告白③
その後、海の家では数時間のピークが続いていたが、十五時頃にようやく一段落をみせる。
さすがに咲良や叶も疲労困憊となりひっそりと店の隅で座り込んでいた。
「いつもこんなに忙しいの?流石に疲れたわ」
「今日はいつも以上ですよ。毎日これだったら流石に倒れます。叶さん大丈夫でした?変な奴に触られたりしませんでした?」
「大丈夫よ、大半は上手くあしらったし。一人手を握ってきた奴いたけど笑顔で『仕事の邪魔なさるなら退店していただきますよお客様?』って言ったら苦笑いしながらすぐに離してくれたし」
叶と咲良がそんな事を笑いながら話していると楓が笑みを浮かべながら割って入る。
「叶ちゃん大丈夫?もししつこい奴いたら私に言うのよ。昔ね、セクハラが酷い客がいて、あまりにしつこいからって思いっきり右ストレートかました子がいるのよ」
そう言って楓が咲良の方を見つめると、咲良はバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。
「いや、あれはあのおやじが悪かったじゃないですか」
「まぁそうだけど、あの後酷く揉めたんたがらもうしないでよ」
「はぁい」
少し不貞腐れた様に咲良が返事をするのを見て、叶はくすくすと笑っていた。
「咲良ちゃんそんなに酷い事されたの?」
「ええ、それまでもかなり酔っ払っててしつこかったんでね、無視して行こうと思ったら後ろからいきなり抱きつかれて両手で私の胸触ってきたんですよ!?頭来て気が付いたら殴ってました」
話しながら当時の事を思い出したのか、咲良は眉根を寄せて身振り手振りを加えながら説明していた。するとその会話に弘人も更に加わって来る。
「あれは酷かったですよ。あの瞬間、俺も思わず飛び出しそうになりましたけど、すぐに楓さんや周りにいたお客さんが間に入って収めようとしてましたよね」
「まぁうちの子守らないといけないからね。あれは流石に見逃せなかったわね確かに」
叶はそんな話を微笑を浮かべて聞いていた。
「咲良ちゃん、よくそれで済ませたね。私なら振り向きざまに肘打ちかまして、膝蹴り入れて潰しちゃうかも」
そう言って冷たい笑みを浮かべる叶を見て、弘人は『何処を潰すんですか?』と気にはなったが口に出す事はなかった。
「そういえば弘人君、まだ食材は残ってる?」
暫く休憩もかねて話し込んでいたが楓が突然弘人に尋ねた。
「いえ、焼きそばとさざえはとっくに無くなりましたし、イカととうもろこしもさっき無くなりました。残ってるのってフランクフルトがあと少しかな?」
「そっか。じゃあ今日はもう店じまいだね。咲良、表の札『閉店』に変えといて。さぁ皆で片付け始めましょう」
楓の一言で皆、閉店作業を始めると残っていた客にも退店を促し、少し早めの閉店終了となった。
「叶さん。下、水着とかじゃないんですか?早く終わったんだし海で遊びましょうよ」
咲良が着ていた服を脱ぎ、水着姿になって叶に尋ねていたが、叶は少し顔をしかめて首を振る。
「水着は着てないわね。海に来て言う事じゃないかもしれないけど、あまり肌焼きたくないのよ」
「えっ?日焼け止め塗ったらいいじゃないですか。水着すぐそこで売ってますよ」
「はは、まぁ明日以降、水着は用意しとくから今日はやめとく。弘人君と二人で楽しんで来て」
二人がそんな会話を交わしていた時だった。海辺の方から叫び声が響いた。
「救急車!早く!人が溺れたぞ!」
慌てて二人が振り向くと、既に浜辺には人だかりが出来ていた。弘人を連れて三人で駆け寄ると男が一人砂浜で横になり心臓マッサージを受けている。男はぐったりしていたが、その男の顔を見て叶が一瞬眉根を寄せた。
あの人、確か――。
その男は海の家で叶の手を握り、注意を受けていた男だった。暫く見守っていると男は息を吹き返し、周りの者達は安堵の声を上げる。
直後に救急隊が到着し、男は抱えられながら救急車へと向かって行ったのだが、男の背後に黒いモヤの様な物を確認した叶は人知れず静かに笑みを浮かべていた。
「へぇ、なるほど……」
浜辺には少し不穏な空気が立ち込めていた。




