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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
ダニッシュ編
56/82

失意

 一人の男が、枯れ果てた地にひざをつきながら嗚咽を漏らしていた。宙をさまよう両手、視点の定まらない両目、だらしなく開けられた口から流れているよだれ。それら全てが男の今の様を表しているようだった。

 立ち上がれないほどに力が抜けきっている男は、目の前から消えた少年の面影をただひたすらに追いかけていた。

 少年と少女がこの男から去っていくタイミングが逆だったとしても、反応は変わらなかっただろう。ただ、自分の周りに大切な人が誰一人としていない、という事実こそが男にとって重要なことなのだから。男の周りから消えてしまったということだけ、が。

 どうして自分の周りから大切な人は去っていってしまうのか。

 頭の中にはそれだけが渦を巻いて駆け巡っていた。周囲の環境などに注意を払っている余裕はなく、自分の内側に全ての気を注いでいた。

 思えば、勇者と名乗ったあの少年も結局は亡くなったと、風のうわさで聞き及んでいた。自分よりも強いものが死に、弱い自分が生き残る。それは昔と変わらないままの現実。

「なにも、変わってなんかいなかったんだっ……! 私は昔とおなじ、弱いままだった」

 搾り出すようにつぶやいた声は、悲しみ、そして――後悔の色に染められていた。それはダニッシュが生きていくなかで、心に打ちつけられた過去の楔。

 いまだ記憶に鮮明に焼きついているあの忌まわしき戦いが、男に生涯にわたる恐怖を植えつけた。

「やめろっ、思い出すな!」

 あれは、まだ両親がいた頃に起きた――。

「ギャギャ、ウオォォォ――!」

 そのとき、男のすぐ真後ろで人のものとは思えない咆哮が響きわたった。 

 即座に振り返ると、そこには瞬時には数え切れないほどの魔物の姿があった。魔物たちは最初の一声に続くように次々と、うねりをあげていく。

「あ、ああぁ……」

 ひざがカタカタと笑っていた。次第にその笑いは体中を徐々に蝕んでいき、既に男には制御ができなくなっていた。

 穴という穴から吹きでる液体は、うがった見方をすれば涙のようでもあった。次第に男の服は湿っていき、それが体を重くしているような、そんな錯覚におちいるまでにいたる。

 額に水が伝う。それは頬に移動したあと、あごに辿りつく。

 それが宙を舞った――。

「ひいぃぃぃ――!!」

 男は逃げ出していた。もつれる足を必死に前へと進めながら、魔物から遠ざかるように脇目もふらずに走り出したのだ。

「ギャ、ギュギュ――!」

 魔物も一斉にそのあとを追いかけはじめた。口元にするどい牙をちらつかせながら、涎をたらすその様はやはり魔物のそれだった。

 男は森の中へ逃げ込む。

 進む先などわからないまま、ひたすらに目の前の空間へと進む。耳からは魔物たちの声が消えていない。

 心臓の鼓動のリズムが早くなっていくのが、そして、息苦しくなっていくのがわかる。しかし、前へ進まなければ自分が消えてしまうことが、男は頭で理解していた。

 いま魔物に立ち向かえば、何もできないまま食い殺されてしまうことが。

 自分を救ってくれたあの勇者の青年のように、そして――。


 ――男が尊敬し、そして誇りに思っていた両親のように。


「やめろぉぉぉ――――!!」

 男は立ち止まり、叫んだ。自分に向けて叫んでしまった。

 自分の意思とは無関係に掘りかえされていく記憶に、男は憎しみすら感じていた。おかしな感情だと、自分でもわかっていた。

 しかし、それでもとめられないのだ。それはおそらく、これまでの仲間との別れがあったからだろう。

 男はすでにぼろぼろだったのだ。

 自分で抑えつけていた気持ちが、これまでの出来事によって濁流のように流れだしてしまった。

 少年に出会ったあの日から、気づかないうちにその詮は外れかかっていたのだと、男は気づいた。

