第27話 魔法訓練①(結界構築)
お待たせ致しましたー
宝石調理のように、いきなり実践するわけではなく。講義のようなものから始まることとなったのだが、夜光らの教鞭は向かい合わせでする方法ではなかった。
店の研修も同時進行で、つまり習うより慣れろと言う実地訓練。見聞きしながら、相手の話を聞きつつ、頭で覚えていく方法。授業と同じように、机で書き込みをしているだけでは役に立つことが少ないのが現実。というのも、夜光の理論だと思ったのは最初だけ。
柘榴は、医療現場に入っていたらこれが普通かもしれないと逆に感心したのだ。
「結界の構築は、簡単に言えば『ネット』と思えばいいのだよ。壁などの障壁と考えやすいかもしれないが、守るだけでなく弾いたり捕縛要素にも役に立つ。柘榴くんの読んでいた書物などでは、そのような描写はなかったかな?」
「……多分、あった」
「はい。じゃがいもの皮はもう少し薄く剥きましょう」
「これ以上?」
「出来るだけです」
夜光は調理台の上に乗りながらの、教鞭モード。対する陸翔は調理指導だ。後者は、魔法ではなく普通の調理。つまり、家庭科実習しながらの講義を受けている状態だ。提案された時は戸惑ったが、実践してみると意外に楽しい。とは言っても、頭と手元の行動が両立するのは相当技術がいる。これが医療現場だったら、と夜光に提案されたときはよくわからなかったが今は納得が出来た。
母の病室では、医師もだが看護士もかなり器用に仕事をこなしていた。ひとつの動作の次を頭だけでなく体感でとらえて行動していく。それが、今の料理と講義内容を頭に入れるだけでも困難極まりない。もし、生き返る可能性が出たら、絶対役に立つ技術だと思い込んで挑んでいるのだ。
「料理って、こんなにも丁寧さが必要?」
「柘榴くんが魔法調理で気持ちを込めたのと同じだよ。技術を身につければ、レシピにも活かしやすい。さて、結界の構成も料理に通じるものがある。素材をうまく合成し、性能を最大限に引き出して構築していく。料理は仕上がりと味に。反映されると思うのだよ」
「……たしかに、美味しくないと。喜べ、な、皮切れた!?」
うっかり、指の皮をざっくり切ってしまった。柘榴の場合、血が溢れるてしまうので、そこからどんどん紅霊石の華である結晶体が出来上がってしまうのだった。
その光景で、講義と実習は中断となり、夜光らが慌てて回収や保管などをしていく。柘榴は自分で治癒する練習も兼ねて、夜光から魔法を教わって実行したが。
「……いやはや。ある意味大収穫だが、これは困った量だね?」
「稀少な貴石が、こんなにも……どうしましょう」
「……ごめんなさい」
結晶体は、蓮の花もあれば薔薇の花まで。多種多様な花の結晶体となって、床の上に山積みになってしまうほどだ。少量で、ひとつのサイズが柘榴の拳大。ざっと見ただけでも、百以上出来てしまった。もし、これが『刻牙』に察知でもされれば、この店が襲撃だけで済まなくなる。夜光が魔法で収納してもいいそうだが、せっかくだからと貫を呼ぶことにした。端末のタブレットを夜光が何故か胸の毛の中から取り出して普通に起動させたために、ツッコミを入れてしまう。
「えーっと、メールアドレスはと」
「何その、どこでもポケット的な保管場所」
「ははは。参考にしたまでだよ? 現世の子どもたちはなかなかにユニークな発想をするから、私も結構参考にしているのだよ」
「まさか、その姿も?」
「バリトンボイスの小犬姿は、なかなかに面白いだろう? ライトノベルなどを参考にしてねぇ」
「ほんと、オタク……」
「まあまあ、魔法の発想に意外性はつきもの。さて、貫くんへは送信出来たから」
夜光が端末をまた同じところに戻すと、数十秒後には店の扉がうるさく開く音が聞こえてきた。
「緊急事態ってなんだよ!?」
バックヤードの扉がけたたましい音を立てて開き、入ってきたのは服装がかなり乱れた貫であった。
「……早い」
「ははは。彼の輸送時間は半分素材の血があるから早いのだよ」
「そんなこたぁどうでもいい! なんだよ、その山盛りの紅霊石!?」
赤い瞳が燃えるように光っていて、少し怖いと思った。おそらく、彼の母親側の能力が関与しているかもしれない。柘榴の素材としての能力と同じものかもしれないが、ちょっと綺麗に見えても怒りの感情が強く出ているので、本能では恐怖を感じていた。
「ご、ごめん。皮むきの練習してたら、指切っちゃって……血が噴き出して、こんな感じに」
「……不可抗力、か。それなら仕方がないにしても、マスターは緊急事態にしても文言盛り過ぎだ!? やべぇが、柘榴が危ないとか焦ったじゃねぇか!」
「ははは。仮にも彼女の少女の危機だよ? 駆けつけてほしいと思って、少々スパイスをば」
「や・り・す・ぎ・だ!」
「マスターは、こうよ!」
「ふぉ!?」
柘榴は観念できないと、夜光の体を掴んで思いっきり、ふわふわのトイプードルの毛をもふりまくった。顔と頭、体もおかまいなしにもふり倒したが、感触が良過ぎてただじゃれるだけになってしまう。犬を触るのは久しぶりだったが、飼い犬をまともに触ったのはいつぶりだろうか。純粋に愛でるだけになった。
「ふわふわ! もこもこ~! 絵本の犬、ずっと触りたいって思ってたから夢叶った!」
「……柘榴、さん」
「すげぇ、狭間の管理人を堂々ともふるって……」
「管理人?」
外野の呆然とした様子に、思わず手を止める。はずみで夜光は調理台の上に落ち、潰れるように倒れてしまったが。
「……全力、で。撫でまわされ、た」
「え? マスター……って、結構偉い人?」
「そんなナリだが、異種族最強の魔法使いだぞ?」
「だから、僕なんかでもここに存在出来るんです……」
ただモノではないとは理解していたが、どうやら予想以上に伝説上の存在のようだ。現実世界に馴染むくらいのオタクで知識や経験は豊富なのも理解していたけれど、本来の美中年の正体は神様に等しい人物だとわかった。当の本人は、調理台に突っ伏したままぷるぷると震えているだけだったが。
「んで、なんでこうなった?」
夜光はこの際放っておくのか、貫が改めて柘榴に質問してきた。
「結界構築の講習ついでに、調理の訓練をしていたのですよ。その途中で、うっかり柘榴さんが指を切ってしまい」
「行動と構想の両立、か。まあ、ここらしい授業のやり方だが……今後、刃物はやめとけ」
「ですね。とりあえず、この石たちどうしましょうか?」
「……柘榴、試しに『戻せる』か?」
「無茶言わないで……」
出来たら、貫を呼ぶ事態にまでならない。だが、保管していても狙われることにかわりないからと、夜光を無理やり起こして聞き出すのは貫が実行するのだった。
次回はまた明日〜




