第33話 新規お客様の来訪②
お待たせ致しましたー
レモンタルトは、何回か食べたことがあった。生前の記憶でしかないが。母が生きていた頃、まだ入院の頻度が少なかったあたりだった気がする。当時は、クラスメイトを自宅に呼んで母の手作りおやつを食べたりしたものだ。
それなりに遊んでもいたから、楽しい思い出だったとは思う。その同級生たちとも、母の死以降交流が途絶えてしまった。引っ越ししたので転校はやむを得なかったから、自然とそうなってしまうものだ。今となっては、会えないにしてもどう過ごしているかは少し考える余裕が出来た。
死んだにしても、ある意味で生きている状態なのと感情の起伏が戻ったせいか。とにかく、心の余裕とやらが出来たのかもしれない。そんなことを考えつつ、柘榴はゾンビで先輩従業員の陸翔から、魔法で作成する宝石のレモンタルトの作り方を見学するのに集中するのだった。
「これでいいの?」
「はい。ばっちりです」
用意したのは、専用の宝石以外に普通のお菓子の材料。貫のナポリタンのときもそうだったが、レシピと客の状態次第で材料を使い分けるとは聞いていたけれど。今回もほとんど同じ感じだった。やはり、話せる状態のために選別するらしい。
「この宝石、なんて石?」
触ると冷たいのは宝石の共通点だが、柘榴の紅霊石は異例中のイレギュラー。肉体から創られる素材のために、『血肉』の宝石には温度がそのまま移る。だから、普通の宝石を触るのはココアのときの石以来だった。宝石は欠片の状態だが、薄い半透明の黄色の中にはいくつもの針が閉じ込められていた。
「それは針水晶。聞き馴染みがあるとしたら、『ルチル・クォーツ』というものです。酸味の刺激を求めるお客様のご要望にぴったりかと」
「宝石の意味、ってあるの? 効能とか?」
「宝石言葉は、聞いたことはありませんか?」
「花言葉みたいなの?」
「古くから伝えられている、呪術的要素の言葉……と、思ってください。ほら、日本であれば水晶は『浄化』に特化しているとかは有名だと思いますが」
「それはあるわ」
「他の宝石にも、似た言葉があると思ってください。この針水晶の場合、宝石料理の意味合いでは『目覚めの刺激』に値します」
「へぇ?」
単なる占い要素でしか捉えていなかったが、魔法が使えるこちらでは全く違う要素だった。宝石にも栄養素みたいな効能があれば、たしかに死者への弔いには効果絶大だろう。これからきちんと勉強しようと陸翔の説明を聞いていく。
「あの方は、身体の記憶をどうやら忘れてしまっているようですね。おそらく、体つきにコンプレックスみたいなものがおありでしたのでしょう。それ以外にも未練はたくさんあるでしょうが、まずは形を戻さなくては」
「陸翔の詠唱、そう言えばまだ聞いたことがない」
「柘榴さんのように、素敵な調べではないですが」
「そう? 長く存在しているなら、あなたの方がベテランだと思うけど」
「光栄です。では、少し離れてください。風がどうしても生じてしまうので」
「はーい」
柘榴が光なら、別の現象が起きるのは理解しているのでおとなしく従う。夜光も似た感じだから違和感は持たない。少し距離を置くと、陸翔は目視したあと青白い腕を宝石と材料にかざす。首の曲がり方と肌の色などを除けば、たしかに彼は『元人間』だ。意識がはっきりしているため、形状を除けば普通の死者でしかない。柘榴は、それを意識しなが彼の魔法を初めて目で見て覚えることに努めた。
【我が流れは、偽りの血】
少し不穏にも聞こえる出だしだが、陸翔の邪魔をしたくないので質問は後にしておく。陸翔も集中しているのか、詠唱をそのまま続けていた。
【流れに流れ、我が言霊を糧に血を精製せよ。紡ぎは血脈の代わり……我が肉片を対価に、この依り代をあるべき姿へ】
詠唱が終わったのか、料理が出来上がるのに光ではなく『風』がたしかに生じた。吹き荒れるほどではないものの、少し足に力を入れていないと後ろに倒れそうだ。必死に堪えていると、陸翔が寂しそうな笑顔になって旋毛風の塊となっていた食材の集まりに息を吹きかけた。
息が届いたのか、風が止まって塊も霧散していく。調理台の上には、たしかに『料理』が出来上がっていた。真っ白な皿の上には、色合いはともかく『タルトケーキ』がきちんと出来ていたのだ。
「……ほんとに、出来てる」
「柘榴さんほど、高度な技術ではないですが」
「え? なんで?」
「ふふ。やはり自覚がなかったのですね」
とりあえず、客を待たせるわけにいかないと持っていく準備の指示を出され。そのあとに説明してもらおうと、ホールの方に戻ったのだが。
『何この飲み物!? 超きれー!!』
触手もとい、新規の客なのだが。夜光が、既にペアリング用の飲み物の作り方に感動しているようだ。触手が体なので、うねうね動く様は正直言って気味が悪い。それでも、今陸翔が作ったケーキを食べさせなくてはいけないから持っていくしかないけれど。
「やあ、出来上がったようだね? タルトケーキだから、今回は彼女の好みも伺ってロイヤルミルクティーにしてみたのだが」
「素敵ですね。石はアクアマリンを?」
「幻想的だろう?」
たしかに、薄青のふわふわな飲み物は可愛らしいが。触手の客の反応ははしゃぐばかりで、目にはよくない。ともあれ、姿を元に戻すのに極力笑顔でカウンターの席に皿などを置くと。
その時は、案外あっさりと訪れた。
「……あれ。あたし、なにしてたんだ?」
タルトの皿を目に捉えたのか、触手の身体が崩れて出てきたのは。柘榴が生前着ていたのと同じような、ブレザーを着た勝気な印象の顔立ちをしている女子高生だった。体型はそこそこふくよかだが可愛らしい感じだ。
それでも未練を残しすぎて、何故同じ年頃の少女が命を落としてしまったのか。気味悪がっていた気持ちが吹き飛び、急に悲しくなってきた柘榴である。
次回はまた明日〜




