ダニッシュの思い、アンナの思い
「レイノスさん!!」
ダニッシュが叫んだ。目の前で起こっている現状を打ち消したいかのように。
レイノスに言われ、咄嗟にアンナを救うために魔法を放った。結果、アンナは助かった。しかし、レイノスは守れなかった。
アンナを救ったことをダニッシュは後悔していない。それは当たり前だ。仲間を救えたのだから。
そして、同時にダニッシュは後悔していた。それは当たり前だ。仲間を救えなかったのだから。
「……レイノス」
アンナが呟くのが、ダニッシュには聞こえた。その表情は、洞窟の暗さとアンナが俯いているため判らない。
「ぐるる……ふっ!!」
獣がレイノスを投げ捨てた。まるでゴミでも捨てるかのように。
レイノスは動かない。ピクリともせず、ただ淡々と、レイノスの意思とは無関係に首元から血を流すだけだった。
その姿を見て、ダニッシュは絶望に襲われた。そして、諦めた。レイノスの生を。
たとえ、元魔王といえど今は人間だ。今までのレイノスの戦いや行動を見ていれば、その身体能力は人間と変わらないことが判る。
元魔王だから助かる、というダニッシュの希望は、ダニッシュの考えによって打ち砕かれた。
「……っがぁぁぁあああーー!! 殺してやる!」
いつも温厚なダニッシュの中で何かがキレた。自分自身の魔物嫌いも、魔法も、理性も、何もかも捨てて、獣に向かって走り出す。
ほんの少しの時間を一緒に過ごしただけだった。人間のレイノスに会う前は魔王のレイノスを殺そうとしていた。
でも、レイノスと出会わなければ、いつまでも大衆の中でもてはやされ、ただ自分の利益だけを考えるだけの人生を送っていたかもしれない。
レイノスと出会わなければ、このように他人と関わって一喜一憂することもなかったかもしれない。
悔しかった。レイノスを死なせてしまったことに。
だから、理性は捨てた。
そして、生も捨てた。
「ぁあああああ!!」
ダニッシュと獣が交差する瞬間――
空気が変わった。
「っ!?」
「ぐぁ!?」
獣も、ダニッシュも、空気の異常に気づき、飛びずさってその原因を探った。
そして、見つけた。
「……アンナさん……?」
アンナの周りが、震え、その異常を伝えていた。
自分の油断が招いた事態だった。
でも、こんなことになるなんて思ってなかった。
レイノスならなんとかすると、そう思っていた。
ダニッシュさんのときも、武闘大会のときも、レイノスはなにがあっても解決してくれた。
最初、出会ったときは、復讐の相手かと思った。顔も体つきも何もかも同じだったから。
でも、レイノスは人間だった。体の細かい部分は人間だった。そして、性格や言動が人間くさかった。
だから、私はついていった。本当に復讐すべき相手なのかどうかを見極めるために。
すぐ、わかった。レイノスは復讐すべき相手ではないと。あんな、両親を殺したときのような冷たい目はしていないと。
そして、自分の――勇者であった兄を殺した魔王ではないと。
「ぐるる……ふっ!!」
目の先にいるなにかが、レイノスを投げ捨てた。
まるでゴミでも捨てるかのように。
「……っがぁぁぁあああーー!! 殺してやる!」
ダニッシュさんが何かを叫んでいる。やっぱりダニッシュさんも悔しいんだ。
レイノスを救えなかったことが。
そうだよね、ダニッシュさんも私もレイノスのことが好きだったんだ。
口は悪くて、何を考えているのかわからないけど、自分の目的のために頑張るレイノスを。
私は――好きだったんだ。
「……許さないよ」
自分でも聞こえるかどうかわからないぐらいの声で呟いた。
目の前にいる何かを殺さなければいけない。
レイノスを殺したなにかを殺さなければいけない。
レイノスをゴミのように扱った、目の前のゴミを殺さなければいけない。
なぜか、体の奥底から得体の知れない力が湧き出てくる。
今なら、なんでもできそうな気がする。
そう思った瞬間。
アンナの体がから、膨大な光が発せられた。