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第2話 それはどんなお店?②

お待たせ致しましたー

 あるはずのない喫茶店。


 現実には、ありえないしゃべる犬の存在。そして、その犬はとんでもない色気のある中年の男性の声を発する、言い様によっては爆笑モノでしかない存在。


 これは夢かなにかだろうと、柘榴(ざくろ)は頬を強めにつねってみたが物凄く痛かった。つまり、この光景は現実でしかないのだと理解は出来た。ひとつ、確かめたいこともあったからだ。柘榴は本を落とさないようにしながら床を蹴って、カウンターの方に詰め寄ったのである。



「ちょっと、ここ! 宝石のごはんが食べられる店!?」



 いきなり不躾な質問をしてしまったが、犬の方は気にしていないのか首をかしいでふわふわの尻尾を小刻みに揺らすだけだった。



「おやおや? 私の店の噂を知ってくれているのかい?」

「知ってもなにも……え、噂?」



 犬の答えに、今度は柘榴の方が首を傾げる番だった。この店と犬の存在は夢じゃないにしても、今どきのラノベやアニメでいうような異世界に似たものかと思って聞いた。しかし、犬の答え方だともっと昔から存在しているような言い方だった。



「ここは、君の世代にわかりやすく言うなら……異空間。異世界とも酷似している、現世とは切り離された場所に存在する店なのだよ。しかし、現世からの迷い子が帰路に辿ったときに話を持ち帰ったのだろうね? 君の親族か誰かがそれに該当したと思うのだよ」

「……あたし、の。母さんちに、伝わるおとぎ話って」



 柘榴の予想は少し当たっていたが、少し違うらしい。抱えたままの本は落としていないが、母と作った本に出てきた『店』は実在していた。先祖から伝わるおとぎ話は本物だったとこの目で確かめられた。ただし、犬の店長から出る声が可愛いものではなく、中年男性のものだというのは意外過ぎたけれど。

 

 それでも、母のおとぎ話が現実になっているとわかったせいか。柘榴の心の中の、張り詰めていた糸のようなものが切れた感覚があり、目尻から少しずつ涙があふれてきて一気に流れていく。


 母の死に顔を見た時ですら、泣くことの出来なかった感情がようやく紐解けたのかもしれない。ただただ、涙が流れていく。



「おやおや?」



 犬は大して驚いていなかったが、柘榴は構わず泣き続けた。


 母が死に、父は再婚などせずに転職をくり返しながらも柘榴のことを男手ひとりで育ててくれていたが。


 柘榴自身は、母の死を本格的には受け入れられていなかったのか。家ではひとり。学校はただ過ごすだけの場所として、クラスメイトとは深く付き合おうとはしなった。挨拶する程度の友人しかいないようなものだ。深く関わり合えば、また突然の別れで苦しむことはない。本能的にそんな考え方に傾いて、交流することを避けていた。そのせいで、感情の起伏までも薄れさせようとした。


 しかし、この異空間とやらで、母との思い出話が本当にあったと分かったお陰か。感情が少しずつ戻ったのだろう。そのひとつが『喜び』と『安堵』だったのだ。


 犬の方は困る状況だろうに、特に何も言わずに前足でカウンターに置いていた柘榴の手を叩いてくれていた。まるで、人の親のような対応に、柘榴はそのまま泣き続けてしまう。泣き止むまで犬は待っててくれたから、涙が止まった時に柘榴はすぐに彼に謝ることにした。



「……ごめんなさい」

「なに。可愛らしいお客さんの、切羽詰まった感情が緩んだんだ。別に気にはしない。ここは悩める者が迷い込む特別な場所だからね?」

「……母さんの話にも、そうあったわ」



 迷子たちがこの店に来て、『犬のてんちょー』と『不思議な人形』が作る宝石のキラキラしたごはんで満腹になってから、おうちに帰っていく。


 本の表紙は、小学生の柘榴が描いた落書きのような絵。けど、目の前の犬と同じ犬がそこには描かれていた。店内を見ても、『人形』の方は見当たらないが。



「ふむ。しかし、君は君で迷える存在になってしまったようだね? 何を悩んでいるのかな?」

「え? わかんない……」



 ただ、気が向いて里帰りに来ただけ。病院だった場所に、この店があっただけ。


 母との思い出を振り返りたかったのか、懐かしみに来たのかまでの詳細は、思い返してもよくわからない。柘榴が首を横に振れば、犬は小首を傾げた。



「無意識下の悩みかな? とりあえず、何か食事でも取るかい? お代は」

「その子のポケットにある、紅霊石(こうりょうせき)を使えば?」



 ふいに、別の声が聞こえたので後ろに振り返れば。


 柘榴は、思わず絶叫を上げてしまうくらいの、異質な存在が立っていてカウンターにへばりついてしまった。

次回はまた明日〜

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