第68話 偽りのゾンビも素直になっただけ
お待たせ致しましたー
陸翔は『体裁』を意固地に拘っていただけだった。呉羽の突発的な登場と、様変わりからの一方的な一目惚れ。
彼女の本心も垣間見たというのに、まだ躊躇いで取り繕っていたのだ。彼女も死人ではあるが、柘榴の紅霊石を一部でも取り込んだことで状況が変わった。
死人でも『素材擬き』となってしまったために、通常の見送りが叶わないだけでなく。柘榴と交友関係にあるどころか、『事件』に巻き込まれたことで目星をつけられたかと思うと。
ふくよかなときは、単に『可愛らしい』と思っていただけの愛玩に近かった感情が。事情を把握したのと、『本来の姿』への転換したあの変わり様を目に入れた途端。
かつての、『妻』を連想させてしまった。魂の転生を考えればあり得なくはないが、似過ぎていたのだ。性質も何もかも別人だが、転生するのはそう言うこと。だから、しばらく湧き上がった感情を出来るだけ抑えて、夜光にも秘密裏で探ることにしたのだ。
菅公の欠片を取り込んでいる神に等しい彼には当然バレていたとしても、これは陸翔自身の問題だから間違ってはいけない。
本当に『妻』の転生者だとしたら、これ以上巻き込みたくないのだ。小さかった我が子を独りで育てただろう苦労などの記憶を蘇りさせることも。出来れば、己の目の前から去って冥府に旅立って欲しい感情もあったりはした。
だけど、柘榴と貫があのような形で結ばれた瞬間を目にしたために。
(……愚かですね、僕は)
外聞でしかない理由付けで、呉羽の本心を否定していただけだった。陸翔自身に芽生えた本心からも目を逸らしていただけ。たとえ転生者だとしても、呉羽は呉羽だ。柘榴の親友であることに変わりないし、柘榴と黄泉返りしたとしても陸翔を諦めない気持ちは目に見えていた。
なら、いい加減陸翔自身もひ弱なままでいてはいけない。
正直な気持ちを、柘榴らがいない間に呉羽に告げることにしたのだ。証人は、夜光と不知火が引き受けてくれた。ふたりに真意は既に打ち明けていたため、あとは呉羽が受けてくれるかどうかだ。分かり切った答えはあれど、それが『本質』なのかは問い質さないとわからない。
そうしないと、己の覚悟も水の泡になるだけだ。転生を望む以上に、呉羽の傍に居る者として『黄泉返り』を不知火に願うためにも。
所謂告白だったが、気持ちはまだ半信半疑なところがある。妻を重ねているのか、今の呉羽を見続けていたのかを。それを確かめるための儀式も兼ねていた。結局は、弱気なままなのだ。呉羽をかつての妻と同じくらい傷をつけたくないことへの保身にも近い。
「……呉羽さん。正直に言います」
「うん? リクっちが? なんか暴露?」
「ええ。……あなたには、信じられない内容ばかりです。マスターたちはご存知ですが」
「ほ?」
受け答えの仕方も何もかも、妻とは違うというのに。こちらをひどく安心させてくれる気遣いは転生していたとしても変わらないとは。柘榴の親友を宣言していた通り、性質はともかく魂そのものの本質は変わらないと言うこと。
なら、と玉砕してもいいから言うことにした。
「……あなたは、僕の生前の『妻』の生まれ変わりかもしれないんです」
「………へ?」
狭間にいることで、記憶が覚醒する希望は抱いていたが。やはり、綺麗に転生したのか別人なのか。特に変わった反応は起きなかった。少し残念ではあったが、陸翔の心はまだ落胆し切っていなかったため、続けることにした。
「すぐに言いたかったんですよ。けど、記憶を受け継いでいないあなたを混乱させないためにも……黙っていました。僕の一方的な感情をぶつけて、あなたを困らせたくなかった。ただの我儘です。今の呉羽さんを見ずに、以前の妻を重ねても意味がない。……先程の、柘榴さんたちのやり取りを見て、僕ははっきり自覚しました」
陸翔の歪な感情で、どうか拒絶して欲しい。陸翔への想いは、魂の揺れから動いたまやかしなのだと。そんな呆れた期待しか生まれずに、言葉を重ねていれば。ひん曲がった首もとに、縋りつくあたたかな腕の温もりが感じ取れた。首はただ曲がっているだけなので、取れはしないが。
「なーんだ? あたしの一目惚れって、リクっちの説明がほんとなら……再会して、嬉しかったことからなんだ?」
「……呉羽さん?」
「いや? しょーじき、なーんも思い出せてないんだよこりゃ。そりゃ、リクっちは相当悩んでただろうーけど……いいじゃん? 恋愛事って、ザクロっちたちのようになることだってあるんだし。あたしは……もし、生き返れてもここの記憶は持ち帰りたい。リクっちが気持ちだけくれたんなら、受け取るけど……そんな顔されたら、諦めきれないじゃん!!」
最後の言葉と共に、痛いぐらいにしがみつかれたが。その痛覚と熱さと言葉の強さに、とっくに折れていたのは陸翔だったと自覚出来た。どこまでも弱気で愚かなのは陸翔の方でも、それすら受け止めてくれる呉羽の強さに絆されてしまう。
望んでも受け入れてもらえないと勝手に見切りをつけて、狭間での生活を続けようとしていたのは陸翔の見栄のようなもの。視線だけ夜光らに向ければ、カウンターで尻尾を振っていた彼は煌めきの粒を起こしていて。隣では不知火がタイミングよく指を鳴らした。
途端、呉羽と煙に包まれたかと思えば。視線がいつもより楽になり、気が付いたら呉羽が号泣していてさっき以上の圧力で抱きついていた。
「く、れは……さん?」
「すっご! かっこよ!! 美人じゃん!! あたしより、綺麗!!」
「は? 僕……え?」
少し緩めて欲しいと手を動かしただけだが。死人としての肉体がどこにもなく、ほぼ生前の装いのままの陸翔が呉羽を抱えていたのだ。
名も、夜光がつけてくれたそれではなく『生駒彰吾』というそれをきちんと思い出せていた。つまりこれは、確実に『黄泉返り』手前までの手順を踏んでくれた証拠。
溢れる涙が久しぶり過ぎて、陸翔ではなく彰吾は呉羽を思いっきり抱きしめて、改めて今の『愛情』を告げたのだ。
そのあとに、戻ってきた柘榴らへ説明をした次第である。
次回はまた明日〜




