第32話 新規お客様の来訪①
お待たせ致しましたー
魔法のいろはとやらを、なんとなく掴んできたように思える柘榴ではあったのもの。実践経験とやらがほぼ無いに等しいので、経験は積まねばならない。でなければ、今後の人生とやらでもまるで役に立たないのだから。
いつかは、狭間を卒業することになるかもしれないのだ。彩葉の存在を理解し、特別措置を踏めば柘榴も現世に戻れる可能性がある。あくまで、可能性だ。普通でない死者となったことと、極悪な組織に殺害されたこと。それらがなければ、人生のやり直しなど利かない措置でしかない。
本来なら、理由はなんであれあの世に行くものだとされている。保護者になったトイプードル姿の夜光には、やはりそうだと諭されたからだ。夜光らも含め、特別な位置にいる存在のために一時的に許されているだけ。夜光と陸翔らは長く存在しているのは、冥府の神々の許可が下りてるからとも。
一時的でも、柘榴も『生きて』いることにされているのなら、きちんと学んで技術を会得することを決めた。己もだが、他にも素材にされる人間があってはならない。阻むためにも、力をつけねばいけないのだと。
研修も方法を変えて訓練は積むことが出来るようになったものの。やはり、実務経験が少ないために、新規の客には毎度驚いてしまうのだった。
「ふむふむ。君のご注文は何かな? お伺いしても?」
『……出来れば、酸っぱいの』
「柑橘類や酢酸とかあるが、お好みはあるかな?」
『……死んでるのに、好み聞いてもらえるの?』
「ここは、特別な空間だからね? 遠慮せずに聞いてくれたまえ」
二回目の客。狭間に迷い込んだ、罪を背負った死者は客として『永遠』への案内が自動的に行われる仕組みらしいが。今回の客は、祖母のときとは違って話せる状態だ。
姿かたちは、おおよそ人間の姿はしていないけれど。昔の火星人のイメージ、とでも言えばいいのか。声からして女性なのはわかるが、彼女の姿はタコ星人らしき触手と丸い頭部のそれだった。夜光はまったく気にしていないが、柘榴は内心びくびくしている。まだ異形種にほとんど免疫がない人間に変わりないので、精神面はとても幼い。死を迎えても、ほとんど生前と変わりない状態なために達観とかもほとんどしていない状態。
祖母や貫などの関りは別でも、基本的に内向的な精神をすぐには矯正出来ないのだ。今は研修の身だからと、少し甘えて陸翔と食器磨きをして意識をそらしている。
「ふふ。まだ慣れませんよね?」
「……陸翔にも凄く驚いたから、普通……だと、思う」
「まあ、僕の場合は今で言う『ゾンビ』ですしね? 女の子なら、なおさら驚いてしまうのも無理ありません」
「……どうして、あのイケメンのままじゃないの?」
無理に生前の姿に戻すと、魔力を酷く消費してしまう理由は聞いたものの。調整すれば保てるような気がしたのだが、気になって質問すれば彼は苦笑いしていた。
「殺され方が、原因のひとつですね。僕は、生前の時代では今以上に殺害への躊躇いがあまりない風習でしたから。特に、武を心得ている者……柘榴さんに分かりやすく言うなら、お侍さんですね」
「殺された……の?」
「ええ。巻き込まれ事故、に近いでしょうか? 追剥が混乱して刃物を振り回している時に、今でいう警察のような人間が業務命令で追剥を処分しようとしたんです。でまあ、あんまりよくない結果ですが。追剥に当てる刀がうっかり手から滑って……僕に刺さって、倒れた衝撃で首もこんなことに」
「……うっかり、で殺された??」
人間とは言え、プロの職業人間のミスにしては致命的なことではないだろうか。現代では、それなりの処罰を受けることにはなるが陸翔のいた時代はそうではなかったらしい。体はこの狭間に迷い込み、当時も犬だった夜光に保護されて宝石料理を口にしたけれど。
あまりの美味しさと美しさに魅了され、無理を承知で弟子入りしたそうだ。そして、現在まで狭間に滞在することを許可してもらえたそうだ。出したのは、やはり閻魔大王などのあの世の偉い人たちだとか。
「けれど、姿などは今ではあまり気にしていません。生前の僕は、ある意味で淡泊な性格をしていたので……存在する意味がある今が、とても楽しいんです。許されるまで、ここでの仕事を続けていきたいんですよ」
「……そっか」
母の家の口伝にあった、夜光らの物語り。イレギュラーだが、狭間に生霊が迷い込む事例もあるらしく、先祖の誰かはここに来た時にその記憶が運よく残っていたのだろうと。だから、母にまで伝わって柘榴にも継承された。二人に絵本を読んでもらったが、かなり緻密に記録されていると感心されたほどだ。いったい、いつの時代に来訪したのかはわからないが、流れ人の血を持つ先祖なら可能だったかもと。その血を柘榴が受け継ぎ、伝説の稀少宝石の素材となったことで価値はさらに上がったが。『刻牙』にひとかけらでも宝石が手に入らないようにしなくてはならない。柘榴自身も捕まってはいけないのだ。
逝くか生かされるか。それらが決まるまでは、この狭間に滞在しなくてはいけない。母や祖母のところに行きたい気持ちはあるが、まだ身内は結構残っている。父を含め、彼らが利用されないためにも柘榴は頑張ろうと決意しているのだ。
「さてさて、レモンタルトかな? それなら、陸翔くんが適任だ。柘榴くん、君は見学させてもらいなさい」
「承りました」
「かしこまりました」
客の注文が決まったようなので、ここからは研修だと切り替えるのに返事をしたが。やはり、客の触手だらけな姿は陸翔と同じかそれ以上に気味悪くてあまり見たくなかった。早々に厨房に引っ込み、陸翔の指示を受けながら材料の準備を始めたことで、気を紛らわせた。
次回はまた明日〜




