イマムネの戦い
「ハハッ! どうした小娘、貴様の力はその程度か!」
「うるさい! お前のせいで……お前のせいでレイノスは、ブルトンさんは!」
アンナは風の剣を右手にまとっていた。
その風の剣でソージアに斬りかかるが、ソージアはアンナの攻撃をひらりとかわし続ける。
「……遅い、遅いぞ!!」
それまで回避に専念していたソージアは一転、アンナの剣をギリギリでかわしながらアンナの懐に入り、右手でアンナの身体を吹き飛ばした。
「ぐっ!」
そのまま受身も取れず地面に叩きつけられたアンナは、すぐさま立ち上がろうと身体を起こすが、
「遅いと言っている」
ソージアが横腹を蹴り上げ、アンナの身体は宙を舞った。
「空気よ、生者に仇なす刃となれ……エアリアルソード」
呪文を唱えたソージア。瞬間、周り一体が黒く淀んでいき、ソージア以外のものを切り刻んでいく。魔物も人間も関係なく。
アンナもその例外ではなく、まして宙にいるアンナは避けることも防ぐこともできず、身体全てがズタズタになっていた。
「く……くそ……がはっ!」
アンナは既に血まみれだった。地面に這いつくばり、ソージアを見上げるアンナの姿は、敗者の一言だった。
「まだまだその程度では、俺に傷一つつけることはできん。威勢だけでは何も変わらん。貴様が空しいと感じるこの戦い、空しいと感じるだけでは何も変わらんのだ。一生な」
「なんだと……?」
「ああ、それとな小娘、貴様はさっきレイノスが死んだのも、ブルトンが魔物になったのも俺のせいだと言ったな? しかし、それは間違いだ」
「お前以外に誰がいる!」
「確かに、ブルトンを魔物にしたのは俺だ。だがな……」
「レイノスを殺した魔物を差し向けたのは、俺ではない」
アンナの呼吸が止まった。
「嘘だ! お前しかいない! 他に思い当たる人物など、いない!」
アンナの言葉を聞いて、ソージアは心底おかしそうに笑った。
そして、
「いるではないか。貴様らがこの村に来た理由を失くしたもの……船乗りのエンジを殺した犯人が」
「父さん……言葉はもう要らない。いきます!」
イマムネの前には既に人外であり父であるブルトンが立っている。
そんな父にイマムネは容赦なく剣を抜き、斬りかかった。そこに恐怖はない。ただ恐れはある。
母の理想を貫くために、父と戦うことに。
しかし、胸の奥の恐れを振り払うようにイマムネは斬る。父の身体を、人間ではなくなった父の身体をただ何度も何度も、斬る。
その空しい攻撃を、ブルトンはゴミをはらうようにやめさせた。容赦なくイマムネを拳で殴り捨てたのだ。
「がぁぁ! ぐっ、ごほっ、がは……ごぼっ!」
イマムネは口から血を吐き出した。身体の感覚を支配するのはただ一つ。
痛い。
痛い、痛い痛い痛い痛い、死んでしまう、こんな攻撃をあと一回食らえば死ぬ。もう嫌だ、逃げたい。もう母の理想なんて捨てて……
そんな考えが頭によぎったとき、今まさに自分を痛めつけているブルトンの言葉をイマムネは思い出した。
『隣にいたものがなくなり、再び会えたものを、否定され踏みにじられる気持ちがお前にわかるか!? やっと見つけたものさえも、奪っていったものたちに否定される気持ちが! わかるのか! お前に!』
あれは母さんのことを言っているのではないか……? あの言葉は、あの父さんの気持ちはまだ母さんを愛していると、そういうことではないか……? 父さんは母さんの理想を信じていないのではなく、理想の根源である母さんを殺した犯人が獣人の中にいると疑っている、そうなのではないか? 山神なんて関係ない、ただ母さんのためだけに。
「ぐっ……なら、なおさら負けられないじゃないか……父さんを止めなきゃいけないじゃないか!!」
父が信念を持って戦っているのなら、自分も自分の信念――母の理想を持って立ち向かわなければいけない、そう思ったイマムネは、痛みを恐れを自分の心の弱さだけを捨てて、立ち上がった。
また剣を構えたイマムネは、獣人のもとへ進んでいるブルトンへ走っていった。
ブルトンの左横腹へ剣を叩きつける。斬りかかるのではなく叩きつける。
ブルトンの左手が再びイマムネを殴りつけようと飛んでくる。それをイマムネはブルトンの背後に飛んでかわし、また剣を叩きつけた。
理想を叩きつけるように、何度も何度も。
周りの獣人やミリネもその隙を狙い、ブルトンに攻撃を仕掛ける。
しかし、ブルトンは理性を失っているのと同時に痛みも大半失っているのかあまり聞いている様子はなかった。それどころかますます凶暴化し、ブルトンの周りにいた獣人やイマムネを咆哮で吹き飛ばした。
「大丈夫ですか!? イマムネさん!」
一緒に吹き飛ばされたが、受身をすばやくとったミリネは、倒れているイマムネに駆け寄った。
「大丈夫です、心配しないでください……」
イマムネはミリネに支えられながら、再び立ち上がった。そして再び剣を構える。ボロボロで既に使い物にならなくなった、剣を。
「もういいです、やめてくださいイマムネさん! あなたではあの怪物に敵わない! もう下がってください!」
ブルトンを見据えていたイマムネの視線が、ゆっくりとミリネに向けられる。そこに優しく、しかし確固とした決意が宿っていた。
「敵わないかもしれません、いや私では敵わないでしょう。でも俺は敵わなくたって立ち向かわなきゃいけないんです。怪物ではない一人の人間……ブルトンという一人の男に立ち向かわなきゃ」
「そして、敵わない父を乗り越えて叶えるんです、母の理想を」
再びイマムネの視線はブルトンをとらえた。刃こぼれした剣を手に、研ぎ澄まされた理想という剣を胸に構えながら。
「……わかりました。もうわたしはあなたをとめません。一緒に止めましょう、あの怪物……いやブルトンさんを!」
ミリネもブルトンに視線を合わせ、戦闘態勢をとった。
駆け出した二人はまず最初にブルトンの両脇腹を同時に攻撃した。それらを振り払うように回転するブルトンから一旦距離をとり、ミリネはブルトンの顔に強襲した。爪で両目を切り裂き、ブルトンの顔を足場にし、ブルトンの反撃を避ける。
「今です! イマムネさん!」
「うぉぉぉぉぉおお!!」
イマムネは飛んだ。そして一直線、ブルトンの胸へ剣を突き刺す。剣先が身体に沈む。
しかし、そのとき、
剣が折れた。
「なっ!?」
くそ、あと一歩のところで……せっかくミリネさんが作ってくれたチャンスを、無駄にしてしまうのか!
「――諦めないで!!」
イマムネの横にはミリネがいた。イマムネをしっかり見据え、イマムネを信じていることを目で伝えていた。
それを見たイマムネは剣の柄を捨て、ブルトンの胸に沈み込んでいる剣の刃を握った。ミリネも同じように、イマムネの手に重ね合わせるように握る。
「父さん……見てください、これが俺の――俺達の信念です!!」
剣は沈む、ブルトンの胸を貫いていく。深く深く、ブルトンの思いにイマムネのミリネの、母の思いを伝えるように。
そして、ブルトンの身体が光り輝いた。
そこには、すでに魔物の――怪物の姿はなかった。
そこにあるのはただ一つ、胸に剣が刺さっている、人間の姿のブルトンだけだった。