「もう……どうにでもなってくださいよ」

 男は地面に倒れこんだ。魔物の足音が近づいてくるのがわかる。

 これで終わるんだな、私の人生は。

 男はそっと目を閉じる。周囲には臭いをかぎつけやってきた魔物が男をとり囲む。

 魔物が男の体にしゃぶりつこうとしたと同時に、男の意識は遠のいていった――。






 男は、ダニッシュと名づけられた。

 いつも優しく朗らかな笑みを浮かべてくれた母親と、寡黙だがひたすらに正義をつらぬく父親につけられた名前だった。

 母はダニッシュが悪さをすると厳しく叱ってくれた。それを横目にしながら、父は書物を読みふける。そうやって無関心を装う父も、ダニッシュが本当に困っているときは言葉少なだったが、手を差しのべてくれた。

 ――愛されていた、とダニッシュは記憶している。

 普通の家庭だったし、自分もいたって普通の人間だった。普通に生きて、普通に大きくなって、普通に結婚して、普通に死んで。

 そんな普通がダニッシュには約束されていたはずだった。

 いつからダニッシュは普通を外れて、英雄などという異端になってしまったのか。

 それは英雄と呼ばれ始めるころから十五年前に起こった戦争からだと、そうダニッシュは確信していた。

 人間と魔族が争った、名前もない戦い。

 この戦争に意味などなかったのだと、ダニッシュは思っている。なぜなら人間、魔族共に得たものなどなかったから。

 さらにいえば、失ったものが大半だった。

 疲弊した人間たちはいつしか互いに互いを壊していった。盗みを働くもの、理由もなく人を襲うもの、絶望し自ら命を絶とうとするもの。

 国なんてものはもうなくなっていたし、思えば魔族のほうが魔王というリーダーがいたぶん混乱は少なかったのかもしれない。

 人間側にはそういうものはいなかった。いや、いたことにはいたのだが戦争が始まるやいなやどこかに消えてしまったのだ。

 人間はまとまることもなく、個々人で魔族に挑んでいった。それはダニッシュの父と母も同様だった。

『すぐに帰ってくるから、一人でお留守番しててね?』

『……待っていろ、ダニッシュ。すぐに戻る』

 そういって出ていった両親は、とうとう帰ってくることはなかった。

 強い父と母だ、多くの魔族を倒すために少し遠くに行っているのだろう。そう思っても、、心の中にいる不安という虫は鳴きやんでくれなった。

『……僕も行かなきゃ!』

 そうしてダニッシュは家を飛び出し、あてもなく走り出した。どこに向かえばいいのかもわからないまま、ダニッシュはひたすらに両親を探した。

 途中、魔族に見つかりそうになったり、魔物に襲われたりしたが、それもなんとか切り抜けて走った。

 そうしてダニッシュは辿りついた。それは運が良かったのか悪かったのかはわからない。両親に再び出会えたことに、ダニッシュは喜んだが、しかし両親の周りの様子がおかしかった。 

 両親は手足を縛られていた。両親だけでなく、横には何人かの人間も同じように縛られていたのだ。

 そして高台のようなところに座らせられており、高台の下には――多くの魔族たち。

 ダニッシュはこれから何が起こるのか、ふっと理解してしまった。

 そんな、ありえない。あの強かった父と母が、そんな。

 その間にも、魔族たちは一人ずつ端のほうから人間をさまざまな方法で殺していく。

 手足を斬られ悶えながら死んでいくもの。炎で焼き殺されるもの。首を一斬りにされるもの。

 ――助けなきゃ。いけ、いけよほら! 早くしないと、父さんと母さんが!

 しかし、ダニッシュは動けなかった。足先から指先にかけて徐々に痺れていくような感覚。震えが止まらず、体中の穴という穴から水分が搾り出されていた。それでも、目の前の光景からは意識を離せなかった。

 聞こえる魔族たちの笑い声。

 どうして笑えるのか、こんなことをして。誰でもいいから止めさせてよ、こんなこと。誰でもいいから――母さんと父さんを助けてよ!


