第20話 その想いは無謀か?
お待たせ致しましたー
年下の少女に、こっぴどく叱られてしまった。
正確には、死人になり狭間である異空間に迷い込んだ存在ではあったが。死亡時期がまだ間もないために、貫とは十近く離れているだけの女子高生に過ぎない。
もともとは内向的な性格であったようだが、特殊な事情を経て本来の性格に戻っているようだ。真っすぐで純粋で、害悪には自ら立ち向かう勇気がある。顔立ちも悪くないし、その性格がうまく出ていれば学校内ではそれなりに人気だったろうに。
(それが『流れ人』の子孫だったことで、奴らに見つかって石の素材にさせられた……か)
運命とやらは残酷とも言うが。まだ未成年の少女を躊躇うことなく殺す連中だと情報では知っていたが、まさか本当にそれを実行するとはまだ信じ難い。正直言って、貫はめちゃくちゃ腹が立っていた。
あのような、『哀』の感情を抱えまくっていた思慕深い少女の命を。稀有な宝石の素材になるからと無残に殺す人間の精神がわからなかった。事例としてなら、刑事になる前からいくらでも知識としては叩き込まれた。だがそれに、感情までついていくわけではない。
これまでの、水先案内人としての任務も『仕事』として遂行はしてきたものの、今日ほど苦い思いをしたことはなかった。柘榴の手前、ぶっきらぼうに振る舞っていたつもりでも内心は酷く腸が煮えくり返っていたのだ。
狭間の実質的管理人、普段はトイプードルの形代をとっている夜光の使い勝手が荒いのはいつものことでも。まさか、次の送迎への魂が柘榴の祖母だとは知らなかった。おまけに、心霊課が追いまくっていた闇術師の集団に殺された存在だと今回ではっきりわかったのも。なんの巡り合わせだと思わずにいられない。
血脈が絶えたという一族だったことが災いで、まだ未成年の命が無理矢理終了したのだ。しかも、最悪なことに素材への能力が覚醒しただけでなく、生きる死体となって。ゾンビ擬きの陸翔とは全く違う。柘榴は構築さえ変えれば、現実世界にも戻れてしまうのだ。しかしそれは、ある意味で地獄への道になるだけ。
永遠に生き続ける死体に等しい。不老不死に近い仙人にも例えられる。生き続けるのに、現世は都合が悪い。だから、夜光らもそれを告げずに狭間へ保護することにしたのだ。それについて貫も反対はしない。
逆に、上司にどう報告するのかを悩んだが。とにかく、一度は柘榴のことを報告はしたので、狭間からの転送出口を使用して現世の警察庁の地下へ急ぐ。勘ではあるが、その上司が待機している気がしたからだ。
「やあ、堺田くん。お疲れ様」
夜光と似た口調だが、声音も背丈も全く違う男性。貫禄のある中年の刑事が転送出口から出てきた貫を出迎えてくれていた。他に関係者は誰もいない。
「……お疲れ様っす。浅葱さん」
捜査課第一チームの主任兼一課の部長。貫の直属の上司にて、教育指導も担当してもらった大先輩でもある。さらに、貫を真人間のようにしてもらったのもこの男性の賜物だ。粗雑な性格などは、特に矯正を強要されていないからそのままにしているが。
「うんうん。夜光殿からの依頼は大丈夫そうだったね。問題は違うとこがあったようだけれど」
「相変わらず、勘がいいっすね」
「まあね? 他に聞かれたくないだろうから、僕自身がここで通せんぼしてたのだよ」
「助かるっす」
下手に同僚がいたりして、柘榴のことを根掘り葉掘り聞かれたら派遣しろとかうるさくなるに違いない。若干人見知りもあるあの少女には、まだまだ人付き合いのリハビリが必要だからだ。ただ、貫には年上だろうが貫がタメ語でいいからと言ったせいもあって、言いたいことは言いたい放題にはなっているが。それでも、貫は柘榴のことは気に入っているので別に気にしていない。
「で? 紅霊石の素材にさせられたお嬢さんに、何かあったのかな?」
「……生きた死人になった理由がわかりました。あいつは、『流れ人』の血脈を持つ人間だったっす」
「穏やかではないね? 所謂絶滅危惧種認定の種族の子孫……僕たちが真っ先に保護しなくちゃいけない存在を、みすみす『刻牙』らに素材にされるとは」
苦笑いする浅葱だったが、内心は酷く憤っているだろう。付き合いが長い分、貫はその心情をよくわかっていた。穏やかに見えて、内面は激しい人間だと知っているのはごくわずか。同僚らもどれだけ気づいているかは今はどうでもいいが。
浅葱の次の指示を待っていると、浅葱は傍に置いていたジャケットを急に羽織りだした。
「浅葱さん?」
「僕からも出向こう。君は一度、報告書をまとめてから狭間に来て欲しい。僕は僕で、その女の子への謝罪に行ってくるよ。たとえ、許されなくても彼女のおばあさままで見殺しにしたのと同じだ」
「……了解っす」
浅葱には、柘榴の年齢にはいかないが、小さな娘がいる。息子の方は大きいが今度中学生になるばかり。それでも年頃の少女を、こちら側の宿敵に殺害されたことが自分自身許せないのだろう。しかも、柘榴の祖母も利用されかけていた。とくれば、ほぼ殺害されたことは調べれば出てくるはず。
それもついでに調べることにして、貫は浅葱が転送装置で狭間に向かったあと、地下室から上層階に出た。時間軸はほとんどずれがないので、まだ外は正午くらいの日の高さと強い日差しが窓越しに見えてきた。
(……あ、宝石料理で紅霊石のもん食ったこと言うの忘れてた)
あとでこっぴどく叱られるだろうが、何故か無意識に秘密にしてしまった。
たとえ死人でも、生きている人間と同じような表情で貫のために作ってくれた真紅のナポリタンは、夜光らの作るいつもよりも段違いに美味だったせいか。好みで後入れの辛味を足しても絶品。二度と食べれないにしても、あの味はしばらく忘れられそうにない。
(笑った顔、可愛かったな……)
特殊な事情じゃなきゃ、恋愛対象になりそうな相手だが。それはこちらの事情を知れば叶わないことだからと、胸の奥に仕舞っておくことにした。それよりも、今はその柘榴のためもあるが宿敵を追う情報を共有しなくてはいけない。部下や他の上司たちにも告げるべく、廊下を駆けて急いだ。
次回はまた明日〜




