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第四話 魔法属性判定式と新たな出会い

「わあ。ここが、今日魔法の属性判定を受ける教会ですか? すっごい、サクラダファミリアっぽい……あ、違う。えっと、とっても立派ですね!」

「ああ。王都にあるこの教会は、この辺りにある教会の総本山だからね。一段と荘厳に作られているんだ」


 ティエラの言葉ににこにこと笑って頷く。

 サグラダ・ファミリアか。そういえばあの建物は、もう完成したのだろうか。

 久しぶりに聞いた単語に懐かしさを感じつつ、ティエラに手を差し出す。


「さて、早速中に入ろうか」

「は、はい!」


 ティエラは少し緊張した面持ちで、おずおずと僕の手を掴む。そのまま、ぎくしゃくと手足を動かして歩き出した。

 空色のドレスは、ティエラが歩くたびにふんわりと裾が広がる。


「なんだ、お前も来ていたのか」


 そこに後ろから声が掛かる。


 振り返れば、紺藍の三つ揃えのスーツを着た男性が立っていた。

 きっちりと固められたボルドーの髪は前髪に少し白髪が混ざる。紅色の目は、不機嫌そうに細められている。


「なんだ、サムか。ああ。ティエラが五歳になったからね。そういう君は?」

「うちも同じだ。真ん中の息子が五歳になったのでね」

「息子? そうか、ティエラと同じ年だったか」


 よく見れば、サムの後ろには紫紺の髪の小柄な男の子が隠れていた。紅色の瞳は、目元がサムによく似ている。


「お父様。こちらの方は、どなたですか?」


 サムと話していると、ティエラが僕のスーツの袖を引っ張ってくる。


「ああ、すまないね。こちらは魔法省で一緒に仕事をしている、副官のサムだ」

「ご挨拶が遅れて申し訳ない。サム・フラワードだ。こちらは息子のリフネ」

「フ、フワラード伯爵家が次男、リフネ、です。えっと、お会いできて、こうえい、です」


 サムは堂々とした態度で胸に手を当て、軽く引いた足を交差させると会釈する。その後に続き、彼の息子のリフネも少し緊張した面持ちで同じように礼をする。

 爵位に関係なく僕やティエラに大きな態度で接してくるサムは流石なものだけど、息子はそうもいかないらしい。


「ごあいさつ、ありがとうございます。わたくしはソンブレージャ侯爵家が長女、ティエラと申します。フラワード伯爵におかれましては、父がいつもお世話になっております。リフネきょうも、お会いできて光栄ですわ」


 ティエラはにこやかな笑顔で完璧なカーテシーを返す。つらつらと淀みなく挨拶をするティエラは見事なものだ。全て言い切った後で、ほっと息をついている姿も愛らしい。

 後で好きなものをたくさん買ってあげよう。


「ふん。別に世話などしておらんわ」


 ティエラの言葉に対し、サムは不満気な顔のまま突き放す。

 よし。彼には後で期日が近く、確認事項も多い書類を大量に送っておこう。


「全く。貴様が居ると分かっていたら、別の日にずらしたと言うのに」

「そんな言い方をしなくても、いいじゃないか」


 大袈裟に溜息をつくサムに、少しムッとする。


「だがまあ、貴様の鼻を明かせると思えば、悪くはないか。俺の息子が優秀じゃないわけがないからな」


 太々しい態度でそう言うサムは、好戦的な笑みを見せる。

 サムとは王立学院の初等部から一緒だが、こういうところはなかなか好きになれない。

 何かと張り合おうとしてくる姿に、眉を顰める。


「子供をダシに使うのは駄目だろう。こっちは取り合わないぞ。それに、ティエラの才能の前じゃ、勝負にもならないだろうからな。見たか? さっきの完璧な挨拶を!」


 おっと、努めて冷静に返そうと思っていたが、思わず本音が溢れてしまった。

 サムは思い切り顔を顰めている。

 でも仕方がないじゃないか。それだけ、先ほどのティエラの所作は足の角度、背筋の伸び具合、全てが素晴らしかった。


(ここにジェニーがいれば、この感動を分かち合えたのに!)


 残念ながらジェニーは体調が芳しくなく、今日は家で休んでいる。


「お父様、あの、それ以上は……」


 ティエラの声に下を向けば、恥ずかしそうに頬に手を当てている。それでもどこか嬉しそうな表情に、頭を撫でたい衝動に駆られる。


(はっ。いけない!)


 今日はティエラの晴れ舞台。ドレスも髪型も、今日の日のために綺麗に整えられている。だから気軽に頭を撫でるなとジェニーからきつく言われていた。


「ティエラじょうは、すごいですね! ぼくはいつも緊張してしまい、あいさつがうまくできなくて」

「ふふ。ありがとうございます。今日は練習通り、うまくできましたわ」


 サムの息子のリフネの言葉に、ティエラがふわりと笑って返す。


「よし、ティエラ。早速、魔法の属性判定を受けに行こうか」


 息を飲んだリフネの様子に、咄嗟にティエラに声をかける。これ以上、奴の息子にティエラの笑顔を見せるなんてもったいない。


「はい。えっと。お互い、よい結果になるといいですね。それでは」


 再度ティエラは優雅にカーテシーをすると、僕の手を取る。


「……心の狭い奴め」


 呆れた声でサムが何か言っていたような気がしたが、気にせず教会の入り口を抜け奥へと向かう。


 教会の中は白を基調とした荘厳な作りになっている。石膏の柱や壁には要所要所に細かな彫刻が彫られ、どこか厳かな雰囲気が漂う。


 リフネに褒められたからか、それとも周りの視線を感じてか、ティエラは終始、粛々とした雰囲気で歩いている。

 それでも時々、周囲を見回したい衝動を抑えられない様子で、そわそわしている。


(この魔法属性判定式が終わったら、ティエラと美味しいものでも食べに行こう)


