その頃、レイノスは
ダニッシュとラミアが洞窟に閉じ込められている頃。
「ふ~、中々気持ちいいな」
何も知らないレイノスは晩御飯を食べ終わった後、一人外にある温泉に入っていた。
温泉は村長の家の裏にあり、山と家を挟む形になっている。広さは十人程が一気に入れるぐらいあり、中央には大きな岩が一つ置いてあった。
レイノスはその岩によしかかりながら、物思いに耽っていた。
「こんなにくつろげる時間は久しぶりだ……。ふっ、こんな事を考えるなんて、俺はそうとう疲れているんだな」
レイノスは軽く笑うと、自分の考えを隠すように首まで湯船に浸からせた。
「……懐かしい」
ふと、レイノスの頭にある思い出が浮かび上がった。
両親との記憶である。
父ラノスは、レイノスがまだ歩き始めて間もない頃は生きていた。魔王であったラノスは、魔族をまとめる事に忙しく、それに加えて人間達との問題などでレイノスの相手をすることができないでいた。
そんな父との関係だったレイノスは、父からはもらえない愛情を求めて母へ会おうとした。しかし、周りの魔族に止められて会う事はできないでいた。
その理由は、レイノスは分からなかったが、時間が経つにつれて母や父に会えないのは当たり前なのだと認識するようになった。
しかしある時、一度だけ。本当に一度だけ。
レイノスは、母と父に会うことができた。
レイノスが眠っていた夜。ベッドの横から優しい声が聞こえ、レイノスが目を擦りながら振り向くと、そこには金色の髪をなびかせながらレイノスに微笑みかける女性がいた。
レイノスは母の顔を知らなかった。しかし本能的に、そこにいる女性が母だと感じたレイノスは無我夢中で抱きついたのだ。
そんな幼いレイノスの手をひきながら、レイノスの母はとある場所へと向かう。
向かった先には父がおり、父の後ろにはお湯が張られた浴槽がある。
そして三人で浴槽に浸かり、一時の家族の時間をレイノスは味わったのである。
「あの次の日か……父が死んだのは」
ラノスが死んだのは、家族の時間を過ごした次の日であった。そして、いつの間にかレイノスの母も姿も忽然と消えたのだった。
「はっ、思えばあの日から俺は魔王になったのだな。……そして今は人間。人生どうなるか分かったもんじゃないな」
自分を嘲笑うかのようにレイノスが呟いていると、ぺたぺた、と足音が聞こえてきた。
「村長か……? しかし、今は俺が入っていると村長も知っているはずだが……」
そう思ったレイノスは、足音がする方向へと目を向けて、その人物が現れるのを待ち構えた。足音がなくなり、レイノスの前に一人の人物が立つ。
「レイノス? 私も一緒に入っていい?」
その人物とは、体にタオルを一枚巻いただけの姿のアンナであった。
「ちょ、えっ、はっ? なななな、なんでお前がいるんだよ! しかもそんな格好で! 今は俺が入っているんだぞ!!」
「え~、だって早く温泉に入りたかったし、レイノスと話したかったんだもん」
「そういうことじゃないだろ! お、おおお、俺だって一応男なんだぞ!? お前は女!! この違いがわかるか?」
レイノスの言葉を聞いたアンナは、頬を膨らませる。そして、口を尖らせながら湯船に入る。
「そんな事言われなくても分かってるよ~」
「分かってるなら入ってくるな!」
「え~、いいでしょ別に。……もしかして、レイノス恥ずかしいの?」
アンナは笑いながらレイノスにそう問う。その質問を肯定するのは、レイノスのプライドが許さないのか、レイノスは腕を組みながら小声で、
「そ、そんなわけねーだろ」
と呟いた。その姿を見たアンナは、ふーん、と言いながら顔をにまにまさせる。
「じゃあ、別にこんなことしてもいいんだよね?」
そういうやいなや、アンナはレイノスに抱きつこうと、レイノス目掛けて跳んだ。それにより湯船のお湯が飛び散り、レイノスは視界を塞がれて、アンナから逃げることはできなかった。
「は、離せー!! や、やばい、これはやばい。まじで離せー!!」
「やーだよ。レイノスが恥ずかしくないって言ったんだもんね。私の気が済むまで離さないから」
アンナはこの状況を楽しんでいるが、レイノスはもう爆発寸前であった。顔は真っ赤になり、目の焦点はあっていない。
レイノスはこういう状況に、とことん慣れていないのだった。
「えへへ~、レイノスの肌って柔らか~い」
アンナとレイノスの顔の距離は五cm程しかなく、肌と肌は密着している。レイノスの胸とアンナの胸は重なり、互いの心音すら聞こえる状況にあった。
「レイノスの心臓バクバクいってるよ~」
そうアンナが言うと、レイノスは、
「も、もうダメ……」
そう言って、鼻から血を噴き出して気絶し、レイノスは湯の中に沈んだ。
「レイノス? ……きゃーー、レイノスが~!!」
自分が原因とも知らずに、アンナは一人あたふたと湯船を駆け回っていた。