第74話 応じたのは、やはり『親』だから
お待たせ致しましたー
息子もだが、母である己すらも愚かだと思い出したのはいつからか。
夫の失態で『世』に戻ることが不可能となり。黄泉平坂の底から、殺戮のみに重きを置いていただけ。姑獲鳥と呼称がついていた息子には辛い思いしかさせていなかった。気づいたときには、菅公が昇華した一端を取り込んでいた犬畜生をしたあれから取引を持ちかけられていたのだ。
【我らの末路は、とうに見えています。しかしながら、まだ道筋を少しでも正す機会を得られますよ。私が……狭間の管理者となり、永劫に近い年月で罪を贖うことで己のはなんとかしますが。貴方様と息子のあれには、それがない】
それはそうだと、そのときは当然のように頷いていた。永きに渡り、狂いに狂うのにも疲れ果ててしまっていたのだ。夫だった神のことを嘆き続けていても、何も変わりはしない。子でもある人間たちを亡き者にしても、何も得ないのだ。統領になった最後の息子も虚しい堕神などという計画を進めているに過ぎない。
たしかに、稀少石を異形種に組み込むことで、夫への蔑みを煽っただけだ。不知火と呼称が付いた、実質息子のひとりである彼にも惨い仕打ちをしてしまったから己のもとを去った。
憎しみだけ、あの子は母である己への感情を抱えたままだ。無理に子種の素を抜き取り、多くの素材を精製する禁忌を仕出かしたのも結局はこの母に過ぎない。姑獲鳥が促しただけでも、もとを辿ればこちらの仕業と同じ。
夫への愛を欲するがために、黄泉平坂からの復活を願っても。彼の愛はもう届くことはないのだと悟りが出来た。遅すぎるが、まだ何か変えられるのならばその取引に応じよう。姑獲鳥は裁きにかけられても、いずれ己もそこに向かうのだから。
『伊邪那岐の成れの果てであれ……私はそれ程度では済まないけれど』
正確には、冥府に滞在している彼女の一部に過ぎない。『妄執』の感情の顕現した個体だけだ。ただの捨て滓同然の存在でしかないのに。姑獲鳥は大いに勘違いをしていた。神の成れの果てには違いないが『本物』には到底なれないのだ。自覚したときに、夫である伊邪那岐からの愛情は己などに一切注がれないことを。嘆いてはいても、それは『本体』の方だ。滓なんかに、神でなかろうと心を傾けることはないのだと。
悟ったときに、すべて理解した。本体へ戻り、罪を被るだけの個体にしてもらうのに。もう十分すぎるほど存在出来た。疑似的であれ、『子』も創り出したのだ。それだけの所業をしたのだから、『生』に拘ったところでこの先虚しくなるだけ。
だから、姿を犬畜生に留めて時期を待った。あの少女がすべてを終わらせるための『鍵』となったことを、見届けてからは。姑獲鳥を堕とすための手を貸した。不知火に壊されても、最終的には善いとも覚悟していたのに。柘榴と不知火の出会いが彼の心をほぐしてくれていたのには安堵出来た。
『……間違いを、少しでも修正は出来たのね』
罪を蓄積しただけの個体の末路にしても。せめて現世への贖罪が少し出来ていたのなら、このまま冥府の本体に吸収されても文句はない。姑獲鳥の魂魄は改心するかどうかを見届けられるかどうかはわからないが。少なくとも『親』としての、責務だけは果たそう。
心霊課へ連行される前に、不知火が紅霊石にて精製したらしい起爆装置が発動した瞬間を目にすれば。
崩れていく空間と、永年滞在していた拠点が無くなっていくと。ただただ、これまでしてきたことは『愚行』に過ぎないのだと改めて理解したのだった。
「……さて。行きますよ」
心霊課の職員に抱えられたが、もう心残りはないので犬の首を縦に動かしただけだ。
次回はまた明日〜




