ブルトンの言葉
村の人たちを避難させているアンナの視界の前方に、小太りの男が映った。
ブルトンだった。
屋根が炎で半壊した家の壁にもたれかかるように座っているブルトンは、右肩から血を流していた。
アンナがブルトンに近づこうと足を進め始めた時――
家の屋根が崩れ落ち、その瓦礫がブルトンの頭上に落下してきた。
「あ、危ない! ブルトンさん!」
アンナがそう叫び、ブルトンは瓦礫を避けようと動き出す。しかし、右肩を負傷しているせいか動きは緩慢で、瓦礫を避けきることはできそうもなかった。
瓦礫がブルトンにぶつかる瞬間――
目に見えぬ風が横からブルトンをさらっていった。
そのおかげで、瓦礫はブルトンの頭にあたることはなく、地面にあたって砕け散ったのだった。
「だ、大丈夫ですか……?」
ブルトンを抱えたまま声をかけたのは、ミリネ。ブルトンをさらっていった風は、獣人であるミリネであった。
「……放しなさい」
「え……?」
「放せと言っているんだ!」
心配したミリネの言葉を無視し叫ぶブルトン。抱えていたミリネの腕を左手で振り払い、地面に落ちる。
「っ!」
負傷した右肩から落下したブルトンは、痛みに顔を歪ませた。
「ブルトンさん……どうして」
振り払われたミリネも、悲しみに顔を歪ませた。
「穢れた獣人の手など借りるくらいなら死んだほうがマシだ」
言葉を吐きながら、ブルトンはゆっくりと立ち上がる。
「父さんっ!!」
「イマムネ……さん?」
立ち上がるブルトンに刺さるような声を浴びせたのは、イマムネだった。鋭い怒気を含んだ視線でブルトンの背中を見ながら、親子だからなのか――ブルトンと同じようにミリネの後ろに立っていた。
「あなたは……あなたはどうしてそこまで獣人を憎む!? 自分の命を助けてくれた相手に対して、どうしてそこまで……っ」
「イマムネさん……いいんです、やめてください……」
「いえ、言わせてくださいミリネさん。僕はもう我慢できない。僕たち人間と獣人の間に亀裂を入れる父親を! エンジさんを殺した父親を! ――母さんのやろうとしていたことを……信念を否定し続ける父さんをっ!」
そのとき、ブルトンの背中が少し、震えた。何かに反応するように。
「……お前になにがわかる。子供の、お前に」
「わかるさっ! 少なくとも、あなたが母さんの意志を曲げているってことだけは!」
「――お前に……お前に、なにがわかるというんだ!!」
ブルトンが、吼えた。
「隣にいたものがなくなり、再び会えたものを、否定され踏みにじられる気持ちがお前にわかるか!? やっと見つけたものさえも、奪っていったものたちに否定される気持ちが! わかるのか! お前に!」
ミリネやイマムネ、アンナに背を向けたまま、ブルトンはなおも吼えた。今まで溜め込んだものを吐き出すように。
「……イマムネ、お前の言っていること、やっていることは正しい。だがな――」
「この世には、正しさだけでは理解できない感情があることを、知れ」
ブルトンはそう言い残し、アンナたちの前から姿を消した。