第13話 身内の別れは優しく①
お待たせ致しましたー
柘榴は自分の感情が『おかしい』と感じていた。自分の祖母らしき女性がにこやかにテーブル席の椅子に腰掛けても、感じたショックは一瞬でやわらいでしまい、気持ちの方も何故か落ち着いていることに。
祖母が柘榴と同じように『死』を迎えてこの狭間に迷い込んでいるという事実が、酷くあっさりと受け入れられたことについて不可思議だと感じてしまっているのだ。柘榴自身が死を越えて存在出来、人間らしい感情を取り戻したにしてもおかしいくらいわかっていても。
なのに、どこか割り切っているような変な感覚でしかない。柘榴自身はただの女子高生でしかなかったのに、どうしてしまったのだろう。夜光らの存在を受け入れたにしても、感覚がやはり鈍ったままなのだろうか。そう思う気持ちが駆け抜けても、今柘榴はただ存在しているわけではなかった。
『永遠』という喫茶店そのものが異質過ぎるからだろう。この特殊な空間で、本来の役割を夜光の口から告げられたのだから。それを意識したことで、柘榴も見習いでも一員として意識を切り替えようとした。ココアを提供した客が本当の祖母だとしても、何故あのようなヘドロ状態でこの空間に迷い込んできたのかを知りたい。そして、本当に亡くなったのであれば、見送りたかった。母の時はただただ泣くだけしか出来なかった、幼い子どもではないし柘榴の方が先に死んでしまったから。
(まだ死んで間もないし、何かの変化についていけないだけかもしれない。なら、今はこの場での立ち位置をきちんとしなくちゃ)
それに、貫が再び戻ってきたのも気になる。柘榴の身辺について情報を集めたにしては早過ぎるから、別のことかもしれない。口ぶりからして、祖母らしき女性のことだとは思うが。
「マダム。こちらの店員は柘榴くんと言うのだがね。お好きに呼ばれるといい。貴女は孫娘殿のことをどう呼んでいたのかも、思い出せるかもしれない」
夜光は、きっとわかっている。女性が柘榴の祖母であるのを。その素振りはあったし、打ち明けないようにしたのも祖母を刺激させないためかもしれない。あのヘドロになっていた理由が、おそらくそれだろうから。
「あら、可愛らしい。果物の名前なのね? そうね……うちの孫と同じくらいの年頃だから……『さくちゃん』かしら? 変?」
「……いえ。大丈夫です」
確信した。その呼び名は、亡くなった母以外だとこの祖母しか使っていなかった。今はどうしているかわからない父については、柘榴が赤ん坊のときしか呼んでいないとは聞いたことがある。
初対面で呼び名を考えるにしても、単純にちゃん付けでないところから、記憶がおぼろげでも引き出せたのだろう。こんな形で再会できても、柘榴はその呼び名をまた聞くことが出来て少し嬉しく思えた。返答はそっけない感じになってしまっても。
「よかったわ。なんだか、貴女の顔を見てからそんな風に呼びたかったの。不思議ね? 死んだというのに、孫には酷いことをしても……おばあちゃんとしての心残りがあったのかしら?」
「えっと……、どうやって亡くなったのか、覚えていますか?」
「ぼんやりだけど、思い出せるわ。この歳でしょう? 身体が弱ってきて、多分ガタがきたのでしょうね? 娘は病弱だったけど、それなりに丈夫な方だったのよ? でも、老いには勝てない……それに、主人もはやくに亡くしたから、二人分の寂しさを背負うのは無理だったかも。だんだんと起き上がれなくなってきて、そのままだったわ。孫娘のことだけが、心残りで死んでしまった。ごめんなさいって、一度も言えなかったことがね? 娘婿にも辛い役目を背負わせただけで、何もできなかったことが……ただ、辛かったの」
その孫である柘榴が目の前にいると認識できないが、この店に来たことで死んだときの経緯は思い出せたようだ。母や柘榴の名前はいっさい思い出せなくても、柘榴が死んだ経緯をきちんと思い出せなかったように、記憶の行き違いがあるのかもしれない。
(でも、ここでおばあちゃんに本当のことを言ったところで……)
別れは確定していても、心残りがさらに辛いものになってしまう。ただでさえ、あんなに酷い状態でこの狭間に迷い込んできたのだ。真実を告げてしまえば、もしかしたらもとのヘドロに戻る可能性は高い。
母を亡くしたと同様の衝撃はあったとしても、今は柘榴も死んだ身だ。それを記憶の曖昧な祖母に告げれば、想像以上の結果になり得るかもしれない。しかし、このままではいけないのは事実でもある。祖母も祖母で生前の柘榴に対する扱いを後悔しているようだから。
なら、と柘榴はいくつかの感情を飲み込んだ。
「じゃあ、あたしを……そのお孫さんと同じに、見てもらえます? ちょっとの間でも」
「あら、いいの?」
「はい」
祖母の記憶からほとんど切り離されていても。祖母の心残りを少しでも取り払えるのならば、ここでそれを昇華していこうと決めた。たとえ、孫本人だとは認識できていなくても、死人だとわかればショックは大きくなってしまう。あの世へきちんと送れるのなら、柘榴もなんとかしてあげたかったのだ。
母の時のような後悔はしたくない。たとえ、疎遠だった身内が相手だとしても。
死したことと感情の奪還から、柘榴はまだ数時間程度でも 変わろうと思えてきたのだ。
次回はまた明日〜




