第16話 身内の別れは優しく④
お待たせ致しましたー
どれだけ抱き合っていただろうか。
数分か、数十分だったかもしれない。お互いに死者だから温かさは感じないはずなのに、柘榴の体には祖母の温かさがきちんと伝わってきた。冷たくなるときに感じた、母の体温とは全く違う。自分と祖母もその部類になってしまったのに、この狭間のせいだろうか。
衣食が可能で、意識も保っていられれば生活も出来なくはない場所。仮初でも、命を形成させているこの空間はなんなのだろうか。わからないことだらけでも、柘榴は今感謝しかなかった。
最後の最後の瞬間でも、祖母と和解出来る時間を過ごすことが出来たのだから。
「……大きくなって。お母さんの若い頃によく似ていたのに、何故気づかなかったのかしら」
祖母は大泣きするのは止めたが、まだ泣き止まない。柘榴もそれなりに涙を流してはいるが、やはり祖母の方がショックは大きいはずだ。娘を先に喪い、孫娘も己の死とほぼ同時に喪ってしまったのだから、喪失感は死んだあととは言えどはかり様がない。それでも、このあとの別れを思うと向き直る気持ちに変わってきたのか。泣きながらも柘榴の黒髪を優しく撫でては、愛おしいという気持ちをこぼす言葉を紡いでくれた。
「……ほんと?」
「ええ。目元とか、とてもよく似ているわ……。将来、お母さんと同じくらいに美人さんになるでしょうに。けど」
「安心したまえ。ご婦人」
二人で語り合っていると、夜光が突然割り込んできた。カウンターでじっとしていたのに、いつのまにか床の上に降りていて柘榴の後ろでおすわりの姿勢で座っていたのだ。
「マスター……?」
「柘榴くんは、少し特殊な事情でこの店に滞在しているのだよ。完全ではないが、死人でも血が通っている状態なのでね。可能性としては、体つきも大人の女性に成長するかもしれない」
「……噓でしょ?」
「まだ憶測だがね? 可能性はゼロではない。私は、この狭間にて数百年以上は存在しているのだよ。少しは信頼しても大丈夫だ」
絶対的な信頼とまではいかないが、夜光はたしかに恩人もとい恩犬のようなものだ。もとは犬ではなかったとは言っていたが、考え方は普通の犬ではないのは出会って数時間でもよくわかる。柘榴もだが、祖母もこの店に導いてくれたのは間違いなくこのしゃべるトイプードルだ。
「……ああ。それは、よかったわ」
抱きしめていた、祖母の声が少し不安定になった。
柘榴はまさか、と顔を上げてみれば。ヘドロこそなってはいなかったものの、体が発光していてそこから砂のように崩れ落ちていく。美しくも見えるその光景は、柘榴にとっては悲しいものでしかない。しかし、わかっていたことではある。祖母があの世へ旅立つ最期のタイミングが来ただけだ。
「……おばあちゃん」
「たしかに、あなたが桃と違って他人に命を奪われたのは憎みたいと思った。でも、ここで匿ってくれた人たちがたしかにいた。過ごせる期間が短くても、あなたが成長できるかもしれない希望も聞けた。なら……私は、先にあなたのお母さんの場所へ繋がる試練を受けるわ」
「試練?」
「この狭間に迷い込み、魂の形を忘れかけた人間には未練などの『業』が科せられている。断ち切るには、冥府への道を歩んでも天国か地獄への裁きを普通の死者より長く受けなくちゃいけねぇ」
貫の説明に、柘榴はわけがわからなくなりそうだった。祖母はたしかにヘドロの状態で迷い込んでいたが、それは罪に等しいものを抱えていたということなのか。柘榴もそれに該当するだろうが、何故祖母がそこまで背負わなくてはいけなのか、閻魔大王とやらに訴えたくなったりしたほど。しかし、死んでから文句を言っても意味がない。
まだあの世に行けない柘榴でも、祖母自身がそれを受け入れているのなら、ここで否定してもやはり意味がないのだ。
「……お別れ、だね」
「運が良ければ、また会えるわ。悲しいけど、私たちはもう死んだ存在だもの」
「うん」
「ま。例外はあるがな?」
「貫?」
きちんと別れようとしていたら、貫が何故かにやりと楽し気に笑い出した。柘榴が名前を呼んでも、黙ってポケットから先程の武器にしかけていた鎖を魔法で取り出す。その先端には、鈍器などではなく美しい紫色の宝石が繋がれていた。
「俺は普通の人間じゃないぞ? たしかに刑事だが、この狭間とかでは……死神扱い。日本で言えば、水先案内人だ。冥府への切符を優先的に発行出来る存在。永遠で宝石料理を口にして正気に戻れた死者は特別なんだよ。柘榴のばあちゃんもそれに該当する。送迎は任せな!」
力強い言葉は、粗雑なものでも温かな感情を柘榴に伝えてくれる。
宝石の光と共に、祖母の体は砂だったものが完全に崩れてそれに吸い込まれていったのだが。柘榴は、それをショックに感じなかった。むしろ、預けたという安心感を得たのだ。
完全に祖母の姿は消えてしまったが、宝石の方は中心部が優しい白い炎のようなものを宿した姿に変わっていた。
「……このために、来てくれたの?」
柘榴が問いかければ、貫は苦笑いしながら宝石を柘榴の前に向けてくれた。中は見えないが、たしかに祖母の魂がそこに居るのは本能的に理解出来た。
「つか、俺の仕事の本業はこっちだ。マスターは、俺んとこの部署の仲介人でな? ちゃんと仕事振ってくれんだよ。まさか、お前のばあちゃんだとは知らなかったがな」
「……ありがと」
宝石に手を伸ばせば、柘榴の紅霊石のような温かさはなくてもほんのり温かい気がした。いつまでも触れていたいが、祖母の覚悟を無視できないし貫の仕事も止めたくない。任せる気持ちを言葉に載せて、柘榴は立ち上がって腰を深く折った。
「心霊課一捜査チーム所属堺田貫。たしかに、遺族の誠意を受け取った。冥府への転送を執り行う」
と言うと、宝石を鎖から切り離し、宙に浮かせたかと思えば青い炎をまとわせた。燃えることはなく、包み込んだそれは最後に祖母の魂部分の白い光が強くなっていき。炎が消えたかと思ったら、宝石の姿も一緒に消えてしまった。
「……おばあちゃん、逝っちゃったの?」
「ああ。あれで向こうの獄卒が受けとってくれれば、裁きもそーとー軽くなるぜ? 何せ、柘榴が宝石料理作って浄化させたんだしよ」
「……そっか」
誰かの助けになることが、最初の客が身内だったとしても。
哀しさはまだ残っていても、柘榴の心は少しだけ晴れやかだった。
次回はまた明日〜




