魔王の少年
辺り一面が赤くそまっている。多くの人々の叫び声が、ところどころから聞こえ、悲鳴の連鎖は止まない。赤い炎が悲鳴のあがる方へと広がっていく。そして、また悲鳴があがる。その繰り返しがこの村では起こっていた。
今、この村は魔族に襲われている。そして、その魔族の魔法によって、村の家々は燃えてなくなっていき、そこに住んでいた人達は皆逃げるのに必死だった。
そんな燃えていく村を眺めながら高らかに笑う少年がいた。
この少年こそが、この村を襲っている魔族で、家を燃やしている人物その人だった。
「我の力をもってすれば、この世界を支配する事などたやすいことだったわ!」
悪魔的な嘲笑を高らかに上げながら、少年は炎の魔法を唱える。その行為に躊躇は見られず、容赦なく村を燃やしていく。
少年の顔は悦びに満ちており、その鋭い青色の目は憎悪に満ちた輝きを放っていた。肩にかかるぐらいの金色の髪は、風により少したなびいており、それにより特徴的な尖った耳が、ちらちらと見える。上半身はほとんど何も身に付けておらず、黒く薄いマントと首にペンダントをしているだけだった。
炎は家から家へと燃え移り、人間達の叫び声が辺りから聞こえてくる。その光景は、まさに地獄のように思えた。
「見たか我が父よ。あなたができなかった事を、俺はとうとうやり遂げたぞ。昔から浅はかだと愚弄されてきた。だが、俺はあなたを超えた……超えたんだ!」
辺りには逃げ惑い、倒れる人々や泣き叫ぶ子供たちが、その少年を恐怖の対象として見ている。多くの人間達がその少年一人の力に対し、怯えているのだった。
小一時間程前までは、勇敢な男たちが武器を手に、破壊の限りを尽くす少年に立ち向かったのだが、若いとはいえ魔族である少年の力の前にはあまりに無力だったのだ。
「魔物達よ。人間を逃がすな、破壊の限りを尽くせ! 我らが魔族の時代がきたのだ!」
少年がそう言うと、辺りの森林から次々と魔物達が現われる。その姿は様々あり、人型の魔物もいれば、獣や鳥の姿をした魔物もいる。姿形は違えど、それら全ての魔族に共通するものは、その圧倒的な残虐性と暗黒魔法の力であった。
少年の周りにはいつの間にか、数えきれない程の魔物が集まっていた。
「グギャァァァァ!」
興奮を抑えきれない獣型の魔物が叫ぶ。それに続くように、他の魔物達も一斉に空へと声を唸らせる。それを見て、人間達の恐怖はますます高まり、泣き叫ぶ。
今にも暴れだしそうな魔物達が人間達を攻撃しないのは、少年が命令を出す事を待っているからだ。
そう、この少年――レイノスは、魔物達の王、いわゆる魔王なのであった。
叫びをあげる魔物達の大軍中から、一人の男がレイノスの近くに向かって歩いてくる。その足取りは綺麗に整っており、優雅ながらも言葉に表せない威厳を漂わせていた。
男は、背が高く顔立ちは整っている。髪は足の膝まで伸びており、鮮やかな銀色が目立つ。美形なのだが、とても冷えきった目つきをしていて、近寄り難い雰囲気をだしていた。
「レイノス様。攻撃の命令をお出しくださいませ。皆のものが待っております」
「わかっておるわ」
男の名前はフェルメス。昔の魔王……レイノスの父、ラノスの右腕として活躍していた。前魔王ラノスが死んだ後は、レイノスの補佐をしていたのであった。
「よし、始めるぞ。今こそ人間達を滅ぼすのだ。全軍――」
突撃! と言おうとしたところで、レイノスの右前方にある林から一人の人間の男が現れた。男は虚ろな目をしており、常時何かを呟いている。
「なんだ、お前は。死にたいのか?」
「……」
しかし、男はレイノスを無視し、呟く事をやめようとしない。
レイノスは何も言わない男に腹がたち、男を殺そうと爪を立て襲いかかろうとする。
「――――!」
しかし……
男の体にレイノスの爪が届く事はなかった。
「邪魔をしないで頂こうか」
フェルメスがそう冷たくレイノスに言い放つ。
「がはっ」
レイノスの胸には、フェルメスの爪が刺さっていた。
「フェルメス……貴様……裏切りおったな……!」
「裏切り? なんのことやら。もともとお前になど忠誠は誓っておらんわ。我が主は永遠にお前の父ラノス様なのだ。ラノス様がいない今、私が新たなる魔王なのだ。そのためにはレイノス……お前は邪魔なのだ」
フェルメスがそう話していると、先程から何かを呟いていた男が、急に呟くのをやめた。
それを見たフェルメスは軽く笑い、
「お前はラノス様の子供だ。しかしお前はラノス様の意志を受け継げなかった。ここで死んでもらう」
そう言うと、フェルメスは男に、やれ、と言った。
すると、男は手をレイノスの方へ向け、白い光の球を放った。
それをくらったレイノスは、体が焼けるような痛みに襲われる。それに耐えながら、レイノスはフェルメスを睨みつける。
「フェルメス……我は許さぬぞ。必ずお前をこの手で殺してやる!」