 そう願ったとき、両親は殺された。


 どんな風に殺されたかなんて覚えていない。その事実がわかった瞬間に、逃げ出してしまったから。

 憎しみとか後悔とか、そんなものよりも恐怖が打ち勝ってしまったのだ。

 最後までその事実に向き合うことなく、ダニッシュは家へと帰った。

 そこからはダニッシュは一人だった。ずっとずっと一人だった。

 戦争で生まれた悲しみは、自分以外の悲しみを救おうなどとは考えず、孤独な悲しみは癒えることなく風化していった。

 それからダニッシュは魔族、魔物が目の前になると恐怖が生まれるようになった。どんなに自分を強くしても、自分が生み出してしまった魔物に打ち勝つことはできなかった。

 そんな人間が、自分を誤魔化しながら魔族と戦おうと表面上取り繕って、そして――。

 ――仮初めの英雄が生まれた。






「……ここは」

 ダニッシュはベッドに横になっていた。

 壁は白く何枚かの絵が飾られていて、それらが全て家族で写っている写真なのだと遠目からでもわかった。

 部屋には机と椅子が置いてあり、窓際には花が添えられていた。

「うっ、いたたたた」

 ダニッシュが起き上がろうとすると、身体中に痛みが走る。ベッドの中の身体を見てみると、包帯が巻かれてあり応急処置などの跡は見られた。

「そうか、そういえばわたしは魔物に襲われて……」

 ダニッシュは包帯の端をめくり身体の傷を確認する。見たところ、そこまで深い傷ではないのがわかった。

「しかし、誰がこんなことを……?」

 ダニッシュは身体中の痛みを抑えながらベッドから抜け出すと、ゆっくり扉へと向かって部屋を出た。

 するとダニッシュの視界にはふと見たことがあるような家の内装が施されていた。

「ここは確か」

 ここはマニ村――魔族と人間が共存する村の村長の家だった。そう、あのリンとラミアの家だったのだ。

 ダニッシュは痛む身体を引きずるように、家の居間へと向かう。そこにいるかもしれない女の存在が頭に離れなかったのだ。

 洞窟で一夜を共に過ごした女性の存在が。

「おお、起きたんじゃなダニッシュ君!」

 しかし、そこにいたのは頭に思い描いた人物ではなくこの村の村長だった。

「……はぁ」

「なんじゃそのため息は!」

「いえいえ! なんでもないですよ!」

 ダニッシュは取り繕うように顔を横に振り、ため息に深い意味はないことを主張する。実際には少しあるのだが。

「まあいいわい。おぬしが感謝すべきなのはわしではなくラミアなのじゃしな」

「ラミアさんがわたしを助けてくれたんですか!?」

「そうみたいじゃの。しかしまぁ、ひどい様子だったみたいじゃぞおぬし。ラミアが柄にもなく戸惑っておったわい」

「ラミアさんが、ですか……?」

「わしも、ラミアがここに運んできたときのおぬしを目にしたときは驚いたものじゃ。今にも死んでしまうのではないかと思ったわい」

 ダニッシュは気を失っている間に思い出してしまった自分の過去のせいだと感じた。できるならば死ぬそのときまで思い出したくないそれは、しかし、忘れることなどできそうもないのだ。

