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第51話 心底惚れたのはその御心

お待たせ致しましたー

 (いずる)は己の本心がどこまで本気だったか、己の心なのに嘗めていた。この年齢まで、まともに女への感情など浅はかなものと思っていたために、感じ方が麻痺していたせいだ。


 だから、初恋の経験すらも、まだどこか冷めた感情でいたのだと、今日やっと理解出来たのだ。『心底惚れた』のは、このことだと目の当たりにするまでは。



(こんな……にも、こいつに惚れてた理由が……やっと、わかったんだ)



 柘榴(ざくろ)に情けない泣き顔を見られても、苦笑いして謝罪されたことで己の本心にようやく向き合えた。柘榴には一目惚れしていた自覚はあったのだが、それは『この間』ではなかったのだ。彼女とは初対面ではなく、彼女がもっと幼い頃に偶然出会っていたことを思い出せた。


 今も起き上がった彼女の掛布団の上で、滂沱の涙をあふれさせている呉羽(くれは)。柘榴以上に生意気な性格の少女の発言に引っかかりを覚えたあたりで、ずっと逡巡していたのだが。柘榴が貫の目の前で、気絶したタイミングで貫もはっきり思い出せた。


 先に帰った、父の現世での縁戚かなにかの見舞いだったと思うが。異形の気配がしたのと同時に、小さな女のガキが攫われかけていたとの情報があったはず。その頃から、心霊課への就職の道を決めていたこともあって対処法は取れた。最初は、それだけの情報で誘拐犯とやらの犯行を止めただけ。


 生まれた経緯のこともあり、己の出自を心底憎んでいた時期だった。目の色は表面上は病気にしているが、顔つきの悪さもあって気味悪い扱いが酷く。他人との関係に辟易していたのだ、正直。浅葱(あさぎ)は変人でも頼れる大人として信頼していたから別だが。家族以外どうでもいいと思っていたのだ。それではいけないと浅葱に諭され、試しに病院でのその犯行を止めたのもきっかけにしようとしていたに過ぎないのに。


 柘榴の存在が、きっかけを良い方に変えてくれたのだ。容姿とかではなく、幼いガキを素材にしようとしていた思惑が気に食わなくて。そのむしゃくしゃの意味が分からず、ただ助けただけだったが。



【にーたん、ありがと……】



 悪人面とも言われていた貫の顔を見て、素直に礼を言ってくれた柘榴の笑顔に救われた気持ちになれた。その感情を抱いたのが生れて初めてだったから、好意が『愛』だと判断出来ずに、蓋をした。当時の歳の差を思えばまやかしくらいに感じてしまうのも無理はない。高校生と小学生ではちょっとどころじゃない歳の差だから、当時としては貫が犯罪者扱いにされるのがオチだ。そんな甘い理由で、気持ちを無視しただけ。それが十年近くの年月を重ねて、最悪の再会をしたことで自覚をするとは思いにもよらなかった。


 過去に助けたガキが、一目惚れしていた相手で。その本人の今を知ることが出来たから、再認識した。どれだけ、あの無垢な笑顔の温かさに惚れていたのかを。それなりに成長して、好みの容姿になっていたこともあり、さらに惚れ直したのだ。叶うことなら、己の母親と同じように現世で生活のやり直しをさせてやりたい。


 さらに願うなら、隣に己が寄り添っていたいと。初めて過ぎて戸惑い、涙があふれてしまうくらいの感情の波に制御が出来ないでいた。柘榴の気遣いが、身に染みる感情の温かさが心地良過ぎて。甘えたい感情に駆られるほど、惚れ抜いていたのだと自覚すれば。


 普段気性の荒い人間でも、涙くらい流す。そんな当たり前の感情を、彼女はなにもリスクなく与えてくれた。貫に惚れてくれなくても、一定の信頼は寄せてくれていると知った今は。その気持ちに応えるべく、心霊課の刑事として刻牙(こくが)の壊滅には本気で取り組もうと改めて決意した。


 のだが。



「刻牙は、ぶっ潰すよ」



 呉羽が泣き止んだあたりで、いきなり柘榴が貫と同じ目標を言い出したから、正直開いた口が塞がらなかった。



「ば!? お、まえ……乗り込めば、下手すれば自我すら奪われるぞ!?」

「だーいじょぶ。皆もいるし、おじいちゃんも協力してくれるって」

「へ? ザクロっち、おじい……ちゃん、下だけど?」

「意識の中で説教されたの」

「……おいおい」



 そんな芸当は、あの御人なら朝飯前にしても。子孫になんて提案をさせるのだろうか。問い詰めたいが、柘榴自身が乗り気なら止めようにも無理だ。まだ石と同じ色になっていない目でも、輝きはあの石と同じだった。なら、ここで下手に丸め込んでもあとで反抗期みたいなのが起きるだけ。


 ここまでくれば、腹をくくるしかない。むしろ、惚れた相手の心意気にかえって感心したほどだ。



「……なら。戦闘センスは、素材の能力そのものがあの人と同じだ。教えてくれるだろうから、しっかり修行しろ」

「魔法は夜光(やこう)の方がいいよね? おじいちゃんの、ノーアクション過ぎるからチートだもん」

「だな」



 大昔に刻牙の一端だと言う事実も聞いただろうが、今の夜光の行動パターンを知っているので信頼度は変わらないのだろう。その部分には敢えて触れず、修行には模擬戦項目は付き合えてもセンスはないから辞退した。己の魔法なども、不知火(しらぬい)のことを言えないくらい粗雑で独特の修法を取っているからだ。


 柘榴が完全に快復してから、三人でフロアに戻ったのだが。



「……寝てる?」



 これから指南を受ける相手の不知火は、宝石料理を食べたにしてはソファ席ですやすやと眠っていたのだった。


次回はまた明日〜

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