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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
旅立ち編
49/82

決別

 ゲルブ村、門の前。村の中心部から離れたここは、普段から人通りが少なく、旅人が村人の中にはいってくるときしか使われることはない。そのせいか、普段から物寂しく、辺りには静けさが漂っている。

 しかし、今日は、いや、今この瞬間に限っては普段のそれとは比べ物にならないほど空気が張り詰めていた。

 言葉にするのなら、それは冷気。

肌を突き刺し身体の芯から震え上がらせるような、殺気にも似た鋭い冷気が立ち込めていた。

レイノスとダニッシュは一瞬、この空気に呑まれそうになった。いや、正確には、中心にいる人物――


 アンナの姿を見てしまったからだ。


「……きて、くれたんだね。レイノス、それにダニッシュさんも」

 レイノス達のほうを向くことなく、語りかけるように喋り始めるアンナ。幽鬼のような、おぼろげながらも強く存在を認識させるその様子は、今にでもレイノス達を呑み込んで消してしまいそうなものだった。

「なにか、話があるみたいだな。この俺に……いや、魔王だったこの俺に、か?」

「へぇ、レイノスから言ってきてくれるなんて、驚いたよ。てっきり誤魔化すのかと思っ

てたけど……それなりの覚悟はあるんだね」

 驚いたと、言いつつも、アンナの様子は変わらない。それはまるで、レイノスの答えが何であろうと、もう返す答えは決まっているかのように。

「なら、わかってるよね? 私の旅の目的……両親を殺した魔王を殺す、ってこと」

「ああ、わかってる。お前が、そのことだけに生きているってことは。でもな……俺はまだ、死ぬわけにはいかない」

 アンナの指先が、ぴくりと動いた。張り詰めた空気の中で、そのわずかな動きが、アンナの様子を、感情を、乱れさせたと知るには十分だった。

「ふっ、ふふ、あはははっ! 死ぬわけにはいかないって? そんなことはねぇ、生きてれば誰でも思うことなのよ! お父さんやお母さんだって……レイノスに殺された人たち全員ね! どの口がそんな言葉を吐くの?」

「……お前の言うとおりだ、アンナ。俺が見てきた人たちは全員、誰もが死にたくないと思っていた。……だからこそ、俺は生きて償っていかなければならない。生きて生きて、苦しまなければいけないんだ」

「そんな綺麗事、わたしもお母さんたちも求めてない! 求めているのは、魔王の死……すなわち、レイノス……お前の死だ!」

 叫ぶと同時に、アンナの身体が黒い光に包まれる。洞窟での濁った光とは比べ物にならないほど禍々しく、そしておぞましい、周囲の空気を腐らせるような、そんな光だった。

 刹那――数え切れないほどの黒い刃がレイノスに襲い掛かる。その刃はいつまでもいつまでも、途切れることなく宙を舞い、レイノスの身体の表面を切り刻んでいく。

そして、その黒い刃に紛れ、アンナは体勢を低くしながら、右手に持ったショートソードをレイノスに向ける。そして、その刃はレイノスの首元へ襲い掛かる――!


 黒い刃は消えた。そこにあるのは、倒れたレイノスと、その上に乗っているアンナ。


「……どうした? やらないのか。その短剣で俺を殺すのではないのか」

 ショートソードはレイノスの首の皮一枚を切って、止まっていた。レイノスの身体は血まみれだが、その全てが皮一枚を切られた程度の傷で、いずれも致命傷には到底なりえない。


 レイノスの顔に、雫が落ちてきた。冷たかった。


「できない……できないよぉ」

 アンナは泣いていた。顔をくしゃくしゃにして、手を震わせながら泣いていた。

「どうして……どうしてレイノスなの? なんで……なんで違う人じゃないのよ!」

 悔しさと悲しみと。

自分でもどうにもできなくなっている、そうレイノスには見えた。

「好きだから……レイノスのことを好きになってしまったから! 今の私には、レイノスを殺すことなんてできないよ!」

 感情を吐き出して、全てを溢しているような、そんな危うさ。溢しすぎて、器の中身がなくなっていくような。

アンナの中身が空っぽになっていくような、そんなことをレイノスは思った。

静寂が訪れる。

木々が風に身を任せて揺れ、葉のこすれる音が静かに場に染みわたる。

アンナが立ち上がった。静かに、レイノスとダニッシュから少しずつ離れていく。

そして、門の前に立った。

「……わたしは、必ず復讐を果たす。ソージアも、それに味方する魔物も、全部殺してやる。もちろん、邪魔をするなら人間だって例外なく殺す」

 それはアンナの決意だったのかもしれない。

 しかし、それはもはやアンナの口にする言葉ではなくて。あの元気でまっすぐだったアンナではなくて。

「……レイノス、あなたも殺すからね? 邪魔するなら、ダニッシュさんもだよ?」

 人間としての何かが欠けてしまったようで。

「うふっ……ハハ、アハハハッ!」

 その姿はまるで――


 魔王のようだった――。 

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