油断
「ダニッシュ、アンナ、お前達はあいつに隙ができたら魔法を使え! 隙は俺が作る!」
「わかったよ!」
「できるかぎりがんばります……」
レイノスはアンナとダニッシュに指示を下すと、すぐさま行動に移った。
まずは目の前にいる獣に一太刀浴びせようと斬りかかったのだ。これは相手がどう動くのかを見るためであった。
当然、獣は避けた。これはレイノスも予測していた。ただ、獣がどの方向に避けるのかがレイノスは見たかったのだ。
どののような生物にも癖というものは存在する。
このような戦闘では、いかに相手の癖を見つけられるかが勝敗を決するということをレイノスは理解していたのだ。
獣は上方に飛び上がりレイノスの攻撃をかわすと、そのまま落下する勢いでレイノスに噛み付こうと牙を立てた。
カウンターまでは予想していなかったレイノスは、身体を動かそうとするが、間に合わない。とてもいい動きを獣はしていた。レイノスの予想を上回る動きだった。
一体一なら、そのカウンターは有効的だった。そう、一体一なら。
しかし、この戦いは一体三なのだ。
獣の牙がレイノスに届く前に、アンナの風魔法が獣の腹に直撃していた。
「へへ~、こんな感じでいいのかな、レイノス?」
誇らしそうに、顔に笑みを浮かべるアンナがいた。
「ああ、そんな感じで頼むぞ」
レイノスが答える。
「任せておいてよ! 私もやるときはやるんだか――」
「アンナさん、危ない!」
ダニッシュが突如叫んだ。
アンナは気を抜いてしまったのだ。それはレイノスも同じだったのだが。
アンナの頭上に一匹のコウモリがいた。しかし、それは普通のコウモリではなく、牙に猛毒を持っているポイズンバットと呼ばれる魔物だった。
油断していた。
この戦いは一体三ではなく、本当は二体三だったのだ。
その油断がレイノスの行動を遅らせた。
背後に飛びかかってくる獣。その対処に間に合わなかったのだ。
アンナの頭上には毒をもつポイズンバット。
レイノスの背後には一体の獣。
レイノスは咄嗟に叫んだ。
「ダニッシュ! アンナを守れ!」
「は、はい! ――風を越す我が楯よ、身を守るために現れろ風流の楯!!」
ダニッシュが魔法を唱えると、アンナの周りに幾数もの風の流れが隙間を縫うように作られていく。その風の流れに弾かれたポイズンバットは、洞窟の岩壁に身体を強く打ち付けて息絶えた。もともと毒以外の能力はあまり高くない魔物なので、息絶えるには十分な衝撃だった。
――よかった。
ふと、レイノスは安心した。自分の背後に獰猛な獣が迫っているにも関わらず。
さっきの叫びも、無意識のうちに行っていた。自分が考えるよりも早く、ほぼ反射に近い形で。
どうしてなのか。
その答えを見つけ出すよりはやく――
獣の牙が、深く深く、レイノスの首に喰いこんでいた。