復興
あの日から数日。ゲルブ村は少しずつ、復興にむけての道を歩み始めていた。
それは家や門、広場などといった物理的な被害だけではなく、村人がこれまで背負ってきた罪、獣人と人間との間にあるわだかまりといった精神的な部分まで。
「おーい、こっちに材木を持ってきてくれ」
人間の村人一人が呼びかけると、一人の獣人が人ぐらいの大きさがある材木を、数本肩に担ぎながらやってきた。
「……これで、足りるか?」
「おお、これだけあれば今の作業には充分だ」
「……他に必要なことはあるか」
「ええと、それなら少し人手を連れてきてもらっていいか? なかなか俺一人で作業するのは身体に堪えてな」
「……わかった」
「すまない……ありがとう」
「気にするな……同じ村人なのだから」
獣人はそう言って、静かに去っていった。
この光景を見ていたのは、レイノス、イマムネ、ミリネだった。
「あの人……あ、今人手を探しに行った人ですけどね。あの人、人間の方が嫌いだったんです。人間は意味なく我々を差別する、なんとくだらない生き物だ、なんて言って。でもさっき話してみたら、こう言ってました――」
――差別をしていたのは我々も同じなのではないかって。
「……気づかないうちに自分たちを差別していたってことか?」
レイノスがミリネが言ったことに対して反応する。そこには純粋な興味が含まれていた。
「はは、そこまで難しいことではないと思いますけど。……甘えていたんじゃないかなって。人間に差別されている私たちは悪くない、悪いのは人間なんだ、だから人間を恨んで。そうやって恨んでばかりいて、なにもしてこなかった私たちは甘えていたんだと思います」
ミリネが作業をしている獣人たちを見て、つぶやく。
「……これからはその罪を少しずつ償っていかなきゃいけないですね」
ミリネはそういって駈け出した。作業をしている獣人、そして人間たちのもとへ。その顔にはなにかすっきりとした笑顔が、浮かんでいた。
「これが母の描いた理想の形……」
「なんだ、不満なのか?」
「不満だなんて、とんでもない! 満足しすぎても足りないくらいですよ」
その言葉に嘘偽りがないのを証明するように、イマムネはレイノスに笑顔をむけた。この笑顔を見たレイノスは、ふと思い出した。
そういえば、この村にきてから笑顔を見てこなかった、と。イマムネもミリネもいつも深く考え込んで、その表情は暗かった。そんな二人が今は笑顔でいる。そのことは、この村の未来を暗示しているのではないかと。
「母の理想は叶いました。それはいろいろな人の協力……レイノスさんたちやミリネさん、そしてこの村の人々の気持ちが重なってできたことです。だから、次は父のできなかったことをやり遂げなければ。父が守りたかったものを、僕はこれからこの村の人たちと守っていきます」
「そうか……」
「それじゃ、僕もそろそろいきますね。レイノスさんたちがここを離れるときは言ってくださいね。お見送りくらいはしたいと思いますので」
そう言って、イマムネも村の住人のもとへ駆けていった。その足取りは軽い。イマムネの前途は多難だが、イマムネ――いや、この村の人々なら大丈夫だろう、と感じたレイノスだった。
「笑顔か……」
レイノスはひとつのことを心に決めていた。それは山神――罪の記憶から得たもの、両親の理想を叶えること、そして死んだものたちへの償いをすることだった。
魔族と人間を共存させる。これが父と母のできなかった夢だ。
とても叶いそうもない夢を、レイノスは追いかけることに決めた。そのためには、もう一度あの魔王の座に戻らなければならない。
そう、現魔王、ソージアを倒して。
「罪の記憶で見たあれは……確実に俺だった。フェルメスが俺を殺したとき、いや俺が光に包まれたとき、飛ばされたのは俺の人格だけだった。そのあと残った俺の身体は、再び起き上がり、生まれたもの。それがあいつ」
今のレイノスに魔族の力はない。それは身体的特徴が著しく変わっているためだ。そしてエルフの薬を飲んだダニッシュの魔法のせいで、レイノスは魔族の力を失ってしまった。これはダニッシュが言っていた。そしてその話を、ダニッシュはフェルメスから聞かされた。
ここでレイノスの頭の中に、疑問が一つ生まれる。
どうして、フェルメスは俺をただ殺そうとせず、魔族の力を失わせるという面倒くさい手順を使ったのか。ただ己が魔王になるだけなら、レイノスを殺すだけで済むはずなのにだ。
「ふ、フハハハ、あいつの目的は純粋に魔族としての魔王が欲しかっただけか。だから俺のことをできそこないなどと……」
裏切られたことは、今の今までなにも感じてはこなかった。それよりも先にフェルメスへの憎しみがきてしまったからだ。
しかし、いまになってレイノスは、フェルメスに裏切られたことへの寂しさを感じていた。
「もはや、すぎたことだ。フェルメスはあれ以来、姿を見せていない。魔王にもなっていないあいつが今、何をしているのかもわからない。もう、遅いのだ」
そんな風に感傷に浸っていると、後ろからダニッシュの声が聞こえてきた。息を切らせながらレイノスに近づいてくるダニッシュの顔には、大量の汗、そして顔を覆いつくすような不安がにじみ出ていた。
「レイ、ノスさんっ! あの、アンナ、さんが話をしたい、って。多分ですけど、レイノスさんがその、魔王だってことの話だと……。ここ数日のアンナさん、ひどく塞ぎこんでいましたし」
「……そうか、俺はアンナを裏切ってしまったのか」
この俺の裏切りの寂しさなどとは。比べ物にならないような感情をあいつは抱えているのか。
レイノスはなぜか落ち着いていた。これはもう確信していたかのように。
――アンナのことを、よろしく頼む。
勇者の言葉が思い返された。あの勇者の記憶は、アンナに聞かせなければならないと、そう考えたレイノスはダニッシュに聞いた。
「ダニッシュ、アンナは今――どこにいる?」
「村の……東の門のところにいます。あそこはこの村の出口ですし、人も今はいません。もしかしたらアンナさんは……」
そうか、俺も決めたように、アンナも決めたのかもしれない。
これからの自分が、何をするのか。
「わかった。ダニッシュ、お前はどうする? 来るか、来ないか」
ダニッシュはレイノスの瞳をまっすぐと捉えたあと、
「行きますよ。ここで行かないなんて選択肢は、わたしにはありません」
「そうか」
レイノスは少し口を歪ませながら、軽く、笑った。




