父の思い
「父さんっ!」
イマムネが、己の父を抱きかかえながら叫んだ。ブルトンの胸には深々と、もう元の形の面影を残していない剣の先が刺さっていた。
胸から溢れだす血は止まらない。それどころか、人の姿に戻った反動で、魔人の時に受けた傷が次々と開きだし、体中から血が流れ落ちる。その姿をその場で見ている者は全員、口を揃えて言うことだろう。
ブルトンはもうすぐ死ぬと。
イマムネもそのことは頭でわかっていた。しかし、わかっていたが理解はできなかった。納得、できなかった。
『――正しさだけでは理解できない感情があることを、知れ』
ブルトンの言葉がイマムネの頭によぎる。
自分は自分の信念を……母さんの信念を――正しさを胸に抱きながら、父さんと戦った。後悔はない。それは父さんもだろう。
――でも、仮に、父さんの中にも正しさがあったとしたら?
母さんの思いよりも、優先しなければならないものがあったとしたら?
「父さん……教えてください。あなたの……あなたの胸の中にある正しさを!」
イマムネの叫びに応えるかのように、ごふっと血を吐き出すブルトン。
「がはっ! ごほっ! ……死ぬのか、私は」
ゆっくりと、ブルトンが喋り始める。
「ふっ、結局、何も守りきれなかったということか。シュリアの思いも、自分の信念も。そして、イマムネ、お前のことすらも」
弱いなぁ、私は。
そう呟きながら、乾いた笑みを顔に浮かべる。
「もう時間がないようだ。あまり多くは語るまい。何を言っても、私はこのゲルブ村を破壊しようとした敵……魔物の仲間ということに変わりはない」
「そんな……父さんっ! 諦めちゃだめだ!」
「お前の聞きたいことに応えてやる……私の正義とは――」
お前の母さんとお前だ。
「なっ……」
「ふはは、あまり驚いた顔をするな。――父親とは、そういうものだ」
「なんで、それならなんで、母さんの思いを踏みにじるようなこと……獣人と人間を差別したりしたんだよ!」
「……私はただ、許せなかったんだよ。母さんを殺した者が獣人の中にいるという事実がね」
静寂が、辺りを包む。その場にいた者、全てがブルトンの言葉に耳を疑った。
シュリアさんが俺たち獣人の誰かに殺されたって……?
獣人の一人がそう言葉にする。
「……嘘ですよ。そんなの嘘です! だって、シュリアさんは私たちから慕われて……」
「……嘘ではない。あの傷は、あの殺され方は獣人特有の牙や爪でのものだった。首を噛み千切られて、それで……終わりだった」
ミリネの言葉も、ブルトンの言葉には勝てなかった。死にいくものが、嘘を、自分の愛する人の嘘をつくはずがないからだ。
「ごふっ! ぐぅ……本当にもう、終わりのようだな」
目の焦点はすでに合っていない。体の指先まで、神経が麻痺しているのか、体がまったく動かない様子だった。
「父さんっ……だめだ、死んじゃだめだ!」
「……最期に、お前にこの村の長を命じる。しっかり役目を果たすのだ。これからは、お前と母さんの理想を、実現してくれ。私は……地獄の底から見守ることにしよう」
村の者たち――獣人も人間も、その場から動くことはできなかった。ブルトンの最期をしっかりと見届けるために。
「――愛していた。この村も、シュリアも。そして……お前もだ、イマムネ」
そうして、ブルトンは静かに目を閉じた。息もしていない。既に生命活動が停止していた。
「なんで、なんでだよ。こんな、どうして母さんも父さんも、こんなに早くいなくなってしまうんだよ! なんで……!」
イマムネは、泣いた。泣いて泣いて、泣きじゃくった。一人の男としてではなく、一人の子供として。イマムネの子供として、泣いた。
そうして、子供としてのイマムネは終わった。
これからは長として、一人の人間として生きていく。
そんなイマムネが、本当の本当にやらなければならないこと。
母さんの正義を持って、村をまとめていくのなら――父さんの正義も受け継がなければならない。
「……誰なんですか?」
イマムネが、問う。
「母さんを殺したのは、誰なんですか?」
ブルトンの亡骸をゆっくりと地に横たわらせ、イマムネ立ち上がって獣人に向き直った。
「出てきてもらわないと……僕は――!」
――そのとき。
「その問い、俺が答えてやろう」
「あなたは……」
そこにいたのは、魔王――いや、人間レイノスだった。