追跡
ここはブルトンの家の前。
明らかに周りとは違う外観の建物を見たアンナは、ここまでの道のりの家とそれを比べてただ一言、すごいと言いたかった。
まず家に門があることが信じられない。無駄に大きいそれは、人が一気に十人は入れるのではと思うくらい。しっかり鉄製のかんぬきもつけられていて警備は万全といった様子だった。
「す、すごいねぇー。なんかホント、すごいねぇー」
アンナの頭にはすごいという言葉しか思いつかなかった。レイノスやダニッシュも同じようで、アンナと似たような表情をしている。
「これは素直にビックリします。住宅街をぬけたと思ったら、辺り一面屋敷ですからね……」
「……イマムネさんって普通にお金持ちだったんだね」
アンナとダニッシュが他愛もない話をしていると、レイノスは何かを見つけたような顔をする。
「どうしたの、レイノス?」
「……裏口を見つけた」
そういってレイノスが指差す先には、ひっそりと暗く目立たない場所にある小さなドアがあった。表にある大きな門とは大違いで、門を見た後では一際小さくアンナには見えた。
「よし、ここらへんでブルトンが出てくるまで待機するぞ」
「そうですね。じゃあそこの建物の日陰で待機しましょう。あまり人目にもつかなそうですし」
アンナたち三人はそうして日陰に身を隠しながら、裏口を見張る。
レイノスはずっとドアだけを真剣に見て、ダニッシュは誰かに見つからないように辺りを警戒する。
アンナはというと、レイノスをずっと見ていた。
複雑だった。
レイノスが何かを誰かのために真剣にやるということが。
嬉しいのだけど何か納得いかない。
レイノスと出会ってしばらく経つが、今までレイノスが誰かのために何かをやるという行為をアンナは見てこなかった。
コーネリアでは大会参加選手の腕を斬ったり試合に一人で出たりする。リンの住む村では何もせず、ラミアが現れても特段強い反応は示さない。アンナがラミアに魔法を詠唱しようとしたときだって、レイノスはアンナを止めなかった。
止めて欲しかったわけではないのだが、何も反応をしないレイノスにアンナは少しショックだったのだ。
だけど今回、レイノスはこの村の問題――ミリネたちの問題を真剣に考えているのがアンナにも分かった。それはどことなく真剣で、どことなく――嬉しそうに見えたのだ。
(ミリネちゃんの……問題だから?)
レイノスはミリネの問題だから、ミリネが悩んでいるから真剣なんだろうか。
真剣なのは嬉しい。誰かのために何かをするレイノスは前よりも輝いて見える。
だけど――
「……それが私に向かないのはなんで?」
「んっ? なんか言ったか? アンナ」
「っ! な、なんでもないよ」
思わず口に出てしまった言葉を、アンナは必死に押さえ込んだ。この言葉――この感情が何なのか、こんな嫌な感情を抱いてしまった自分を嫌悪する。
仲間の良いところを素直に喜べないのはアンナにとって最低な行為の一つだったのだ。
だからアンナは考えるのをやめる。
考えるのをやめて、レイノスを手伝って、一緒にこの問題を解決しようとアンナは強く思うのだった。
「でてきたぞ、あいつがブルトンで間違いなかったよな?」
「ええ、あの人で間違いないです」
裏口のドアから出てきたのは小太りで無精ひげをを生やした男。黒いタキシード姿できょろきょろと辺りを窺っている。
「……よし、見つからないように後を追うぞ。アンナ、ダニッシュ、準備はいいか?」
「大丈夫です」
「……大丈夫だよ!」
「あ、あまり大きな声をだすな。ブルトンに見つかるだろうが」
「ご、ごめん……」
アンナはレイノスから注意を受けると、本当にすまなそうに謝る。そんなアンナの姿を見て、レイノスも少し申し訳なく思ったがそれを口に出すことはしなかった。
「じゃ、じゃあいくぞ」
その合図を皮切りにレイノス達はこそこそと歩き出す。足音を立てないように、姿を見せないようにと細心の注意をはらいながらブルトンを追う三人。
しばらくすると、村の西側にある門の前にブルトンはついた。門の前には人はいなく、まるでそれがいつもの光景のように、ブルトンはさっさと門を開け村の外へ出て行った。
「あいつ、村から出て行ったぞ」
「ええ、てっきり村の中にあるどこかの隠れ家のようなところに行くと思ったんですが……」
「そ、そんな事話しているあいだにブルトンさんを見失っちゃうよ!」
「そ、そうだな」
アンナの焦った顔と言動に、少しレイノスも焦り門の外に出るため走る。周りに誰もいないことを確認し、レイノスはゆっくりと門を開けていった。
「ここは……」
門を開けるとそこは草木生い茂る森。まだ葉は青々と色づいていてなめらかにゆれる。風がちょうど良く吹き込み、葉の動きも加わってよりいっそう涼しさを増していた。
そんな森を分断するように一本。まっすぐ道がのびていた。
「レイノス君、見てください。これってブルトンさんの足跡ですよ」
ダニッシュはいちはやく気づいたのか、道のところに駆けていき、ブルトンの足跡と思われるものを指差していた。
「この足跡を辿っていけば、自然とブルトンさんに追いつくってわけだね」
「ああ、だが足跡だけにも頼ってられない。さっさとブルトンを見つけるぞ」
またもやレイノスの合図で三人は歩き出す。今回はこそこそとではなくどうどうと、そしてすこし早足で。
ブルトンの姿はすぐに見つかった。足跡を辿っていくと、森が少しずつ横にひらけていき、ブルトンの姿を確認することができたのだ。
しかし――
「……なぜ、あいつはあんなところに入っていったんだ?」
レイノスが驚くのも無理はなかった。
ブルトンが入っていったのは、小さなひっそりとした隠れ家のような家でもなければ、人ごみにまぎれれるような場所でもない。
そこは、おおよそ人が寄り付かない、おおよそ人が住み着かない、深い深い――
「……洞窟?」
そう。
人が近寄りそうもない。人以外の獣や魔物が住み着きそうな場所。
そこは何がいても不思議じゃない雰囲気を醸しだしているような場所。
そこは――山神様という規格外の存在がいても許されるような気がする、そんな場所。
「……ふっ、楽しみだな。山神様とやらに会うのが」
にやりと笑うレイノス。その心のなかは、魔物時代に培われた何かをいたぶる楽しみと、人間になってから培われた得体の知れないものに抱く恐怖がごちゃまぜになっていた。