魔人ブルトン
「なんだ!?」
誰かが声をあげた。それに続くように、一人また一人と騒ぎが大きくなっていく。
「あれは……魔物!?」
その声が響いた瞬間、獣人達が突然現れた魔物に対して身構える。人間は後ろに下がって避難するものもいれば。獣人とともに戦う意志を見せるものもいる。
人間と獣人が手を取り合い、共闘した瞬間だった。
「もう魔物がきたんですね……」
イマムネが右手を強く握り締めながら、呟く。
「戦うんだね、あれと」
ミリネの額からは、一筋の汗が伝う。
「それにしても、なぜあの魔物一体なんでしょう。村の様子からすれば、もっと多いはずですが……」
ダニッシュは疑問を抱く。
「……あの魔物、変だよ。魔物だけど、魔物じゃない……そんな気がする」
アンナは、感じ取った。
そして魔物が、喋った。
「村の人間よ、下がれ。私は獣人のみに用がある」
「そ、その声は……父さん!?」
人間達にどよめきが起きた。目の前にいるのはどう見ても魔物。しかし、声は自分達の長であるブルトンなのだ。
混乱は最高潮に達していた。
戦前に立っている人間もうろたえ、手に持っている武器を下ろしている。
しかし、一番混乱しているのはイマムネだった。目の前にいる父――魔物を見据え、口からは言葉が出ない様子だった。
そんな混乱を眺めながら、ブルトンは叫ぶ。
「もう一度言う! 村の人間よ、下がれ! 獣人にしか用はないのだ私は。これだけ言っても下がらぬ者は……獣人と同じ私の敵である! 容赦せず、殺す」
辺りは静かになった。
騒ぐ人間も獣人もいない。
戦前に立つ人間は、戦うのか、戦わないのか、いまだ決めかねている。その様子を見た獣人は、今にもブルトンに飛びかかろうとする姿勢をとる。
そのときだった。
「いいでしょう、父さん。私はあなたと……戦います」
ブルトンが一歩、前に出た。足は震えている。手先はしびれている。何も考えられない。
そんな中、イマムネは戦うと宣言した。
父と戦うということが怖い。戦えば、どちらかが死ななければならない。
そんな恐怖を背負いながら、イマムネは宣言したのだ。
その姿を見て、人間達も決心したのか、一度は下げた武器を再び上げた。
「……そうか」
ブルトンは一言。
それで、ブルトンは人間ではなくなった。
身体は一回り大きくなり、瞳からは理性の色が抜けた。
瞬間、獣人は駆け出す。自らの武器である肉体をぶつけるために。
人間も武器を持つものは駆け出し、魔法を使えるものは右手や左手をブルトンに突きつけ、詠唱の言葉を口にする。
「……行きましょう、イマムネさん」
「……ああ」
ミリネが声をかけ、イマムネが頷く。
二人も駆け出す。ブルトン、いや魔物の元へ。
「アンナさん、わたし達も行きましょう!」
「――こんなんじゃ、何も変わらないよ」
「え?」
ダニッシュは立ち止まった。
「ブルトンさんを殺したって、みんな幸せになるわけじゃない。こんな戦い、空しいよ」
既にあたりは戦いの場となり、砂煙が舞っていた。
「どうして、どうしてブルトンさんは魔物になっちゃったの――?」
その呟きと同時に、辺りの砂煙が振り払われ、大きな地鳴りとともに獣人や人間が宙に舞っていた。
地鳴りの中心には、魔物が大勢いた。
そして、そのさらに中心。
ソージアが不敵に笑いながら、立っていた。
「なかなか面白い余興だった。ブルトン、人間の相手は俺達がしておこう。お前は存分に獣人を殺すといい」
理性を失ったブルトンは、ただただ吼える。そして獣人のところへと走り出す。
「また……また、お前は大切なものを奪っていくのかー!!」
アンナが叫ぶ。その叫びも、魔王は軽く流すように笑う。
「いいぞ、憎しみは俺がもっとも好む感情だ。さぁ、こい小娘!」
それが合図になったのか、魔物たちは一斉に獣人や人間に襲い掛かる。
ゲルブ村の最後の戦いが始まった。