第12話 優しい甘さの青いミルクココア
お待たせ致しましたー
柘榴に優しい微笑みを向けてくれた、老年の女性。ヘドロが崩れていくと服装なども露わになってきた。薄緑色の羽織に、薄いグレーがメインの質の良いお着物。草履も高価そうに見えて、とてもヘドロと同一人物に見えなかった。
だが、この喫茶店に来店してきたというこは、この女性も柘榴と同じように死者なのだろう。なら、あのヘドロにまみれた状態だったのも、訳ありだと納得がいく。
「ありがとう。……我を失いかけていたのに。このあたたかいお飲み物で、気が付けたわ」
ヘドロが完全に剥がれ落ちてから、老女は床にしっかりと足をつけてから柘榴に礼を告げたのだが。その微笑みは、今は疎遠となった亡き母側の祖母を思い出すものだった。その祖母は、母が亡くなったあとに自然と疎遠になってしまったのだ。娘を亡くしたショックを、婿と孫とうまく共有できなかっただろうと柘榴は勝手に思っていたが。
とにかく、この老女は祖母ではないのに、彼女を思い出す懐かしい微笑みを柘榴に向けてくれたのだ。
「ふむ。これは驚きだ。初めての調理なのに、いきなり『解放』を成し遂げるとは」
「ですね、マスター」
柘榴が老女の言葉にぽかんとしていたら、カウンター側の夜光や陸翔たちは柘榴の魔法について感心していた。どうやら、老女に戻した技法は初回でいきなり出来るものではないらしい。
「……え? この人、戻せたの。普通に出来ないの??」
「まさか。たしかにざっくりとした説明で実行するように言ったが、いきなり高等技術を成し遂げるセンスがあるとは驚きだとも」
「僕なんか、味が少しマシに仕上がるくらいでしたよ」
二人が揃って首を横に振るのなら、柘榴はいきなり『チート』とやらを披露したようだ。もしかしたら、紅霊石の素材にされていることで補正がかかっているのかもしれない。そう思うことにして、まだにこにこしている老女の前でいつまでも尻もちをついていてもいけないと、立ち上がることにした。
「……あの、よかったです」
しかし、夜光たちのようにうまく接することが出来ないのか、人見知りしてる態度になってしまう。そんな従業員の態度に、老女の方は気にしていなかいのかちいさく笑っただけだ。
「いいえ。可愛らしいお嬢さんの、素敵な魔法を見せていただいたこともだけど。こんな、優しい香りのココアは初めてよ? 青いけど……飲ませていただいても?」
「あ、はい。……マスター、いいよね?」
「もちろん。マダム、せっかくなのでそちらの席に」
「あら、可愛らしい犬ちゃん。……けど、素敵なお声ね?」
「光栄だね。私はこの喫茶店の店主でもあるので」
「そうなの? じゃ、お言葉に甘えて」
ローテーブルの傍にある椅子に座ろうとしていたので、慌てて柘榴は座りやすいように補助を申し出た。接客の心得などはまだ学んでいないのに、勝手に体が動いたみたいで不思議だ。老女は不快に思っていないみたいで、またにこりと柘榴に微笑んでくれる。笑顔が素敵で、よく笑う女性だと柘榴は彼女に好印象を持てた。何がきっかけで、あのようなヘドロをまとっていたのか気になるが。今は仕事中だと切り替えることにした。
「そちらの飲み物は、うちの店員見習いが初めて披露してくれたメニューだよ。柘榴くん、何をイメージしたのかな?」
「えっと、ミルクココア……です」
夜光の質問に、柘榴は正直に答えた。客を思う心の在り方。その手始めになったが、柘榴がヘドロだった女性に飲ませてあげたい飲み物を、なんとなく思い浮かんで調理してみただけ。柘榴も、生前飲み慣れたものだったと言うのもあるが。
「まあ、嬉しい。孫が小さかった頃、よく飲ませてあげていたの」
選択が良かったのか、老女はとても喜んでいた。微笑みから、今度は少女のように頬紅を浮かべて可愛らしく笑い出したのだ。
「お孫、さん?」
「ええ。名前は、何故か思い出せないのだけれど。その子とは、ある理由で疎遠になってしまったの。私の、娘が病弱で孫より先に亡くなって……辛くて、娘を思い出したくなくて、娘の夫に孫を任せきりにしちゃって。引っ越すのも反対せずに、そのまま疎遠になったわ」
「……え?」
名前は何故か憶えていないと言うが、その経緯には覚えがあった。柘榴と疎遠になってしまった、祖母の方もほぼ同じ状況になっていたのに。それが一致したら、彼女は柘榴の祖母ではないかと思いかけたのだが、夜光がいつの間にか足元に座っていて小さく『しーっ』と告げてきた。
「マダム。せっかくならば、こちらの彼女をお孫さんのように接してくれないだろうか? 喫茶店にいらしたということは、『最後の食事』になるはずだからね」
「……最後の、食事?」
まだ研修途中だったから、この犬から説明をすべて聞いていない状態。しかし、その言葉を告げるということは、いやな予感がして堪らない。
柘榴自身が先に死んでいるが、特殊な事情でこの店に留まることが出来ている。でも、この祖母らしき女性についてはそうではなかった。不安に駆られる柘榴の質問に、夜光はゆっくりと続きを話し出した。
「そう。この女性の先程の状態もあることから、未練を多く残して……亡くなった魂が狭間でさ迷っていたのだよ。私たちの主な仕事は、そんな彼らを『宝石の食事』で癒し……冥府にきちんと送り届ける準備を手伝うのだ」
「そーゆーことだ」
ばん、とまた扉が開いた。その開け方に、柘榴は少し前に起きたことと同じだったので誰かはすぐにわかった。
入り口に目を向ければ、疲れた表情の貫が息切れた様子で立っていた。もう戻ってきたにしては、早過ぎるとか一瞬思っても。柘榴の心情は、祖母らしきこの女性が柘榴の知らないところで死んでいたショックがとても大きかった。
「あら、賑やかさんね? けど、店長さんのお言葉に甘えさせていただくわ。可愛らしいお嬢さんの、この綺麗な青いココアを美味しくいただきたいもの」
そして、祖母だと思う女性は。柘榴とは母の葬式以来一切会っていなかったため、名前はともかく成長した姿だとは気づいていなかった。
次回はまた明日〜




