第64話 愛していた親との最期
お待たせ致しましたー
無情過ぎる人生でしかない、と柘榴は昔の姿でいた父親に抱きつきながら、泣き続けるしかなかった。ただでさえ、娘の自分には無関心だと思い込んでいた時期が長すぎたせいもあり。実は父親との接触がなかった時点で、もう世に存在していないところまで巻き込まれていたと。
不知火が父の【侑馬】をホールに連れてくる前に、戻ってきた貫より告げられた捜査課の報告結果を耳にしていたのだ。妻の忘れ形見を置いていくような生活が始まった時にはもう、父親自身は刻牙により取引を無理やり契約されていた。
柘榴を確実な紅霊石の素材にすべく、最も近しい近親者を捕縛した上で計画を進めていたと。地元に戻すまでの経緯も、すべて計画の一端に過ぎない。術か何かで誘導されていたと。
侑馬自身は、ただの使い捨てにされるのみの扱い。戻ったとしても、死体すらまともに残るかどうか。苦虫を噛んだ表情で、貫は柘榴に報告してくれたのだが。あまりにも信じられない展開に、心が追い付かずに泣き崩れ描けていた時に。
不知火が、本人をここに連れてきた。貫の言葉が真実の通り、母が死したときの年代で老化が止まっていたことから。不知火が魔法を使ったとしても、終わりが近いことを瞬時に悟った。
だから、現世に戻ったら殴ろうとか考えたりはしていたのに。本能では赤ん坊のように泣き喚いて、しがみついただけだ。いくら、疎遠になっていたとしても、肉親に変わりない。母はともかく、祖母すら巻き込まれたのだ。それよりももっと前に、彼は柘榴を人質扱いされた上で引き込まれただけ。
命を盾にされれば、娘の命を脅かされても難しいくらいわかったのだ。柘榴とて、刺殺された時にそれくらい浮かんだのだから。
「………ざく、ろ」
侑馬は娘の反応を予想だにしていなかったのか、抱きしめ返すのを躊躇っていた。柘榴は無理に求めていない。もともと、不器用な愛情を持つ父親だから、覚えている範囲でも母親の前で抱き上げてくれる回数も少なかった。あったとしても、ぎこちないものが多い。
今、気配で手が動くように。
泣くのを止めないでいれば、背中を叩いてくれる感触があった。温もりは一切感じられないが。
「……な、んで。なんで……と、さん……まで!!」
「……ごめ。お、れ……が、わる」
「悪くない! そんな決断迫られるどころか、あいつらが強奪したんでしょ!? しかも、使い捨てのような扱いされてまで!!」
笑理は一応改心したような態度でいても。犯罪者の根底を覆すのは簡単ではないらしい。柘榴を殺したあのチャラい男はそれが絶対あり得ない部類。心根が腐り過ぎて、愛など一切通じない存在が施せば。愛を深く刻んだ者でさえ、黒く塗りつぶされる。侑馬の結果が、まさしくそれだ。
柘榴が無謀な回答だと喚いていても、侑馬はようやくと言わんばかりに娘を冷たい懐へと受け入れた。力は弱いが、相当久しぶりに抱きしめてくれたのだ。
「……いいんだ。あの人にこの状態に戻してもらわなきゃ。俺は二度とお前にこうしてあげられなかった。桃世が……ここに導いてくれたんだよ」
「……かあ、さん?」
「うん。多分、綺麗なとこじゃないかもね。あいつらに利用されたのは、桃世が先らしいのは捕まってた時に聞かされた。柘榴もここの人たちから聞いているだろうけど……俺は、長い間あいつらに搾取されるだけされてきた。お前には最悪の親に認識されてきたのに……ここに来たことで、流されたのが嬉しい。最期に、少しでも会えて……よかった」
「!」
不知火の魔法があっても、魂が限界であるのなら。柘榴は、しがみついていた手を離して片手を上にあげ。無詠唱で、宝石料理を創り出した。噛む所作が出来なかもしれないと、器は即席でも祖母に出したのと同じ『宝石ココア』を。
侑馬の手に、なんとか持たせて飲むように薦めた。これがあれば、少しは楽になると願って。
「……飲めば、いいのか?」
「おばあちゃんも、同じのを飲んでくれたの」
「……義母さんが。じゃあ」
ちびちびと飲んでくれたが、効果はすぐに現れ。背後で貫も準備してくれていたのか、例の鎖と宝石を使い、術を展開。侑馬のかろうじて維持出来ていた肉体は砂の如く崩れ落ちたが。
碧と朱が混じった魂そのものが、貫が嗚咽を漏らしながらも唱えた詠唱によって幽世へと送迎されていった。娘を悪に売った事実は変わりないが、宝石料理と現代の死神からの加護を与えられたのだから。
妻のいる冥府へと逝けるように、柘榴は魂の残滓も消えるまで泣きはしなかったが。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
崩れ落ちたときには、貫に抱き止められ。嬉しいよりも、これで肉親を完全に喪った絶望が身体を占めていたために。その力強い温もりに縋りつくしか出来なかった。
次回はまた明日〜




