決勝戦
闘技場に歓声が木霊する。闘技場の熱気は最高潮に達していた。観客全員が次の試合をまだかまだかと待っていた。
そして、次の試合の選手達とはレイノス達三人と黒いフードの三人組である。
そう。今日は決勝戦であった。
あの休みの日の後、試合はすぐに進められていった。レイノス達は、順当に勝ち上がってきたが、黒いフードの三人組は不戦勝で勝ち上がってきた。あの一回戦を見た相手選手達が全員棄権をしたためである。
そんな二チームが今日対戦するのだ。
「と、とうとう決勝戦ですね。き、緊張します」
「そう? 私はもう慣れちゃったよ~」
ダニッシュとアンナが東側待機室の中で話していた。アンナは持ち前の性格で緊張は無くなったようだが、ダニッシュは未だに緊張している様子だった。
そんなダニッシュを見て、レイノスは急に笑いだす。
「そんなことでは、すぐに死んでしまうぞ? 死にたくなかったら、その性格を直すことだな」
「し、しかたないじゃないですか。緊張するものは緊張するんですよ~」
そうやってレイノス達が会話を交わしていると、司会者が入場の言葉を言いはじめた。
「フハハハハハ。やっと始まるな。さぁ、行くぞ!!」
レイノスがそう言って入場を始める。アンナとダニッシュもそれに続いて歩きだす。
こうして決勝戦が始まったのであった。
「ハハハ! やっとお前を潰せるな。俺は楽しみで楽しみで仕方がなかったぞ」
ステージの上で、レイノスがソージアに話しかけていた。ソージア達三人はまだ黒いフードを被っていた。
「ははは。僕もだよ、レイノス。……さぁ早く始めよう」
ソージアがそう言うと、司会者が試合開始を宣言する。
「これより、決勝戦を行う。両チーム準備はいいかい? それでは……試合開始!!」
司会者がそう言うと、観客から大きな歓声がでる。
「ははは。盛り上がっているね」
ソージアは笑いながら、辺りを眺めている。
「それでは……ラミア、お前はあの男とやれ」
ソージアはダニッシュを指差し、黒いフードの女にそう命令した。
「分かりました」
ラミアと呼ばれた女はそう言って、ダニッシュの方を向く。そして、フードを脱ぎ捨てた。女は髪が長く、髪色は紫であった。服装は、露出度が高く、胸の谷間の所には、丸く穴が空いており、谷間が強調されている。目は右が鳶色で左が黒色の目をしていた。
「あんた。運が無かったね。こんな所で死ぬことになるなんて、さ!!」
ラミアはそう言いながら、呪文を唱える。
「暗雲立ち込める空の雷!!」
その瞬間、ダニッシュも呪文を素早く唱える。
「我を守護する炎の盾!!」
ラミアが唱えた黒い雷がダニッシュに当たる瞬間、ダニッシュの炎の盾が雷を防ぐ。そして、ダニッシュは炎の盾を槍に変形させ、ラミアに向かって放つ。
その炎の槍は凄まじい速さで、ラミアに向かっていく。
しかし、ラミアは右の手のひらを突き出し、不敵な笑みを浮かべる。すると、炎の槍がラミアの右手に吸い込まれていった。
「フフ、私に魔法は効かないのよ。しかも……全くの逆効果」
そう言うと、ラミアの右手から炎の槍が放たれる。ダニッシュは、身体を右に反らせて間一髪かわした。
「わ、わかってはいましたけど……強すぎますよ!! 私、魔法しか使えないんですよ!?」
そう言いながら、必死に対策を考え奮闘するダニッシュであった。
そして、その横ではレイノスとアンナがソージア達と睨み合っていた。
「お前らも、そのフードを取ったらどうだ?」
レイノスが、マジックソードの剣先をソージア達に向けて言う。
「いいよ。オーガ、お前も脱げ」
ソージアとオーガは黒いフードを脱いだ。オーガと呼ばれた人物……それは実はモンスターであった。体全体が赤黒く、口からは牙のようなものが生えている。
一方ソージアは、髪型や体の体型などはレイノスに似ており、髪色は蒼く、目つきはとても鋭い。手の指の爪は長く尖っており、腰には二本の短剣を装備していた。
「フン。やっと脱いだか。これで思う存分戦え――」
そういいながら、レイノスは隣にいるアンナの様子がおかしいことに気づいた。
「どうした。何かあったのか?」
アンナの顔は青ざめており、口元は震えていた。いや、口元だけではなく体全体が震えていた。息は荒くなっており、呼吸をするのも苦しそうな様子だった。
「アンナ……お前本当に大丈夫か……?」
レイノスが珍しく心配の言葉をかける。それほどまでに、アンナの様子は異常なのだった。
そんなレイノスの言葉を無視して、アンナは震えている口を開いた。
「見つけた……こんな所で会うなんて……。……母さんと父さんの仇!! ここで殺してやる!!」
レイノスの言葉を遮り、アンナがソージアに向かって魔法を放つ。そして、ソージアに向かって走り出し、胸元から出した短剣を持ってソージアに斬りかかった。ソージアはそれを軽々とかわす。
