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二人きりの旅行⑤

 その後暫く温泉を堪能した幸太は浴衣に着替え、待合室へと移動する。待合室を見渡すが叶の姿は見えず幸太は適当な椅子に腰掛けた。


「ふぅ、叶さんはまだか」


 小さく息をつき、前日に弘人と話していた事を思い出す。

 幸太が叶と泊まりで出かけると聞いた弘人は幸太以上に興奮していた。


「本当かよ?絶対叶さんも気があるって。じゃないと二人で泊まりで出かけようなんて言う訳ないだろ?絶対叶さん待ってるって。大丈夫だ、強気で行けって」


 そう言って弘人は力強く拳を握り締め突き出して来た為、幸太も拳を合わせると弘人は満面の笑みを見せていた。


「いや、そんな上手くいくかな?」


 幸太が一人呟いた時、その言葉に返事が返ってくる。


「何が?何が上手くいくの?」


「えっ?」


 幸太が慌てて顔を上げると浴衣に身を包んだ叶が首を傾げて覗き込んでいた。


「いや、その、こっちの話で、あの――」


 幸太がしどろもどろになっていると叶は体を起こし冷めた目で見つめていた。


「ふ~ん、私には言えない事なんだ。何考えてたのか知らないけど一人でニヤニヤしてたよ」


 そう言って冷笑を浮かべながら叶は踵を返すとさっさと歩いて行く。慌てて幸太はその後を追った。


「あっ、ちょっと待ってって叶さん」


「ふふふ、やだ待ってあげない」


 そう言って微笑む叶に追いつき、二人並んで歩いて行く。


 浴衣姿の叶さんもいいな――。


 幸太がそんな事を考えながら見ていると、その視線に気付いた叶が振り向き優しく微笑む。


「何?何か言いたげね」


「あっ、いや、その浴衣姿も綺麗だなって。色っぽくていいなって」


 それを聞いた叶は一瞬目を丸くさせ、少し照れた様な笑みを見せる。


「そうやって素直に褒めてくれるのは嬉しいけど、変な事しないでよ」


 あらためて釘を刺され、幸太は苦笑いを浮かべる。


 二人部屋に戻って来ると叶は微笑みながら幸太の横に腰を下ろした。


「今君の横に行くのは危険かな?だけど変に期待させるのも申し訳ないしちょっとだけ私の話聞いてくれるかな?」


 そう言って覗き込み笑顔を見せる叶を見て、幸太は戸惑いながらも笑顔で頷く。


「私もね、子供じゃないんだから君がどんな事を期待してるか分かってるつもり。ひと夏の恋でいいんなら今日君と何かあってもいいんだけど、出来れば幸太君とはちゃんとしたいかなって思ってるんだよね。じゃあ何で今日誘ったんだ?ってなるかもしれないんだけど……そうだな、明日になったら分かると思うよ。だから今は、今日だけはこれまでの関係でいてほしいな」


 眉を八の字にして、少しはにかんだ様な笑みを見せる叶を見つめ、幸太も笑顔を少し引き攣らせながら頷いた。


 えっ?やんわり拒否された?どういう意味だ?俺はどうしたらいいんだ?――。


 叶の真意が掴めない幸太が苦笑いのまま戸惑っていると、それを察した叶が片方の口角を上げて首を傾げた。


「ごめんね、混乱させちゃった?私が我儘言ってるのは分かってるんだけど……それでも幸太君の事信用してるから、今日はもう寝ようか」


 そう言って叶は柔らかくて少し甘い香りを残し、隣の部屋へと移動して行った。部屋に一人残された幸太が今一度叶の言葉を思い出し考えにふける。

 だが、どれ程考えても叶の言葉の真意は分からず、もどかしさに頭を抱えていた。


 襖一枚隔てた隣の部屋では叶が丸まる様にして横になっていた。


「信用してるから……卑怯な言葉だよね。そんな事言えば君の事縛ってしまう事も分かってて言ってるんだから、本当に最低……自分でも分かってる」


 小さく呟きながら叶は目を瞑った。

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