ゲルブ村に向けて(1)
「ゲルブ村はまだなのか? くそ、あのじじい。裏山の洞窟抜けたらゲルブ村だって言ってたくせに」
「まあまあ、多分もう少しで着くとは思いますよ」
悪態をつくレイノスをなだめるダニッシュ。そんな二人の横では、のんきに鼻歌を歌うアンナがいた。
いまレイノス達がいる場所は、裏山の洞窟を抜けた先にあった森である。周りには木々が生い茂っており、その間にはまっすぐ砂利の道。
そこをいま、レイノスたちは歩いているのだった。
「ふ~ん、ふふふ~ん、ふ~んふ~ん」
「……なんなんだ? さっきまで落ち込んでた様子だったのに、村から出てきたら急に明るくなったぞ」
「さ、さぁ? 私には全然わかりません」
上機嫌なアンナを見て、レイノスとダニッシュはひそひそと小声で話す。村であったリンとアンナの会話を知らない二人は、アンナの急激な表情の変化が不思議で仕方なかったのだった。
「ほら、二人とも。ひそひそと話してないで、明るく明るく!」
「お、おう」
「は、はい」
やっぱり、アンナは上機嫌なのだった。
そのとき、周りの木々から小鳥が一斉に飛び立つ。辺りは静まりかえり、風が葉を揺らす音だけがひときわ目立った。
「な、なんですか?」
「……くるぞ!!」
レイノスの一声と同時に周りの木々の間から、獣のような魔物が五体。空からは鳥のような魔物が二体現れた。
獣型の魔物は、全身が漆黒の殺人者とよばれているブラックタイガーであった。その全身は名の通り漆黒で、足の爪は四本鋭く光っており四足歩行が特徴であった。四本の足の筋肉は引き締まっており、力だけではなく柔軟性も兼ね備えているのだった。
一方、鳥型の魔物のほうはウイングバードとよばれる比較的弱い魔物であった。特徴は大きな羽なのだが上手く使いこなせず、攻撃手段はくちばしでつつく、というのが定番の魔物だ。
「ひ、ひいいいーー」
ダニッシュの絶叫。ラミアと戦闘していた時とは別人のような姿であった。やはりまだ、魔物恐怖症は治っていなかったのだった。
「いい加減にそのへっぴり腰を直せ! いつか死ぬぞ!」
そんな事を言っている間にブラックパンサーは高く跳躍し、一番弱そうと判断したのかダニッシュ目掛けて爪をむけた。
「吹き荒ぶ藍色の風! ダニッシュさん大丈夫ですか?」
そんなダニッッシュの危機を救ったのは、のんきに鼻歌を歌っていたアンナだった。アンナの魔法を受けたブラックパンサーは、空中を回転しながら体勢を立て直して地面に着地した。そして、一瞬でアンナとの距離を縮めるため一直線に走りながら、その鋭い歯と爪で襲いかかった。
「はっ! こいつらは動きがすばやい! おたおたしてる間に殺されるぞ!」
レイノスがアンナの目の前にきた一体のブラックパンサーを目にもとまらぬ速さで斬り捨てる。しかし、レイノスの言葉通り、残った二体のブラックパンサーはジグザグに進みながらすぐさま距離を詰めてきた。
「くっ!」
「きゃ!」
レイノスとアンナはブラックパンサーの動きについていけず防戦一方。そのため、一人怯えているダニッシュに気が回らなくなってしまったのだった。
「ひ、ひぃ。ど、どうして私はいつもこうなんだ」
一人役に立たないダニッシュは自分を恥じて、震えている足や手を押さえつけていた。
「とまれ、とまれ! 震えよ、とまってくれ!」
しかし震えはとまらない。
そのとき、ダニッシュの頬を鋭い氷の刃がかすった。
「な、なんですか、これは? ……魔法?」
ダニッシュは氷の刃が魔法だと考えると、戦闘をしているレイノスたちの方を見た。
「魔物は魔法が使えない……でも、アンナさんも氷の魔法を使ってない……ではいったい誰が?」
すると、またダニッシュの頬を氷の刃がかすめる。その氷の刃は上空から放たれていた。
「ま、まさか……」
ダニッシュが恐る恐る上を見上げると、そこには二体のウイングバード。
「あのウイングバードが魔法を!?」
ダニッシュの言ったことは現実だった。ウイングバードが魔法を放っていたのだった。
「で、でも、魔族は使えても魔物は魔法を使えないはずです。いったいどういう……ひぃ!」
ダニッシュが考えている間にも、ウイングバードは氷の魔法を放ってくる。
「ひ、ひぃ。た、助けてくださいーレイノス君ー!」
恐怖で体が動かないダニッシュは、レイノスに助けを求めたが、
「くっ! 自分でなんとかしろ!」
と、レイノスも自分のことで手一杯だった。
「……ピンチですよ。これは本当にやばいです」
ダニッシュはいままでの魔物との戦闘では、いつもレイノスやアンナに助けてもらっていた。グリーンパンサーのときはレイノスが全滅させ、武闘大会のオーガのときはアンナの助けがあったのだ。
しかし今は助けがない。
ダニッシュにとってピンチなのは見てあきらかであった。
「はぁはぁ……なんで魔物が魔法を! それさえなければ私ももう少し安全なのに!」
そういっていても、氷の刃がとまることはなかった。必死で逃げるダニッシュは、このままではらちがあかない、と思ったのかウイングバードに向き直り、
「我を守護する炎の盾! ふぅ、これでひとまずは安心……ひぃ!」
守りの魔法を唱えた。
しかし、ダニッシュは自分の身を守り時間を稼ごうとしたのだが……なにせ相性が悪かった。
炎の盾が氷を溶かすのには時間がかかる。なので、溶ける前に氷の刃が炎の盾を突き破りダニッシュのもとへと向かうのだった。
「守ってもダメなんですか!?」
さぁ、とうとうダニッシュは本格的に危なくなってきた。
戦うしかなくなったのだ。
「も、もう。立ち向かうしかないんですね……」
今度こそ力強い……とまではいかないが、決心した目で振り返った。
「だ、だだ、大地を貫く炎の柱!」
震えた声で放たれたファイアーポールは、いつものダニッシュの魔法の威力とは比べ物にならないくらいに弱かった。しかし、それ以上に弱いのがウイングバード。
ウイングバードは二体とも炎に焼き尽くされてしまった。
魔法が使えるからダニッシュは驚いていたが、そもそもの能力は高くなく弱い。
ダニッシュの弱々しい魔法でも十分に倒せるのであった。
「た、たおした~。……死ぬかと思いましたよ」
こうしてダニッシュは、ピンチをなんとか切り抜けることができたのだった。