 過去から一刻も早く逃げ出したいダニッシュは、これまでその記憶を深く心に隠しながら生きてきた。

 そうしなければ、生きていくことなどできなかったのだ。

「……おぬし顔が青ざめておるぞ? 大丈夫か」

「……ちょっと外の風に当たってきますね」

「お、おい、今は外に出てはならん!」

 しかしダニッシュはその言葉を聞かずに、外へと出て行った。それを後悔するともわからずに。

「な、なんなんですか、これは!」

 目の前に広がった光景は異様だった。

 村の広場にはおびただしい数の魔物がうごめいていたのだ。そこは前にダニッシュがきた村の風景ではなくなっていた。

「あ、ああ……」

 震えが始まった。いや、それはもう痙攣しているといったほうがいいのかもしれない。甦ってしまった記憶が、ダニッシュの恐怖を増幅させていたのだ。

「ひぃいい!」

 ダニッシュは村長の家に逃げ込んだ。そして居間の隅に這うようにして進み、ひざを抱えてうずくまってしまった。

「おぬし……」

 村長はそんなダニッシュを、なぜか哀れむような目で見た。なにかわかっているようなそんな目で。

「ちょっと待っておれ」

 村長はそういうと、家の奥へと姿を消した。少しの時間が経つと、村長がコップを手にダニッシュのもとへとやってくる。

「これを飲むと少し落ち着くぞ?」

 そうして差し出されたものは温かいココアだった。ダニッシュはおどおどとそれを受け取ると、ゆっくりと口にし始めた。

 ゆっくり、ゆっくりと飲んでいくうちにダニッシュの気持ちも穏やかになっていく。足の震えはしだいに収まり、身体中から引いていた血が、また回りだすのをダニッシュは感じた。

「……ありがとうございました」

「いいんじゃよ。しかしわかったと思うが、今外に出てはならんぞ? あやつら、襲ってくることはないと思うが、なにがないともいえん。それにおぬしは恐怖症の持ち主のようじゃしな」

 村長はそういいながら、居間の椅子へと腰掛けた。そしてダニッシュに、自分の目の前に座るように目で促した。

 ダニッシュは立ち上がり、少し戸惑いながら席につく。

「――いま再び、戦争が起きようとしておる」

「え?」

 唐突に言われたことに、ダニッシュは一瞬理解ができなかった。

「突然ですまんな。しかし、おぬしの様子を目の当たりにして、このことは早く伝えねばと思ったのじゃ」

「わたしの様子を見て……ですか?」

「そうじゃ。まぁいずれはわかることじゃが、おぬしの場合は早くに知っておいたほうがよいと思ってな」

「……話してください」

 そうして村長は語り始めた。

 再び十五年前のときと同じような戦争が起きようとしていること。魔俗側も人間側もその準備を着々と進めているということ。

 それはダニッシュにとって衝撃的なことだった。自分に、いや世界に深い傷を負わせた戦争がまた起きようとしているのだから。

「この村も魔族側の拠点の一部として考えられておる。その指揮を任せられているのが……ラミアじゃ」

「ラミアさんが……」

 村の広場に魔物が集結していたのはそういうわけだった。人間と魔族の戦争の重要拠点として、このマニ村は位置されているのだとダニッシュは理解した。

「ラミアさんが魔族の指揮の一部を執るんですか……人間側としては少々怖いですね」

 ダニッシュは少しおどけたように言った。しかし、村長は深刻そうに、

「ダニッシュ君、おぬしもラミアと同じようなものじゃよ――人間たちはいま、リーダーとしてダニッシュ君、おぬしを探しておる」

「わたしを……?」

「そうじゃ。それとさっきおぬしは、ラミアが魔族の指揮の一部を執ると言ったが、ラミアが執るのはこの村の魔物だけではない。全ての魔物、魔族の指揮を任されておる」

「なんですって! ソージアは、魔王はどうしたんですか!?」

 村長は目線を下に向けて、テーブルの中央を見た。唇を噛みしめながら悔しそうな表情を浮かべている。

「あやつはデスパレスで高見の見物じゃ。戦争をラミア主導でさせたいのじゃろう。あやつは本当に悪魔じゃ!!」

 ドンっ! と村長が握りこぶしでテーブルを殴った。目には怒りと悔しさと悲しみがないまぜになったようだった。

「はぁはぁ……すまんな。しかし、もうこんな年のわしでも、こればっかりは許せんのじゃ。十五年前の戦争によって傷つけられたラミアに、戦争を主導させるなんて!」

「ラミアさんも、十五年前の戦争の……」

「そうじゃ……」

 ダニッシュはようやくわかった。コーネリアで武闘大会のときにラミアがダニッシュに興味をもったこと。この魔族と人間が共存する村でラミアと対峙したとき恐怖を抱かなかったこと。

