ある夏の出会いと別れ②
『流石にこれ以上人が増えたら収集がつかなくなる。咲良や弘人君が異常を察知する前にこの二人を早く海に放り込まなきゃ』
しかしそれでも楓は焦っていた。叶一人ならどうにか海で溺れさせる事は出来ても流石に男の幸太を海で溺れさせるにはリスクが高かった。抵抗される可能性も高く、何より殴ってしまった為外傷もあり、ただの事故に見せかけるには少し苦しかった。
「……仕方ない、リスクはあるけど他に方法がないわね」
そう呟くと楓は店の奥からビニールの紐を持って来る。紐の強度を確認するように何度か両手で紐を引っ張ると、幸太の両手に何度も紐を回し縛り始める。更に幸太の両足も同じように縛りそのまま全身を縛り終えると最後に幸太の口をテープで塞いだ。しかしそれと同時に幸太が目を覚ます。
目覚めて自分の状況が理解出来ない幸太はパニックになりその場で暴れていた。
「起きちゃったか……そのまま気を失ってくれてた方が私の気も楽だったのに。ごめんね幸太君、貴方には叶ちゃんと一緒に死んでもらうわね。愛し合う二人は叶わぬ恋の果てに崖から身を投げて心中するの。悲恋の理由は後から誰かが付け足してくれるでしょ。崖から飛び降りるんだから頭や体に傷があっても自然だしね」
そう言って楓が鉄パイプをめいいっぱいの力で振り下ろすが幸太は縛られたまま身体を捻ってなんとか躱した。幸太は全身を縛られたままなんとか立ち上がると、全身を使い飛び跳ねる様にして店の奥の方へと逃げて行く。
楓は片手に鉄パイプを握りしめ、そんな幸太をゆっくりと歩きながら追いかけて行った。
「駄目よ幸太君、そっちに行ったって逃げ場はないわよ。私だって本当はこんな事したくはないんだから。だけどね、貴方達が悪いのよ。貴方達が私と崇の秘密を暴こうとするからこんな事になったんだから。もしこれ以上逃げ回るんだったら叶ちゃんの方から先にやっちゃおうかな」
そう言って楓は奥で隠す様に寝かせていた叶を幸太に見せつけると、横に立ち笑みを浮かべて鉄パイプを振り上げて見せた。
幸太は慌てて戻って来ると、縛られたまま叶の上に覆いかぶさる。
楓はそんな幸太を冷たく見下ろしていた。
「男ね幸太君。そんな状況でも愛する人を守ろうとするなんて」
そう言って楓は鉄パイプを振り下ろす。鉄パイプは幸太の背中を直撃し、鈍い音を響かせた。
「ごふっ、ごほっ……」
口を塞がれたままの幸太が苦しそうにむせていたが、そんな幸太を冷たく見下ろしたまま楓が更に鉄パイプを幸太の頭目掛けて振り下ろす。
だが次の瞬間、下になっていた叶が幸太を抱き締めるようにして鉄パイプから幸太を守った。
「痛っ!!」
叶の声が響き渡る。鉄パイプから守ろうと抱き締める様に幸太の頭を両手で抱えた為、叶の腕を鉄パイプが直撃したのだ。
「まさかもう起きたの!?」
楓が驚き一歩、二歩と後退りすると叶が腕を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
「最悪な目覚め……ひとの彼氏にめちゃくちゃするのやめてもらっていいですか……」
ふらふらと足元がおぼつかない中、叶は自らの頭を抱えながら楓を睨みつける。
『駄目、薬のせいで思考が全然まとまらない。まだ頭はぼーっとするし身体も言う事聞かない。寧ろさっきの一撃受けた痛みのおかげで少し目が覚めてきたかもね』
まるで頭の中が霞みがかった様になっている叶を見つめて楓が口端を釣り上げる。
「まだ本調子じゃないんでしょ?お願いだからもう少し寝てなさい!」
楓はそう言って鉄パイプを振り上げ叶に襲いかかった。いまだ立ってるのがやっとの状態である叶は避ける事も出来ずに振り下ろされる鉄パイプに対して両腕を交差させて防ぐのが精一杯だった。
ガツッ――。
「痛っ」
鈍い音と叶の叫びが響くと叶はふらふらと後退りしながら両手をだらりと下げて苦悶の表情を浮かべた。
楓は無言のまま更に追撃の鉄パイプを振り下ろす。
しかしその瞬間、縛られたままの幸太が飛び込み、叶を庇うように自らの身体で鉄パイプを受け、再びその場に倒れ込んだ。
「幸太君いい加減邪魔しないでくれない?」
倒れた幸太を見下ろしながら文句を言う楓を見て、叶が目を釣り上げる。
「駄目……キレるわ」
憤怒の表情とは裏腹に、ひどく落ち着いた口調で叶が呟く。