そうレイノスが言うと、フェルメスは楽しそうに笑いながら
「できるのならばな」
と、レイノスにそう言って背を向けた。そして、魔物の軍勢の前に立つ。
「今、出来損ないの魔王は死んだ。これからは私が魔王だ。皆の者……よいな?」
フェルメスがそう言うと、魔物達はそれに呼応する様に叫びだす。
「静まれ! ……これより魔王軍は一旦退く。魔力が尽きている者もいるようだしな」
フェルメスのその命令に従うように、魔物達は次々と退却していく。
「こ、この薄情者達が……」
レイノスは、自分を置いて退却していく魔物達を、憎々しげに睨んだ。
「さらばだ。元魔王よ」
フェルメスがそう言って去っていく。
「く、くそ……」
レイノスは悔しげにそう呟いたが、焼けるような痛みに耐えきれず気絶した。
そしてレイノスの体はその場から消え去ったのだった。
良い匂いがする。これはなんだ? シチューか? とにかくなにか食いたい。喉も乾いたな。吸血コウモリの血が飲みたい。ここは――
「ここはどこだ!」
レイノスが跳ね起きると、そこは木造の小さな部屋だった。
窓からは日の光が差し込み、部屋の中はこのベッド以外ほとんどなにもない。唯一木製のタンスと机が一つずつ置いてあるだけだった。
「くっ!」
レイノスは身体中に激しい痛みが走るのがわかり、顔をしかめる。それと同時に、気絶する前の記憶を思い出した。
「フェルメスめ……」
思い出せば思い出す程、レイノスは怒りが込み上げてくるのが分かった。
「殺してやる……」
そうレイノスが呟いていると、ベッドとは反対側にあるドアが開いた。そこには、丸いお盆を持った少女が笑顔で立っており、レイノスが起きているのを確認したのか部屋の中に入ってきた。
「誰だ!」
すると、少女は
「目が覚めたんだね。よかった~。一生起きないかもと思ったんだよ~」
と、おっとりした感じで話す。
少女はレイノスと同い年くらいに見えた。茶色の髪は腰ぐらいの長さで、とても活発そうで親しみやすそうな雰囲気がある。袖が短い黄色いシャツと短いスカートをはいていて、動きやすそうな輻輳だった。胸は大きく、シャツが張り裂けそうなくらい盛り上がっている。
レイノスは少女に、少しの間目を奪われていた。そんな風にレイノスが目を奪われるほど、少女は可愛かったのだ。
そんなレイノスに気付いていないのか、少女はいつのまにかレイノスの近くに来てベッドに座る。
「ち、近寄るな、殺すぞ!」
レイノスは、はっ、として声を荒げた。
しかし、声を荒げたレイノスは不思議な気分だった。言葉では殺すと言っているが、レイノスはこの少女を殺す気持ちは不思議となかったのだ。
その事を不思議と思いながらも、レイノスにはまた別の疑問が頭に浮かんだ。
なんでこいつは魔物の俺に、警戒もしないで近寄ってこれるんだ? こいつ、俺が魔物だと分かっているのか? と。
レイノスはその疑問で頭がいっぱいになり、先程の不思議な気持ちの事などもう頭の中から消えてしまっていた。
レイノスはその少女から離れたい気持ちに駆られ、少女を威嚇するために、
「シャァ~!」
と、雄叫びをあげた。
しかし、少女は、
「ぷ……あは、あははははは」
と、いきなり笑い出したのだ。
「な、なにが可笑しい!」
「だって、ふふ。可愛いんだもん」
か、可愛い? この俺が? この魔族の頂点に君臨するこの俺に対して可愛いだと? こっ、こいつ!
その言葉を聞いて、頭に血が昇ったレイノスは、
魔物特有の爪で威嚇しようと、かけられていた布団から手を出した。
そこで、レイノスは自分の手がおかしい事に気付く。
前は鋭く尖っていた爪が、今は丸まっている。
そして、よく見ると手の骨格も魔物のものではなかったのだ。
その時――
レイノスには、ある考えが頭によぎった。
自分の手が人間のものになっているという考えだ。
そして、レイノスは慌てて自分の体を観察し始める。
すると、耳の形から足の指先まで全てが人間のそれになっている事に気付いた。唯一同じなのは髪が金髪である事ぐらいだった。
それに、さっきの雄叫びも何故か弱々しかった事を思い出した。
そこでレイノスは考える。
しばしの沈黙が、部屋の中に流れた。
そして時間が経った後、レイノスは突然少女に話しかけた。
「おい、お前」
少女はきょとんとした顔で
「何?」
と言った。
「お前、俺が何に見える?」
すると、少女は不思議そうに
「男の子」
と答えた。
人型の魔族にも性別はあるので、レイノスは少し苛ついた様子で
「人間に見えるのかって聞いてんだ!」
すると、少女はまたも不思議そうに
「当たり前じゃない」
と、笑顔で言うのだった。
それを聞いた瞬間。
レイノスは顔が青くなり、またも気絶してしまった。
初めて小説を書いて投稿しました。できれば多くの人に見てもらって、感想などを貰いたいです。まだまだ未熟ですが、どうぞよろしくお願いします。