 それらは全て、同じ境遇を体験したもの同士が、気づかないうちに仲間だと感覚で理解していたのだと。

 自分がラミアを気にかけるのは、自分と同じだからなのだと。

 ダニッシュは鼻をかくと、村長に話の続きを促した。

「このままじゃと、ダニッシュ君とラミアが対立することになる。そしてまた、戦争によってラミアやこの村のような者たちが生まれてしまう。それだけは避けねばならん」

「この村の人たちはもしかして」

「全て十五年前の戦争によって、親、兄弟、子供を失くした者たちじゃ。それは人間、魔族関係なく生まれてしまった」

 十五年前、戦争によって生まれた行き場のない孤独な者たちは、いつのまにかこの場所に集まっていたという。いや、集められたというべきだろうか。

 戦争が行われている最中でも、家族を失う者たちはいた。そんなものたちを助けようと動いたのが、ラミアの両親――人間の母親と魔族の父親だった。

「先々代の魔王ラノス様は、人間と魔族の共存を目指しておられた。わしの息子が人間と子をなしたと聞かれたときも、大手を振って喜ぶことはできなかったらしいが、影で祝福してくださった」

 そんなラノスが、ラミアの両親に命じられ、共に生きていくものを失ったものたちを集めてできたのがこのマニ村だったのだ。

「ラノス様が戦争終結間際にエルフと子をなしたと聞いたとき、周りの魔族は反発したらしいが、この村の者たちは祝福したよ。驚きはしたがな」

 その直後じゃ――ラミアの両親が殺されたのは。

「どうしてですか! 戦争が終わる直前にどうして!」

「終わる間際だったからじゃよ。人間と魔族共に、憎しみや怒りをぶつける相手がいなくなったのじゃ。それは次第に内に向いていった。……格好の標的だったのじゃろう、敵側と親密な仲にあった二人は。すぐに処刑されたよ。母親は人間に、父親は魔族にな」

「なんで、そんなことができるんだ……」

「わしもわからん。しかしそういうものなんじゃろう、戦争というものは。ラノス様が気づいたときにはもう遅かったらしい。しかし、あの二人は最後までこの村のことは話さなかった。だから今でもこの村はあり続けることができたのじゃ」

「ラミアさんはもしかして、その両親の意思を継ごうとしているのですか?」

 村長は静かにうなずいた。

「あやつは自分よりもリンやこの村の者たちのことを守ろうとしておる。あやつは戦うことは好きじゃが、それはあくまで自分と相手がいての戦いじゃ。戦争などというものではないはずなのじゃ」

 ダニッシュは、十五年前の戦争で生まれた者たちによって始まる今回の戦争は、前回のときよりももっと多くの悲しみを生むだろうと思った。

 それだけは避けたいと思う反面、今回の戦争に自分は関与したくないと思いはじめていた。誰もいないところでひっそりと、過ごしていたいと。

「ダニッシュ君」

 村長がダニッシュの名前を呼ぶ。

「どうかラミアを救ってはくれないだろうか」

「それは……」

「ラミアに守られているこの村の者たちではもうどうにもできない。ラミアはこの村を守ることに必死で、わしたちの言葉を聞き入れてくれんのじゃ」

「わたしがラミアさんを救う……?」

 どうして自分が、とダニッシュは思ってしまった。救ってほしいのは自分のほうなのに、と考えてしまったのだ。

 レイノスに捨てられ、アンナはいなくなり、そんな自分がどうして他者を救わなければならないのか。

「……少し考えさせてください」

 ダニッシュはそういって席をたつ。

「お、おいダニッシュ君!」

 村長の頼みを聞き入れる余裕はダニッシュにはなかった。

 ダニッシュは自分が寝かされていた部屋に入り、扉をゆっくりと、しかし、しっかりと閉めた――。



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