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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
旅立ち編
45/82

父の思い

「父さんっ!」

 イマムネが、己の父を抱きかかえながら叫んだ。ブルトンの胸には深々と、もう元の形の面影を残していない剣の先が刺さっていた。

 胸から溢れだす血は止まらない。それどころか、人の姿に戻った反動で、魔人の時に受けた傷が次々と開きだし、体中から血が流れ落ちる。その姿をその場で見ている者は全員、口を揃えて言うことだろう。

 ブルトンはもうすぐ死ぬと。

 イマムネもそのことは頭でわかっていた。しかし、わかっていたが理解はできなかった。納得、できなかった。

『――正しさだけでは理解できない感情があることを、知れ』

 ブルトンの言葉がイマムネの頭によぎる。

 自分は自分の信念を……母さんの信念を――正しさを胸に抱きながら、父さんと戦った。後悔はない。それは父さんもだろう。

 ――でも、仮に、父さんの中にも正しさがあったとしたら?

 母さんの思いよりも、優先しなければならないものがあったとしたら? 

「父さん……教えてください。あなたの……あなたの胸の中にある正しさを!」

 イマムネの叫びに応えるかのように、ごふっと血を吐き出すブルトン。

「がはっ! ごほっ! ……死ぬのか、私は」

 ゆっくりと、ブルトンが喋り始める。

「ふっ、結局、何も守りきれなかったということか。シュリアの思いも、自分の信念も。そして、イマムネ、お前のことすらも」

 弱いなぁ、私は。

 そう呟きながら、乾いた笑みを顔に浮かべる。

「もう時間がないようだ。あまり多くは語るまい。何を言っても、私はこのゲルブ村を破壊しようとした敵……魔物の仲間ということに変わりはない」

「そんな……父さんっ! 諦めちゃだめだ!」

「お前の聞きたいことに応えてやる……私の正義とは――」


 お前の母さんとお前だ。


「なっ……」

「ふはは、あまり驚いた顔をするな。――父親とは、そういうものだ」

「なんで、それならなんで、母さんの思いを踏みにじるようなこと……獣人と人間を差別したりしたんだよ!」

「……私はただ、許せなかったんだよ。母さんを殺した者が獣人の中にいるという事実がね」

 静寂が、辺りを包む。その場にいた者、全てがブルトンの言葉に耳を疑った。

 シュリアさんが俺たち獣人の誰かに殺されたって……?

 獣人の一人がそう言葉にする。

「……嘘ですよ。そんなの嘘です! だって、シュリアさんは私たちから慕われて……」

「……嘘ではない。あの傷は、あの殺され方は獣人特有の牙や爪でのものだった。首を噛み千切られて、それで……終わりだった」

 ミリネの言葉も、ブルトンの言葉には勝てなかった。死にいくものが、嘘を、自分の愛する人の嘘をつくはずがないからだ。

「ごふっ! ぐぅ……本当にもう、終わりのようだな」

 目の焦点はすでに合っていない。体の指先まで、神経が麻痺しているのか、体がまったく動かない様子だった。

「父さんっ……だめだ、死んじゃだめだ!」

「……最期に、お前にこの村の長を命じる。しっかり役目を果たすのだ。これからは、お前と母さんの理想を、実現してくれ。私は……地獄の底から見守ることにしよう」

 村の者たち――獣人も人間も、その場から動くことはできなかった。ブルトンの最期をしっかりと見届けるために。


「――愛していた。この村も、シュリアも。そして……お前もだ、イマムネ」


 そうして、ブルトンは静かに目を閉じた。息もしていない。既に生命活動が停止していた。

「なんで、なんでだよ。こんな、どうして母さんも父さんも、こんなに早くいなくなってしまうんだよ! なんで……!」

 イマムネは、泣いた。泣いて泣いて、泣きじゃくった。一人の男としてではなく、一人の子供として。イマムネの子供として、泣いた。

 そうして、子供としてのイマムネは終わった。

 これからは長として、一人の人間として生きていく。

 そんなイマムネが、本当の本当にやらなければならないこと。

 母さんの正義を持って、村をまとめていくのなら――父さんの正義も受け継がなければならない。

「……誰なんですか?」

 イマムネが、問う。

「母さんを殺したのは、誰なんですか?」

 ブルトンの亡骸をゆっくりと地に横たわらせ、イマムネ立ち上がって獣人に向き直った。

「出てきてもらわないと……僕は――!」


 ――そのとき。


「その問い、俺が答えてやろう」

「あなたは……」


 そこにいたのは、魔王――いや、人間レイノスだった。  

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