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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
旅立ち編
46/82

母の記憶

 はるか昔、獣人たちはゲルブ村に移住してきた。なぜ突然移住してきたのかはわからない。しかし、少しずつ獣人は数を増やし、ゲルブ村に住み着いてゆく。

 そんなことがあり、人間たちが獣人をよく思わないのは当然だった。自分たちの住んでいるところに、突然見知らぬ人種が混ざりこんで来たのだ。

 それでも最初は、人間も今ほど獣人を憎んでいなかった。挨拶をされれば挨拶を返し、子供は人種など関係なく一緒に遊び、子の親もそれを微笑ましく眺めていた。

 いつからだろうか。

 山神様と呼ばれるものが囁かれはじめたのは。

 それは獣人が移り住んでから、程なくして人間たちのあいだで噂された。

『山神様を信じれば、どんな病気も治るらしい』

『死んだ者が生き返ったって話だ』

『罪人が山神様に出会って、改心したそうだ』

 人の噂が広まるのは早い。わずか一月足らずで山神様を知らぬ人間たちはいなくなり、そして信仰を深くしていった。人は心の拠りどころを求めたのだ。

 なぜなら、魔物に人が殺されていく世の中で、本当の安息の時などなかったのだから。

 そして、ゲルブ村の人間は同じ場所に住む獣人たちにも、山神様を信じるよう勧めた。いや、勧めたというよりも強要した。

 新参者は黙って私たちの言うことを聞けばいいのだ、と。

 獣人たちは、強く拒んだ。

 そして、あろうことか人間たちにこう言ったのだ。


『山神は穢れの塊である。あれは、罪が具現化されたものだと』


 その言葉を聞いた信仰の深い人間は、たちまちこの言葉を村中の人間に広めた。


『獣人は我々の神を冒涜する輩である』と。


 そうやって少しずつ、獣人と人間の距離は遠ざかっていく。

 子供がこれまでと同じように、獣人の子と遊ぼうとしても、子の親に邪魔をされる。獣人の子は汚いから近づくな、と。

 こんなことがあってから、幾分かの年月が経ち、この世にイマムネと呼ばれる少年が生まれる。

 そして、その母の名をシュリアという。

 

 ――一人、このシュリアは村の差別に立ち向かっていたのだった。




「――では、行ってきますね。あなた」

「……ああ、村長の私がこんなことを言うのはだめなことなのかもしれないが、頑張ってきなさい」

「ありがとう……」

 わたしが今から向かおうとしている場所は、獣人のエンジさんのところだ。獣人の中心人物であるエンジさんと、幾度となく密会を重ねてきたわたしの結論は、やはり人間と獣人は共存できるということだった。

 思えば、自分が生まれた頃から、一方的な人間の差別を目の当たりにしてきたわたしにとっては、元々獣人たちは悪い存在だとは思っていなかった。むしろ、人間たちのほうが醜く、わたしの目には映っていたのだ。

「――だから、人間が今一度、自分たちを見つめなおし、獣人たちの良さに気づくことができれば――」

 わたしは靴の中に足を滑らせ、靴紐をぎゅっと強く縛る。

 決意を固めるように。

「……お母さん、どこに行くの……?」

 眠たそうな目をこすりながら、わたしの愛しい息子が起きてきた。

「そうだね、ちょっと出かけてくるだけよ。すぐに帰ってくる。だから、安心して布団に入りなさい。ほらっ、良い子は寝る時間よ」

「本当に、帰ってくる……?」

「帰ってくる、帰ってくる! ほら、行きなさい」

 なぜか不満そうな顔をしながら、しぶしぶと戻っていく息子――イマムネ。

 あの子の為にも、一刻も早く、この村の問題を解決しなければ。

 そして、あの子の未来を――あの子の笑顔を守らなければ。

 そんな決意を胸に抱きながら、わたしは家の玄関を飛び出し走り出した。

 目指すはエンジさんの家だ。

 外は雨が降っていた。しとしとと、わたしの進路を阻むかのように。

 視界が悪い。周りの音は、雨が地面に叩きつけられるようなものだけだ。

 そんな状況で、前のほうに人影が見えた。

 雨が視界をさえぎる。

 あれは……誰だ?

 人影に近づく。あの人は――

 

 その瞬間、音が、止んだ。


 体が熱い。焼けるような熱さが腹部にはしる。何かで切り裂かれたような痛みが、徐々に襲ってくる。立っていることすら、できない。

「どう、して……?」

 わたしの体は、雨と同じように、地面に叩きつけられた。

「――お前はでしゃばりすぎた。シュリア、貴様をエンジのもとへ行かせるつもりはない。ここで今日、貴様は死ぬのだ」

 あと、もう少し。あと、もう少し頑張れば、この村は変わったかもしれないのに。

「ごめんなさい、あなた。ごめんね、イマムネ――」


 ――お母さん、帰れそうにないわ。


 



こうして、一人の女の戦いはあっけもなく幕を閉じた。

 そこには何のドラマもなく、ただただ、一人の女が一つのことをやりとげようとし、そしてやり遂げられなかった。

 そんな死を、レイノスは山神に見せつけられた。己が罪だけではなく、なぜか他の罪を背負わされた。

 だから、レイノスはイマムネの問いに答えることができる。

「貴様の母、シュリアを殺したのは――」


「ダン、お前だろう?」


 ゲルブ村は今、ひとつの終わりを迎える。

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