対峙する二人
「なんで、あんたがここに……」
山を背に立つラミアは、ダニッシュを見て驚きを隠せないようだった。ダニッシュも同じく、ラミアの姿をまじまじと見つめ、一歩後ずさる。
「ここは普通の人間が立ち入れるような場所じゃない。いや、立ち入ってはいけない場所なんだよ。……ここは私の帰る場所なんだからね!」
そういうやいなや、ラミアはダニッシュから距離をとるようにジャンプする。そして、空中で魔法の詠唱を完成させ、着地と同時にダニッシュへと魔法を放った。
「う、うわ!」
ラミアの放った魔法は黒い炎の柱のようなもので、ダニッシュ目掛けて一直線に向かってくるのであった。ダニッシュは右に体を反らして、かろうじてかわした。目標を失ったラミアの魔法は、ダニッシュの後ろにあった木を燃やす。木は一瞬のうちに灰になり、その光景を見たダニッシュは額から冷や汗を流し、生唾をごくん、と飲み込んだ。
ラミアは、ダニッシュがかわした事を確認すると、すぐさま次の呪文を唱えるため、詠唱に取り掛かる。それに負けじと、ダニッシュも炎の呪文の詠唱を始めた。
「我を守護する炎の盾!」
「暗雲立ち込める空の雷!」
森の中に一筋の光が輝く。そして、空から太く大きな雷がダニッシュに落ちてくる。それを炎の盾が間一髪防ぐ。
その攻防の中、ダニッシュは不思議な気持ちに包まれていた。
いつもならば、魔族を目の前にしただけで足が震え動けなくなるダニッシュであったが、今回は足の震えも心の怯えもダニッシュは感じていなかった。
どうしたんだ? 私は……とダニッシュは自分に対して疑問を抱く。
そればかりではなく、ダニッシュはある一つの行動ができないでいた。
攻撃魔法の詠唱だ。
いや、できないのではなくしようと思わない、が正解かもしれない。ラミアに対して攻撃をしようとすると、心の中の自分がその行動を邪魔するのであった。
そんな二つの事がダニッシュの内では起きていたが、ラミアは構わず魔法を次から次へと撃ってくる。
「どうしたんだい? 逃げてばかりじゃ私には勝てないよ。……反撃してこないのなら、そのまま私の魔法で死ね!」
「く、くそ!」
ラミアの嵐のような魔法の連撃に、ダニッシュは防戦一方であった。
立て続けに魔法の詠唱をしていたラミアは、守ってばかりのダニッシュを見て呪文の詠唱をやめ、ダニッシュと間合いをとるように対峙する。
そして、ラミアは鳶色と黒色のオッドアイを鋭く光らせダニッシュを睨みつけた。
「あんたやる気がないのかい? 武闘大会の時みたいに攻撃してきなよ。……それとも、私の能力が怖いのかい? そうだとしたら、失望したよ。あんたの事は多少なりとも評価してたのに」
ラミアは残念そうに顔を伏せると、ダニッシュに敵意の目を向けてくる。そんなラミアに、ダニッシュは素直に恐怖を感じたが、それと同時に、ラミアの期待に応えたいというおかしな感情も芽生えた。
「わかりました。あなたがそこまで言うのなら、私も全力でいきます……!!」
「ふふ、そうこなくっちゃ」
本当に嬉しそうに笑うラミアは、一人の無邪気な少女のようだった。その表情を見たダニッシュも、自然と笑みがこぼれる。ラミアとダニッシュ二人とも、この感情が何なのかは分からない。正面から全力で戦える事の喜びなのか、相手が自分を認めてくれた嬉しさなのか。
そんな分からない感情を抱えながら、ラミアとダニッシュは身構える。
しばしの静寂が二人を包み、聞こえるのは辺りの木々の葉が、風で揺れる音だけ。
じゃり、とどちらかの地面を踏みしめる音がして、それを合図にするように二人は呪文を同時に唱えた。
「大地を貫く炎の柱!」
「全てを飲み込む闇の渦!」
二人の力はほぼ互角だった。しかし、このままいくとダニッシュは確実に負けてしまう。なぜなら、ラミアには魔法を吸収し、はねかえす能力があるからだ。
ダニッシュも、そのことは重々理解していたが対策が思いつかないのであった。
「く、くそ……! 地獄の赤き三頭の炎獅子!」
ラミアの魔法をかわしながら、ダニッシュは魔法を放つが、右手を炎獅子の前に突き出し吸収する。
「ほら、あんたの魔法をそっくりそのまま返してあげるよ!!」
そうラミアが言うと同時に、右の手のひらから黒き炎獅子が放たれる。
「くっ!!」
「吹き抜ける大地の風!」
ダニッシュが炎獅子をかわした瞬間、ラミアは見計らったかのように風の呪文を唱える。
「う、うわ!」
風の呪文によってダニッシュは、後ろにあった洞窟の中へと吹き飛ばされた。
「う、うぁ」
地面に対して仰向けに倒れたダニッシュは、背負っていたバッグによって背中への強打は免れていた。
「これで終わりだね。……私の勝ちだよ!!」
そう言って、ラミアは呪文を唱えようとする。ダニッシュは死を覚悟したのか、目を閉じてそのときを待った。
しかし……。
「う、うぁ。あぅぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ラミアが突然苦しみだしたのである。
「な、なんてことだい……こんなときに入れ替わるなんて! う、うぁぁぁぁぁ!!」
苦しみながら、ラミアは抑えきれないかのように魔法を、この狭い洞窟内で闇雲に撃つ。
そして、魔法が入り口付近の天井の岩に当たった。
「な、なんだ!?」
凄まじい音をたてて、入り口の天井が崩壊する。それに続くように反対側の天井……ダニッシュの後ろの天井が崩壊した。
そう。
ラミアとダニッシュ二人は、洞窟内に閉じ込められたのである。そして、それはダニッシュの逃げ道が無くなったことを意味していた。
「……本当に死にますね、私」
ダニッシュは諦めの表情を浮かべると、ラミアのほうに顔を向けた。
「……え?」
ダニッシュの間抜けな声があがる。そして、諦めの表情から驚きの表情へと、顔を変化させる。
「そ、その姿は」
「う、うるさいね、これが私のもう一つの姿なんだからしょうがないんだよ」
「え、えぇー!!」
そこに立っていたのは、爪の鋭い魔族の姿をしたラミアではなく、人間の姿をしたラミアなのだった。