休戦
「レイノス~、早く早く~!」
アンナが、とある店屋でレイノスを呼ぶ。
「今行くっての」
レイノスはそう言って、アンナの所へと歩いていく。
二人は今、コーネリアの街をぶらついていた。アンナが街をもっと見たいと言いだしたからであった。
「へ~、ここって飲み物とか飲めるお店なんだね~。ここに入ろうよ、レイノス」
アンナはそう言って、さっさと店の中へと入っていく。
「……はぁ~」
レイノスは疲れたように溜め息をつく。
「……こんな事やってていいのか? 俺」
そう言って、レイノスも店の中へと入っていった。
〜昨日の武闘大会のとある試合〜
レイノス達の試合が終わった後も、順調に試合は進められていた。色々な選手達が、己の力を振り絞り行われる試合は大いに観客達を楽しませていた。
そして、第一回戦の最後の試合が今行われようとしていた。
「この試合に、あの黒いフードの男が出ますよ。しっかり見ていてくださいね」
「ああ、分かってる」
レイノス達三人は観客席に座って話していた。
ダニッシュは左手にノートを持ち右手にペンを持って、黒いフードの男……ソージアを分析する準備をしっかりと整えていた。
「ダニッシュさん、そんなにあの人は強いの?」
アンナがダニッシュに聞く。
「僕の見た限りだと強いですよ。まぁ、この試合を見ればわかると思いますよ」
「へ~、そうなんだ」
そうやって話していると、司会者がチームを発表し始めた。
「東側入口から入ってくるのは、今大会の優勝候補である、ローレンス率いるギルドチームだ~! この三人はギルドの中でも上位に入る三人です!! ……そして、西側入口から入場してくるのは謎の黒フード三人組だ~!! この三人は何もかもが謎です。もしかするともしかするかも!? 期待ができる三人組ですね」
司会者の発表が終わると、両チーム共にステージへとあがる。ギルドチームの男達は、やはり闘いに慣れているのか三人共落ち着いている。対するソージアのチームは三人共フードを被っているため表情がわからない。
黒いフードを被っている一人は、身長が二メートルは超える位の大きさである。そして、もう一人はフードから長い髪がはみだしており、女だという事が分かった。
「それでは始めましょう!! 両チーム準備はいいですか? それでは……試合開始!!」
司会者の男がそう言った直後、ギルドチームの一人が魔法の詠唱を始める。それと同時にもう一人の男が剣を素早く抜き、ソージア達と間合いをとる。そして、ローレンスと言われていた男は、弓を構えて上空に数えきれない程の矢の嵐をソージア達に向かって放った。
その三人の動作が完了するまでの時間。僅か二秒弱。素人には決してできない動きであった。
しかし、ソージア達三人は全くその場から動かず慌てた様子も無かった。そして、ローレンスが放った矢の嵐が、ソージア達の真上一メートルにきた瞬間。二メートルを超える黒いフードの人が、考えられないような叫び声を発した。その声は人間の声などではなく、まさに獣の雄叫びのようであった。
その雄叫びによって、矢は全て勢いを失いステージの地面へと落ちた。観客達の大半は今の雄叫びで気絶してしまった。
「な、なんなんですか!? あの馬鹿でかい咆哮は!!」
ダニッシュが驚いたように声をあげる。
「あれは人間のものではないな。……モンスターである可能性が高い」
レイノスが冷静に分析していた。その間、アンナは今の雄叫びを真似して、ガオ~、などとはしゃいでいた。
レイノス達三人以外の気絶しなかった観客達も、あ、あれは本当に人間か? などと騒ぎ始め、それは徐々に場内へと広がっていった。
観客達が騒いでいる中、ローレンス達三人も最初驚いた顔をしていたが、すぐにまた戦闘態勢に戻った。そして、男の魔法の詠唱をが終わり、呪文を唱える。
「吹き荒ぶ風よ、荒れ狂う炎よ、大地を覆い尽くす炎蛇となれ(スネークフレイム)!!」
そう男が唱えると、男の周りに炎蛇が三体現れる。そして、目にもとまらぬ速さでソージア達に向かって放たれた。
しかし、三体の炎蛇は跡形もなく消え去った。その場所には黒いフードの女が立っており、右手を前に突き出していた。
「な、なんだと!? 俺の魔法を右手一本で止めたというのか!!」
魔法を放った男が驚愕の表情で女を見る。すると、女は一言こう言った。
「あなたの魔法をそっくりそのままお返しするわ」
女がそう言った瞬間、先程の炎蛇が女の右手から放たれた。男はそれをまともにくらい、焼き尽くされた。それを見ていたローレンスはしばし呆然としていたが、すぐに怒りへと表情を変えた。
「……サルマ。サルマーー!!! ……おのれ、よくもサルマを!! 殺してやるぞ、女!!」
そう言ってローレンスともう一人の男は、剣を握って女に斬りかかった。
すると女は軽々とその剣をかわし
「ソージア様」
と言って後ろに下がった。ソージアはその呼びかけを聞き、ローレンス達に話しかけた。
「残念だけど死んでもらうね」
ソージアはそう一言だけ言って、呪文を唱える。
「死を司る我らが神よ。この場に降臨せよ(エンペラーデス)」
すると、上空に黒く大きな球状のエネルギーの固まりが現れた。それを見たローレンス達は本能的に恐怖した。ソージア達はステージから降りて、西側入口へと歩いていく。
ステージにはローレンスと男が立っている。逃げようとするのだが恐怖からか、体が動かないのであった。
そして、黒い大きな球状のエネルギーの固まりがステージにぶつかった。
そこにはローレンス達の死体はなく、そして、ステージも跡形もなくなっていたのであった。
そんな試合が昨日行われたため、ステージがなく、その修繕に明日までかかるという事で、今レイノスとアンナは店などを見て回っていたのであった。
「美味しいね~。ここの飲み物~」
「まぁまぁだな」
レイノスとアンナは店にある椅子に座り、飲み物を飲んでいた。ダニッシュは宿で、ソージア達の分析を行っている。
「本当に美味しいよ~。あっ、すいませ~ん! これもう一杯貰えますか」
「まだ飲むのか」
「だって美味しいんだもん」
「……そうか」
レイノスは呆れていた。普通はあんな試合を見たら、食欲など失せるのではないか? とレイノスは思ったのだ。しかし、アンナはいつも通りである。
「……本当に能天気だな」
レイノスは小声で呟く。
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない」
そうしながら、レイノスとアンナはしばしの休戦を楽しんでいたのであった。