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無力な魔王と能天気娘  作者: 青空の約束
旅立ち編
39/82

レイノスの思い

 アンナとダニッシュが立ち去った後、レイノスの意識は自らの身体――レイノスの身体へと戻ってきていた。戻ってきたといっても、生き返ったわけではなく、ただ意識がそこに縛られているだけだ。

 身体は――動かない。

 鉛のように身体が重いとか、身体を動かすと激しい痛みが全身を駆け巡るとか、そんな次元の問題ではない。

 あるべき場所にあるものがなく、感じるべきものを感じることができない。レイノスはそんなことを思った。

 俺はこのまま、なにもすることができずに過ごすのか……?

 死ぬ苦しみが分かったレイノス。死ぬ悔しさを知ったレイノス。

 

 自らの罪を認識したレイノス。


 しかし、時は戻らない。レイノスの死、という現実も戻ることはない。

 レイノスはひたすらに――悔やむことしかできなかった。





「ダニッシュさん! ゲルブ村が!」

「……なんてことです」

 アンナ達が洞窟からゲルブ村に向かうと、そこはすでに火の海と化していた。火は家々に燃え移り、あの壮大だったブルトンの屋敷も炎の波に飲み込まれている。

 そして、村の中には数多くの魔物が徘徊しており、力なき人間を捜し求めていた。

「まずは村の人々の安全を確保しましょう! 私は南の方に行きますから、アンナさんは北の方をお願いします! できるだけ早く村の外の火がない場所までお願いします」

「わかった!」

 アンナとダニッシュはそうして二手に別れ、人々の避難を誘導し始めた。

 南の方に行ったダニッシュは、できるだけ魔物がいない道を探し、なおかつ一人も村人を見逃さずに進んでいった。途中、獣人である村人が魔物と戦っていたり、人間の村人を助けていたりする場面を見て、やはり獣人と人間は仲良くすることができるのだと、ダニッシュは一人思った。

「おとーさーん! おかーさーん! どこなのー!」

 ダニッシュが村を走り回っていると、大通りの中心に一人泣き叫ぶ少女が見えた。すぐさま、ダニッシュは少女の下へ駆け寄り、村の外へ連れ出そうとする。しかし――

「やだー! おとーさんおかーさん一緒がいいー! どこなの、はやくでてきてよー!」

 少女は警戒してダニッシュについていこうとしなかった。必死に子供をなだめようとするダニッシュだったが、これまで子供と接してくる機会などなかったせいで勝手が分からず、ますます少女は泣き出してしまう。

 その間も、火は回り続ける。

 それだけではなく、気がつくと、ダニッシュと少女の周りには魔物が五体ほど現れていた。

「……この娘には傷一つつけさせません。もう……人が――大事な人が死ぬところを見るのはごめんです!!」

 ダニッシュは構えた。震える足を、震える手を前に出して、少女を守るために。

 魔物恐怖症は治っていない。

 それでもダニッシュは構える。そして、呟く。

「聖なる水よ、その形を風に任せ暴れだせ! 迅水風!」

 ダニッシュの足元から水が昇りだし、周囲の風を巻き込んで大きな渦となる。

「お穣ちゃん、少し伏せててください」

「……う、うん」

 少女は戸惑いながらも、首を縦に振り、その場に屈んだ。

 それを確認したダニッシュは、すぐさま水の渦に意識を集中させ、その渦を解き放つように周囲に放った。水の渦は、風の流れに沿って、様々な方向へ進み、五体の魔物を切り刻んでいく。

 そして一瞬で五体ものまものは力尽きた。

「ふぅ……」

 震える手で額を拭い――

「じゃあ、お穣ちゃん、早く避難しましょう?」

 少女は笑顔で、頷いた。





 北の方へ向かったアンナも、ダニッシュと同様に住民の避難をうながしていた。視界に映る魔物をを自らの魔法で蹴散らしながら、次々と住民を村の外へと避難させていく。

 アンナの行動は迅速だった。魔物を一瞬で倒し、動けない人々を運び出す。行く手に炎が立ちふさがれば魔法でかき消し、建物が倒れてくれば魔法で人々のいないところへと方向転換させる。

 アンナの魔法――魔力は強くなっていた。

 レイノスを失い、アンナ自身の意志が強くなった結果なのかもしれない。

 しかし、アンナは知らない。自らが洞窟で放った光のことを。

 そして、アンナは知らない。自らに流れる血のことを。

 だから、アンナはわからない。


 自らが何者なのかを。


 それでもアンナは今、自らが決意したことを成し遂げようと行動している。それは、レイノスのため。

「絶対に救うから……見ててね、レイノス」





 天井が吹き抜けになり、もはや洞窟の形を保てていない、そんな場所にレイノスの身体は横たわっている。

 意識は、ある。

 音も感じることが、できる。

 吹き抜ける天井から見える空は、夕暮れ時か赤く染まり、日が沈む頃なのか、少しずつ闇が赤を食い尽くしていく。

 そんな空から流れ込む風の音を、レイノスは静かに聴いていた。他にすることもない、というのもあるが、レイノスは何故かそうしていたかった。

 ゆっくりと考えたかった。

 先ほどから考えていることは全て同じ。

 自らの犯した罪深さ。そして、生きたいという思いを抱く自分への嫌悪。

 大きな罪を犯した自分が、生きたいと願っていいのか。

 死を引き起こした罪は、死というものでしか償えないのではないか。

 そう考えているのに、生きたいと強く願ってしまうレイノス。

 この問いを無限に繰り返していた。

 だから、気づいた。

 風の音の中に、違った音が混ざっていることに。何かがこちらに近づいている足音に。

 誰だ! と、叫ぶこともできないレイノスは、その場で足音が近づいてくるのを待つしかない。

 レイノスの視界に現れたのは、金色の髪をたなびかせた女性だった。

 そして、レイノスの記憶に何かがよぎる。

 それは幼い頃の父と母と一緒に入った、お風呂場での記憶。

 懐かしかった。素直に、懐かしかった。

 声を出して確かめたかった。女性が、自分の母なのかを。

「――こんなことになってしまって……本当にすまないね、レイノス」

 女性が喋った。言葉一つ一つがレイノスに懐かしさを覚えさせる。女性には母の面影がある。たなびく髪からは、尖った耳がちらちらと確認できる。

 目の前の女性はエルフだった。エルフ特有の、尖った耳。

「――お前は何も悪くない。悪いのは……レイリアとアイリを止められなかった私だよ」

 目の前の母の面影を持つ女性が、意味の分からないことを呟く。悲しみと愛しさを宿した瞳でレイノスを見ながら。

「レイノス。お前はまだ死んではいない。この私の声が聞こえているのだろう?」

 女性は続ける。

「お前は目覚めなければならない。こちらに戻ってきて、ソージアを……お前の分身を倒さなければならない」

 女性は、瞳を伏せる。

「ソージアは世界を滅ぼす。人間も魔物もエルフも獣人も関係なく、殺しつくすつもりだ」

 女性は、口を結ぶ。

「山神はいる。お前のすぐ傍に。山神を倒せば、願いは叶う。お前は生き返れる」

 風が、止んだ。

「山神とは――自らの犯した罪が具現化されたものだ」

 音も、止んだ。

「お前は、罪を認め、罪を殺せ」

 

 レイノスの周りに、罪が現れた。

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