第14話 身内の別れは優しく②
お待たせ致しましたー
本来の関係を打ち明けずとも、感情を取り戻しつつある柘榴は言い出したはものの、どのように会話をしようか悩んでしまった。
生前、母の死以降、この祖母もだが父以外にも友人や教師らにもまともに会話をしようとしてこなかった。この狭間にきたことで、多少出来るようになってもまだ質問とかが多い。会話の成立みたいなのをうまく繋げるようなことが出来るかどうか。怪しい箇所は多々あれど、言い出したからにはやるしかない。
であれば、その『材料』を用意すればいい。思い立ったら、柘榴はカウンターに置いたままにしていた形見の本をもってくることにした。
「あら? 可愛らしい絵本ね?」
「あたしと母が、手作りした絵本です。大事なものですが、お……ばあちゃんには特別にお見せします」
「まあ、素敵」
お世辞に装丁なども決して立派ではない、子どもと母親の手作りの本。工作などで使う画用紙や折り紙を組み合わせ、ボンドなどで接着しただけの拙いそれでも。祖母は『素敵』と言ってくれた。たとえ、自分の娘と孫娘が手作りしたものだと理解していなくても。
そのひと言だけで、柘榴は見てもらえて良かったと、心から思えた。だから、呼び方を少し砕けたものにして、彼女の手にその本を手渡した。
「せっかくなので、おばあちゃんに……読み聞かせ、させてください」
「嬉しいわあ。孫娘に本を読んでもらえるだなんて、すごくちっちゃい頃だった気がするの。それに、さくちゃんも今は私の孫なのだから……普通にしゃべっていいわよ?」
「……いい、の?」
「ええ」
母が生きていた頃も、あまり会う機会がなかったが。こんなにも穏やかな話し方をする人だったのだろうかと不思議に思ってしまう。普段から和服を身につけ、姿勢が整った厳しい印象しか覚えていなかった。だから、様変わりした柘榴自身のようで戸惑ってしまう。けれど、祖母は気にせずに微笑みながら頷くだけ。
それなら、と柘榴は込み上がる涙を堪え、本の表紙を開くのに祖母の手に添えた。
【むかし、むかし。この世のどこか、世界のすみっこにあるとされている場所に。小さな小さな喫茶店がありました。そのお店はすこしかわっています。お店はかわいいのに、中にいるてんちょーさんは小さな小犬。てんいんさんは、ちょっと不思議なお人形さんでした。にんげんではありません】
夜光と陸翔そのものを示している登場人物。祖母はここのことだとは気づいていないようだが、柘榴の読み聞かせを楽しそうに聞いてくれているようだった。
【犬さんはわんわんではなく、にんげんの言葉で話してくれます。人形さんは、お料理をつくるのが得意だそうですよ? さあさあ、あなたはなにをご注文かな?と聞いてくれます】
「まあ、素敵。ここの店主さんのようね?」
「ふふ。似ていることがあるかもしれないね?」
「……マスター」
貫が少し呆れている様子だったが、柘榴は苦笑いしながら続きを口にしていく。本の長さはそこまでない。ほとんどが絵本のようなものなので、柘榴と母の絵がページの大半を埋めているからだ。
【お客は女の子。長い髪が似合うかわいい女の子。女の子がだい好きなのは『オムライス』。ふわふわたまごに赤いケチャップがたくさんかかっている、おいしい一皿が。ほしいほしいとおねがいすれば、犬さんはいいともと女の子のブローチをかしてほしいとたのんできました】
ページをめくりながら気づいたが、もしかしたらそのブローチそのものが紅霊石かもしれない。今は柘榴自身が生み出せるが、この本を作る時に母から聞いた内容はそうではなかった。
石の素材となり得る、素質がどうのこうのと柘榴を殺した集団の男たちは言っていた。もしかしたら、この本を知りたいがために柘榴を殺したかもしれない。
疑問は浮かぶが、今は確かめている場合じゃなかった。
祖母をきちんとあの世に見送るための、大事な手順を勧めなくてはいけない。
考えを切り替えるために、柘榴はまた続きを口にしようとしたが。ふいに、貫がジャケットから拳銃を取り出し、玄関の扉を大きく開けたのだった。
「おいでなすったか!」
誰に言っているのかはわからなかったが、柘榴は驚く前に嫌な寒気を感じて本を落としそうになった。この感覚は、少し似ているのを覚えていたのだ。
殺される直前の記憶が戻ったときと、似た感覚。
それがわかると、貫の背の向こうにいるのが誰なのかを予測することが出来たのだ。
「あ~あ。サンプルが逃げたから追いかけてきたのに、なに昇華させようとしてんの?」
若い男の声が聞こえ、その気だるげな物言いに柘榴は悲鳴を上げかけた。柘榴自身を殺した張本人。集団の中でも比較的若い年代の男はひとりだけだった。その本人が何故ここにいるのだろう。
柘榴を追いかけてきたのだろうか。それとも、この祖母をなにかにしようとしていたのか。あのヘドロを形成させたなにかを施すのなら、この狭間に存在できる人間かなにかなら出来ておかしくない。
腰を抜かすほどの恐怖に襲われかけたものの、祖母まで利用されたくないという想いが少しずつ湧き上がってきた柘榴は。本をしっかり抱え、立ち上がって貫の隣に立とうと駆け出した。
柘榴の存在に気づいた男は、目が合うと喜ぶにしては気味の悪い笑顔を向けてきた。ここにいたのか、と勢いで捕まえにこようと手を伸ばしてきたが。貫がさせるかと、拳銃を奴の顔の前に躊躇いもなくむけてくれた。
「あんたなんかに、おばあちゃんは渡さない!」
目的が柘榴か祖母かはっきりしなくても、それだけは決意が出来ていた。自分が殺されたのはまだ完全にショックが和らいではいなくても、これ以上身内を利用されたくなかったからだ。
次回はまた明日〜