「許さない! 死ね! 死ねー!!」
アンナは狂ったように短剣を振り回す。ソージアは笑いながら、楽しそうにかわしていく。
「ははは。これじゃあ、レイノスの相手はできないな。オーガ、代わりにレイノスと戦ってくれ。好きなだけ暴れていいぞ」
ソージアがそう命令すると、オーガは叫びだした。すると、オーガの筋肉は膨れ上がり、オーガは巨大化する。その全長は五メートルを超えており、それを見た観客達は一斉に逃げだした。
オーガはレイノスに襲いかかった。その大きな右腕を、乱暴に振り回してレイノスを吹き飛ばそうとする。その速さはその巨体からは考えられない速さで、レイノスはかわすのに精一杯であった。隙を見つけて剣で斬っても、その身体は頑丈で硬く、傷一つ付かなかった。
「くそ、硬すぎる!」
レイノスがそう言いながら戦っている間、アンナとソージアの戦いは続いていた。
「ははは。そうやって振り回しているだけじゃ、僕は倒せないよ」
「うるさい!」
そう言って、アンナは魔法を瞬時に唱え、ソージアへと当てる。そして、持っている短剣の剣先を、ソージアの首筋にむける。
そして斬り裂いた。
アンナは、ソージアの緑色の血飛沫を浴びる。ソージアの首には深く短剣が刺さっており、ソージアは死んだかに思われた。
「や、やった……」
「なにをやったんだ?」
「!?」
ソージアは首に短剣を刺したまま喋る。
「この程度では俺は死なん。あまり、魔族をなめるな」
ソージアは先程とは比べ物にならない程の殺気を放ち、アンナに話しかけていた。
「まだお前は殺さぬ。レイノスの仲間だからな。だが……時期がきたら殺す。それまで精々頑張るのだな」
そう言って、ソージアはアンナの腹を殴り気絶させた。
「アンナ!」
「アンナさん!」
レイノスとダニッシュが同時に叫ぶ。
「ええい! 邪魔なデカブツだ!!」
レイノスはそう言って、剣に魔力を溜める。そして一気に魔力を解放し、オーガの右腕を斬りさいた。
「ガギャァァァァァ!」
オーガは痛みからか、我を失った様子で暴れる。そして、大きな唸り声をあげてレイノスに襲いかかった。
「ハハハ。こうなってはオーガは止められんな。……ラミア、帰るぞ!」
「はい、分かりました。……あんた、中々強いじゃない。また会えたら、次こそ殺してあげる。だから、それまで死ぬんじゃあないよ」
ラミアはダニッシュにそう言って、ソージアの所へ戻る。
「レイノス! レイノスがオーガを倒せたら、この大会の優勝は譲ろう。精々死なないでくれ。我が――」
ソージアはそこで一旦言葉を区切る。そして、邪悪に口元を歪ませて笑う。
「我が……兄よ」
ソージアはそういいながら、その体を空中に躍らせた。ラミアもそれに続くように浮く。
レイノスは、今のソージアの言葉が信じられないのか、目を大きく見開きながら驚愕の色を浮かべる。
「……今なんと言った?」
「ハハハ。なんどでも言おう。お前は我の兄だ」
「な!? 俺に弟などおらん!! 戯言をぬかすな!!」
レイノスは声を荒げる。
「フハハ。まぁ、信じなくとも良い。……それではまたな」
そういって、ソージアとラミアは黒い闇に包まれて、その姿を消した。
「お、おい! ま――」
レイノスが、ソージアを引き止めようとした瞬間。片腕のオーガがレイノスを吹き飛ばした。
「っ!!」
レイノスは、ステージから弾き飛ばされ、闘技場の壁に体をぶつける。壁は凹み、レイノスは気絶してしまった。
「えっ! レイノス君!? この怪物を私一人で倒せと? ……無理無理無理!!」
ダニッシュがそう言っている間に、オーガは標的をダニッシュに切り替え、襲いかかった。
「え~~~!?」
オーガの左手がダニッシュに届こうとする瞬間。オーガの動きが止まった。
「ダニッシュさん!! 今のうちに早く倒して!!」
オーガを止めたのは、意識を取り戻したアンナであった。
「あわ、あわわわ」
「は、早く!」
モンスター相手に恐怖しているダニッシュを、アンナは急かした。
「わ、わかりました!!」
ダニッシュは、アンナの一声で我を取り戻し、魔法を唱えた。
「地獄の赤き三頭の炎獅子!!」
そう唱えると、ダニッシュの周りに三頭の炎獅子が現れ、オーガに向かって走り出し、そして、オーガを燃やし尽くした。オーガの体は、物理的攻撃以外には弱いのだった。
「た、倒した~」
ダニッシュが、ほっ、と溜め息ををつく。そんなダニッシュとは対照的に、アンナは難しい顔をしながら、レイノスの下へと走り出す。
「レイノス……ごめんね……。私のせいで、レイノスが怪我しちゃった……」
アンナはそう言いながら、ぽろぽろと目から涙を流し、泣き出した。
「本当に……ごめんね……」
「アンナさん……」
ダニッシュは、アンナを慰めるために、アンナの下へと歩きだす。
こうして、武闘大会は終わりを告げたのであった。