道のりにて
虫の鳴き声が辺りの音を支配している森の中を、レイノスとダニッシュは進んでいた。足下はさまざまな大きさ、形の石が転がっており、地面はでこぼことした凹凸の激しいものとなっているため、ダニッシュは石やでこぼこにつまづいて転ぶことが何度もあった。
そのたびに、レイノスはダニッシュのことをどんくさいやつだと罵り、この変化のないゲルブ村からの道のりの暇を潰しているように、ダニッシュにはみえた。
「レ、レイノス君! す、少しでいいから休ませてくれないか。もうわたしの体力も……そしてレイノス君に削られた精神力も限界だ」
「……なにを言っているんだ。ついさっきも休みを与えてやろうとしたのに断ったのはお前ではないか。男ならば少しは自分の発言に責任を持って頑張ってみろ」
そんな風に口にするレイノスの顔は、ダニッシュを励ますようなものではなく、むしろ馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
それもそのはず。
ついさっきダニッシュに休みを与えてやろうとしたとレイノスは言ったが、そんなものはなかったに等しい。なぜならダニッシュがその言葉を信じて木の根元にでもよしかかろうとした時、レイノスはそんなダニッシュを置いて先に行こうとしたからだ。
ダニッシュは焦った。そして聞いたのだ、レイノスになぜ先に行くんですか、と。するとレイノスはダニッシュに背を向けたまま言った。
お前に合わせて休憩をとっていたら、いつまでたっても目的地に辿りつかないだろう、と。
そんなひどいことを言わなくてもいいじゃないか、と思う反面、確かにそうかもしれないと感じたダニッシュは、仕方なくレイノスに合わせて先に進むことにしたのだった。
しかし、今さっき言ったように、もうさすがに限界だった。足も小刻みに震えているし、なによりレイノスの進みが速すぎて、このままではついていけなかった。
「もう……無理で……す」
ダニッシュは地面に身を預けるように倒れた。それはもう綺麗に。背中に土がつくことなんて気にならないほど綺麗に。
ダニッシュはそれだけですむと思っていたらしいが、現実はそういかない。なにせ石やでこぼこがある地面なのだ、倒れた瞬間に背中に走る痛みは尋常なものではない。
案の定、
「がはっ!」
「……馬鹿なのか、本当に」
痛みに悶え苦しむダニッシュだった。
「しょうがない、ここらで本当に休憩するか」
「す、すいません……」
謝る必要はあまりないのだが、それをしてしまうのがダニッシュだった。
「やっと、やっと休めました」
「なんだ、そんなに疲れていたのならもっと早くに倒れていればよかったじゃないか」
「そんなの嫌ですよ!」
「ふっ、冗談だ」
笑いながら、木の幹によりかかるレイノス。それを見たダニッシュも安心したのか、地面から起き上がり、レイノスと同じように木によりかかった。
「あと、どのくらいなんでしょうね。わたしたちが初めて出会ったあの村は」
「……その言い方は気持ち悪いからやめてくれ」
「なんでですか!?」
「いや、なんか初めて出会ったとか改めて言われたら、なんかぞくぞくっとしただけだ」
「それひどいですよっ!」
ダニッシュはやっと手に入れた休憩の時間なのに、ツッコミを絶えずいれる。そのせいでもう既に息は乱れ、肩を大きく動かしながら呼吸していた。ダニッシュはなにごとにおいても全力なのだ。
「それはさておき、結構歩いたからな。もうそろそろ見えてもいいはずなんだが……まぁ俺たちが今どこにいるのか正確にはわからないから、はっきりとは断言できないけどな」
レイノスは地面に転がっている小さな石を選びながら手に取り、それを遠くにある木を狙って投げつけながら言った。何回も何回も、暇をもてあますかのように。
いや、暇だと自分に言い聞かせるように。
ダニッシュは思っていたのだ。やはりアンナのことはレイノスにとって大きかったのだと。それはダニッシュも同じだった。
やはりアンナさんがいて、レイノス君がいての旅なんだと。
今はもうそうではない。ダニッシュとレイノス二人だけだ。アンナ一人が別の道をいや、道すらない闇の中を歩いている。
それならばいっそ、アンナを救うためにダニッシュとレイノスも別々の道を進むべきなのではないかと。違う道を進んで、違う場所からアンナに手を差し伸べ救ってあげるべきではないのかと。
そして最後に三人で同じ場所に立てればいい。三人、笑顔で。
「……そうなれば、いいですねぇ」
「ん? なにがいいんだ?」
「え!? いや、なんでもないです。早く村に着けばいいなぁって思っただけですよ!」
「そうか。お前がそういうならしかたない。休憩はこの辺にして、そろそろ行くとするか」
「ええっ! もう行っちゃうんですか? まだ少ししか休んでないですよ!」
レイノスは手に持っていた小石をダニッシュに投げて、両手についた土をパンパンと叩いて落とし立ち上がった。そしてそのままダニッシュに見向きもせず、先へ先へと行ってしまう。
「痛いですよ! ええ、本当に行くんですか! ちょ、待ってくださいよ」
その後を追うようにダニッシュもまだ回復していない足を使って、小走りで進んでいく。
「お前はなんなんだ。早く着きたいと言ったり、休みたいと言ったり。もうお前には付き合ってられぬ」
「え、いやそれは……って、早いですよレイノスくーん!」
そうしてまた歩き始めた二人。
二人の歩く道はまだ重なっていた。