フェルメスの過去
フェルメスは、幼き頃から魔族たちのなかでは一目置かれる存在だった。
幼子とは思えない知能の高さ、魔力の体内の生成量。その膨大な魔力を扱いきる、フェルメスの魔法の感覚センス。それら全てが、並みの成人した魔族をはるかに上回るものだった。
そのためか、フェルメスは自分以外のもの――人間はもちろん、自らの親、周囲の大人、そして魔王ですらも下に見ていた。
自分が世界の中心であるかのような、そんな錯覚におちいっていたのだ。頭がキレるフェルメスならそうではないことに気づけそうなものだが、いかんせん資質が高すぎたのだ。
結果、フェルメスはその現実を知らないまま、大人になった。
有能な人材が、国――ここでいえば魔王の下で働くことを指すが、そこに起用されるのは当たり前のことだった。
デスパレス――魔王の居城に入ったフェルメスは、そこで仕えている者たちをみても、自分が上だという考えは変わらなかった。
魔王ラノスと、対面するまでは。
『フェルメス、貴様は生きてなにを為したい』
あいさつなどなくただ一言、ラノスにこう投げかけられたのだ。
フェルメスはしばし答えられなかった。
今まで周囲の者たちと自分を天秤にかけてはかることしかしてこなかったフェるメスにとって、生きていくなかでなにを為すかなど、考えたこともなかったからだ。
だから、次の言葉が出たのは、自分の今までを否定しないためのものだったのかもしれない。
『――あなたを殺し、私が魔王になり、そして、このくだらない世界を壊してやります』
ラノスは一瞬、フェルメスをの瞳を見つめ、そしていった。
なら――我の横で、我の生き様を否定し続けるがよい。それが我の、いや我ら魔族のためになるのかもしれん。
その日から、フェルメスはラノスの横で、ラノスの信念を見続けた。人間と魔族を共存させようと日々、奮闘するラノスをフェルメスは愚かだと最初は思っていた。
しかしふと、フェルメスは思ってしまった。
なにかを為そうとしないことこそ愚かなのではないか。自分の資質に溺れ、なにもみえていなかった、自分こそが。
……しかし、人間と魔族が共存することなどあっていいものなのか。
フェルメスはラノスのことを認めながら、ラノスの生き様には賛同できなかった。
そんなときにフェルメスは、一人の少年と出会う。
少年はいつも、デスパレスの一角で一人遊んでいた。だれかとおいかけっこをするでもなく、だれかと話すわけでもなく、ただ一人でいたのだ。
フェルメスは少年にいつの間にか近づいて、話しかけた。なぜ、一人でいるのか、と。
――どうすればいいのかわからないんだ。父上も全然かまってくれないし、母上だっていない。遊びたいけど、なにをしたらいいんだろう。
そのとき、フェルメスはこの少年が自分と重なってみえた。自分の生きようを見つけられず、かといってラノスの生き様にも賛同できない自分に。
だからフェルメスは考えた。その考えはフェルメスにとっては屈辱にもなりうることだったが、頭のいいフェルメスにはそれが最善だという結論に至ったのだ。
そう、この少年を見守り、この少年が見出した生き様に従おうと。
それから、フェルメスは少年を見守り続け、そして、時折話しかけるようになった。
まだ幼い少年に、自分を重ねることがつらく思うときもあったが、それでもフェルメスは少年を見続けた。
そんなおり、魔王ラノスが死んだ。
デスパレス、いや、魔族界にその事実が伝わるのは速かった。どうして死んだのかは、なぞにつつまれたままだったが。
しかし、フェルメスはラノスが殺された現場をこっそりと覗いていた。ラノスとレイリアと、そして少年――レイノスが行った儀式の現場を。
なにを、しているんだ、とフェルメスは思い、その三人の行動に疑問を抱かずにはいられなかった。そして同時に、ラノスが死んだことによって、レイノスのこれからを見ていくことができるという期待を抱いた。
儀式の現場から、レイノスを愛しい目で見つめながら抱きかかえるレイリアがでてきた。
フェルメスは覗いていたことなど忘れ、レイリアに問いかけた。
ラノス様が死んだいまレイノスが魔王になるのか、と。
嬉々とした表情で、フェルメスはきいていたのかもしれない。主君が死んだことの悲しみよりも、自分にラノスのような生き様がやっと見つかるという喜びのほうが大きかったからだ。
レイリアはそんなフェルメスに侮蔑の目を向け、言った。
『レイノスを頼む、とラノスからの遺言です。そして、レイノスがフェルメス、あなたの思うような魔王にならなかったとき、これを使え、と』
そういって、レイリアはレイノスをいったん床に横たわらせ、懐から小瓶を取り出した。そしてそれを、フェルメスにわたす。
そして、一言。
『レイノスはあなたのおもちゃではない。ましてや、あなたのために生まれた子でもない。もし、あなたがレイノスの全てを壊すようなことがあれば、わたしは地の果てまでもあなたを追って、殺します。それをゆめゆめお忘れなきよう』
レイノスを頼みましたよ、とレイリアは言ってからまた、レイノスを抱きかかえその場を去っていった。
それからレイリアは姿をみせていない。
しかし、そんなこともフェルメスにとってはどうでもよかった。いまはただ、自分にラノスのような生き様が見つかると、ただそれだけだった。
そうして、幾年かの時がたち、フェルメスは薬を使った。
そして、水晶に封じ込められた。
ああ、私は結局、生き様を見つけられないまま、朽ち果てていくのですか。
そう思って眠っていた矢先、いままた目の前にレイノスが現れた。
しかも、前魔王ラノスと似たような目をしながら。
フェルメスはまた、希望を抱き始めたのだった――。