第21話 狭間での生活のためには
お待たせ致しましたー
「さてさて。柘榴くんの私服を調達に行こうか?」
貫が帰っていったあとに、片付けや掃除のやり方を教わっている途中。何故か、夜光がご機嫌に提案してきたのだ。
「服? この制服だけじゃダメなの?」
「何を言うのだね? 私の推測を聞いていなかったかな?」
「どれ?」
貫にされた質問もだが、夜光の推測は色々あって覚えきれていない。素直に聞き返すと、夜光はカウンターにおいでと手招きしてきた。ちゃんと聞きなさいと言う感じだったので、居候もさせてもらう身としては素直に聞くことにした。近づくと、手を出して欲しいとも言われたため、すぐに彼の顔の前に出したが。
「君の祖母君に、体の成長があるかもしれない推測をしただろう? あれはあてずっぽうに言ったわけではないのだよ。柘榴くんの体は死人なのに、生きた血が通っている状態だ。これは、通常はあり得ないのだが、狭間という特殊異空間の中でも成育があり得るということなのだよ」
「……あれ、おばあちゃんを安心させるためだけじゃなかったの?」
「私は極力虚言はしない主義だ」
犬の毛で覆われているので、細かい表情の変化まではわからないが。ふふんと笑っているようにも見えた。外見以外にも可愛い面があるのだなと思えたが。
「ではでは。僕はお留守番してますので。おふたりで市場へ行かれては?」
「うむうむ。陸翔くんは留守と管理を頼んだよ。私も、久しぶりに人型の姿で柘榴くんと向かおうか」
「夜光の人型?」
たしかに、陸翔は夜光の姿は省エネモードなどと口にしていたが。夜光自身からその言葉が出てきたので、本来の姿がどんな感じなのか勝手に期待してしまう。うずうずしていると、夜光は右の前脚を首もとへ持っていったのだが。よく見ると首輪のようなものを装着していた。ベルトの真ん中には暗めの色合いの赤い宝石のブローチが埋め込まれている。それをぽんぽんと叩くと、店の中が一気に真っ赤な光で包まれてしまった。何回か起きている現象なので、柘榴もすぐに目を閉じることで対処出来たが。
目を開けた瞬間、夜光の犬の姿がかけらもないことと、出てきた人物の姿に口があんぐりと開いてしまう方が大変だった。
「うむうむ。久々過ぎて節々が少し痛むが、柘榴くんの荷物持ちも兼ねると致し方ないね?」
声はそっくり同じだが、背丈やシルエットが全く違った。貫と同じくらいかそれより高く少し筋肉質の中年男性。髪は綺麗な銀色で、目は深い青色。服装は何故かイギリス貴族を思わせるようなスーツで、アクセサリーは眼鏡。眼鏡でも、フレームがひとつしかないお洒落なものだ。小説やアニメなどで出てくるような義賊や冒険者の装飾品に近い片眼鏡。
似合い過ぎるナイスミドルの男性の登場に、柘榴は自分はミーハーなんじゃないかと思うくらい胸の鼓動がうるさくなってきた。その音から、死んでいるはずなのに血が通っているからたしかに成長の予測は合っているかもと、どこか嬉しくもあったが。
「や、ややや、夜光?? え、なんでそんなかっこいいおじさんなのに普段犬!?」
「ははは。恐悦至極。この姿は、私の種族の関係上体力消耗などが激しくてね? だから普段はあのように愛くるしい犬の姿なのだよ」
「そっちの方が確実に『マスター』じゃないの!」
「僕もそう思うのですが、マスターの体調優先ですからねぇ?」
「色々もったいない!」
「ははは。今日は特別だからね? オジサマに任せなさい」
「自分で言う?」
とにかく、狭間の中でもほかの店などに行くことは決定だそうなので。柘榴は人間体になった夜光とともに、はじめて外に出ることとなった。手ぶらでいいそうなので、店の制服のまま外を出ると。
「やあ、可愛らしいお嬢さんに夜光殿ではないか」
夜光とはまた違ったタイプの中年男性が立っていた。日本人の顔と色合いだが、服装からして貫の関係者だと瞬時に察知出来た。なんとなくだが、穏やかな雰囲気でも気配が似ていたのだ。
「はじめ、まして」
「うん、はじめまして。おじさんは堺田くんの上司なんだけど、話は聞いているだろうか?」
「! 報告しに行くって言っていた!」
「そうそう。御町浅葱というんだけど、好きに呼んでいいよ? 苗字も名前も珍しいけど、ほとんど名前で呼ばれることが多いんだ」
「えっと……浅葱、さん?」
「うんうん。嬉しいね。……そして、僕がここに来たのは君に会いに来ただけじゃなく、謝罪に来たんだ」
というと、浅葱は何故か柘榴に向かって深く腰を折り始めた。いきなりのことで、柘榴はわけがわからなかったが。
「浅葱さん?」
「堺田くんからの報告で知ったよ。君が『刻牙』に殺害されて紅霊石の素材にさせられてしまったこともだが。君自身のお身内の方も結果的には巻き込むことを防げなかった。謝罪しても意味がないのはわかっているが、誠に申し訳なかった」
職務上の義務かもしれないが。まだ出会ったばかりでも、柘榴は浅葱の心からの謝罪が自分の奥にちゃんと届いていた。教師や身近な他人とは違うのに、やはり命への尊さをよく理解している職業のせいもあるが。もとの性格もあるだろうから、浅葱は貫の上司としてもきちんと謝罪してくれているのだ。祖母も、たしかに柘榴と同じように『流れ人』の子孫であったから、あの男たちが利用しようとしていた。それを防いでくれたのは貫たちだったが、浅葱はそれだけでは足りないと誠意を見せてくれたのだ。
だから、その心が少しでもわかるようになった柘榴も、自分で腰を折った。
「たしかに、あたしもおばあちゃんも死んじゃったけど。おばあちゃんを送ってくれた心霊課の人たちには感謝してます」
「……君は普通の死よりも、重責を負わされたのに?」
「けど、ここでも生きているような生活をさせてもらえるのなら。いつかおばあちゃんとかの場所に行くまで、精一杯過ごしたいんです」
感情などを、取り戻すきっかけにはなったのだ。危険な状況に変わりなくても、柘榴の心はどこか落ち着いていた。
次回はまた明日〜




