん……」

 狂っている、とダニッシュは感じた。

 村を守るために、自分を偽り自分を失くしてまで、この魔王に付き合うラミアを。

 そしてそれをさせているソージアを。

「いいぞ、ダニッシュ。負の感情はやがて自分を破壊し、周囲を破壊し、そしていずれ世界を破壊する。――貴様も魔王になれるかもなぁ」

 ニタァ、とソージアは口を歪ませる。

 ソージアは立っている地面から除々に空中へと浮き上がっていく。そしてダニッシュを見下ろした。

「……用件はなんなんですか。早く言ってくださいよ」

「この感じ、ゲルブ村でもあったなぁ。あの小娘は今、着々と憎しみを深めている。フフ、フハハハッ! さぁ、貴様はどうなるのか楽しみだ」

「……不愉快です。アンナさんの憎しみを生んだのはあなたのせいなのに」

「あれを生んだのは我だけではない。レイノスもだ。しかし……一番はやはりあの小娘自身だろうなぁ」

 そういってソージアは遠くの、一つの丘を見つめていた。

 意識が朦朧とするダニッシュはおぼろげにしか見えないが、その丘には誰かが立っているようだった。

「さて、用件を言おうか」

 ソージアは視線をまたダニッシュへと向ける。

「なに、簡単だ。貴様は人間の英雄としてこの戦争を率いて戦うか。それとも、こちら側のリーダーであるラミアを殺し、貴様が人間たちを滅ぼすか。ただそれだけのことだ。こちら側につけば、貴様個人の命の保障はしてやろう」

「なっ!」

「ど、どうしてそうなるのですか! ソージア様!」

 二人の戸惑う様子を眺めながら愉悦の表情を浮かべるソージア。二人の戸惑いには答えない。

「さぁ、選べ! どちらにしても貴様は戦争という事実からは逃れられん!」

「私は……」

 ラミアさんを殺すなんてことはできない。

 でも、人間側に戻ればこんな大勢いる魔物に太刀打ちできるはずがない。

 それならば、魔王について自分の命だけでも助けたほうが。

 そうだよ、それしかないじゃないか。つい昨日だって思ってたじゃないか。自分が誰かを救うなんておこがましいって、自分の命だけ考えて何が悪いんだって。

 だってそうじゃないか。人は誰しも自分が大事だ、自分の命が大事だ。

 自分の命が危なくなれば、とっさに自分の命を守る行動に出たってしかたないじゃないか――!

「――ならなんであの時、レイノス君は死んだんですか」

「ん?

「ダニッシュ……?」

 ゲルブ村でレイノスが死ぬ間際、ダニッシュはアンナを助けた。

 それはレイノスにアンナを助けろ、と言われたからだ。その一言がなければ、おそらくどちらも守ることができなかっただろう。

 とっさに出た他人を救う一言。それは元魔王だから出てきた言葉じゃない。

 レイノスが考え悩み、成長したからこそ言えたことだ。

 ――わたしはゲルブ村を出るときに誓ったじゃないか。レイノス君と共に歩いていくと。隣を歩いていても恥ずかしくない男になろう、と。

「はは、これじゃあレイノス君に見放されてしまったのも納得ですよ」

 ダニッシュは理解した。強くなるということの意味を。

 そして、自ら立てた誓いを破らない男になろうと心に決めた。

 そんなダニッシュが下した結論は――。


 ――わたしはお前と戦おう、ソージア! そして、必ずお前の描く目的を阻んでみせよう!


「……フフ、フハハハ! やはり人間というのは面白い! いいだろう、阻めるものなら阻んでみるがいい! その前に、この戦争を止めねば意味がないがな」

 そういってソージアは合図を出す。すると、魔物たちが一斉に両端へと別れ、コーネリアへと続く魔物の道ができた。

「さぁ、いけ! 人間よ。貴様の選択の結果を我に示してみるがいい」

 そしてソージアは消えた。跡形もなくその場から。

「ダニッシュ、アンタ……」

「ここからは敵です、ラミアさん。色々ありがとうございました。やっと自分のやるべきことが見えてきましたよ」

「このままだとアンタは死んでしまう。いや、人間は滅亡する。私は手を抜かないよ? それならアンタは英雄になんてなれない」

「――あなたを必ず救ってみせます。その苦しみから絶対に」

 ダニッシュは歩き出した。魔物が両脇に控える道を迷うことなくまっすぐと。

 その足にもう震えはない。瞳はまっすぐと正面を見据え、コーネリアへと一歩一歩、決意を固めるように地面を踏みしめていく。

「ダニッシュ!」

 ラミアの呼びかけにはもう振り返らない。

 戦争が――始まる。





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