 ティエラが頑張っているんだ。それくらいのご褒美があってもいいだろう。

 食事系、甘いお菓子、ティエラはどちらがいいだろうか。そうだ、ジェニーや屋敷で待ってくれている使用人たちに何か買っていってもいい。


 そんなことを考えながら進んでいくと、足元の感触がつるりとした大理石に変わる。


「わあ。とってもきれいですね」


 ぱっと広がった空間に、ティエラが思わず声を漏らす。


 教会の外れにあるこの場所は、天井が高く、吹き抜けの空間になっている。

 最奥には一輪の青い薔薇を掲げた女神像が建っている。その足元に広がる限りなく透明な泉に、天窓からきらきらと光が差し込む。


「ようこそ、おいでくださいました。どうぞこちらへ」


 泉の間にいた神父の一人が、手にしたお盆に薄く泉の水を張る。それを祭壇に下ろす。


「お父様……」

「大丈夫。行っておいで」


 不安そうにこちらを見上げたティエラに、笑顔で背中を押す。


「はい。行ってまいります」


 ティエラは唇をきゅっと結ぶと、おずおずと祭壇に近付く。


「こちらに手を翳して、名前を告げてください」

「ティエラ、ソンブレージャです」


 神父に言われるまま手を翳したティエラが、緊張気味に名前を告げる。

 それに呼応するように、お盆の水が揺らぐ。


「少し、ちくりとしますよ」


 神父が小さな魔法陣を描いて、少しの魔力を込める。一瞬の緑の光の瞬きの後、ぱたた、とお盆の中に一滴の血が垂れる。


 その途端。六色の光がスパークした。


「きゃ」

「ティエラ!」


 慌ててティエラに駆け寄って、後ろから身体を支える。


 強い風が室内を駆け抜けて、泉の中心ですっと消える。僅かに揺らいだ水面が、茶色、青、赤、緑の四色に輝き出す。

 祭壇の上のお盆を覗けば、泉と同じ四色の他に、紫と黄色の光も湛えている。


「これは、一体……」


 目を丸くして神父を見る。神父も驚いたように呆然としている。

 神官たちも俄かにざわつき、泉の周りは騒然となる。しばらくしてはっとなった神父が、一つ咳払いをする。


「失礼しました。私どもも、このようなことは初めてで……」


 神父はお盆と泉の水をじっと見る。虹のような六色と四色の光は、混ざり合うことなく渦を描く。


「どうやらティエラ様は地水火風、四属性の適性をお持ちのようです。そのうえ、闇属性、光属性の可能性も秘めているようです」


 ややあってから顔を上げた神父が、興奮気味に続ける。


「このようなこと、私が知る中でも初めてです! ティエラ様は極めて稀有な才能をお持ちのようだ!」


 神父の言葉にティエラと顔を見合わせる。思わず破顔した。そのままティエラを抱え上げて、腕に抱く。


「凄い! 凄いじゃないか、ティエラ!」

「えへへ。ありがとうございます、お父様」


 やっぱりティエラは天才だ。魔法の適正が四属性、まして六属性になる可能性まであるなんて、本当に素晴らしいことだ。


(僕の時とは、大違いだ)


 自分の魔法属性判定式の時は、ティエラとは違う意味で教会内が騒然となった。

 あの時は本当に大変だったが、そのお陰で今があると思えば、それなりに意味のあることだったのだろう。


「よし。何でも欲しいものを言ってごらん。甘いお菓子でも、ぬいぐるみでも、ドレスや宝石でも。ああ、魔導書でもいいな。好きなものを幾らでも買おう」

「そんな悪いです」

「ティエラへのお祝いだ。何も遠慮しなくていい」


 初めは断っていたティエラだったが、重ねて言えば恥ずかしそうに頬に手を当てる。


「えっと、それじゃあ、マルベリー・ラズベリー先生の新刊が出たんです。キャロット・ラディッシュ先生の新刊も……」


 そういえば最近、ティエラがよく読んでいる小説があったな。その作者だろうか。


「あと、お母様や屋敷で待っている皆さんにも、何か買っていきたいです!」

「それじゃあ、全部買いに行こう」


 泉やお盆の中の光は少しずつ収まってきている。神父に礼をすると、後ろを向く。

 そこには、苦虫を噛み潰したようなサムと、紅色の目をきらきらと輝かせてティエラを見るリフネの二人がいた。


「なんだ。君たち、居たのかい」

「気付いておったくせに白々しい。それにしても六属性だと? そんな、いや、でも……」


 苦々しい表情でぶつぶつと何か呟いているサムの脇を抜け、リフネが駆け寄ってくる。


「ティエラじょう、すごいですね! いろいろな色の光がきらきらと、とてもきれいでした!」

「ありがとうございます」


 にこにことお礼の言葉を述べるティエラに、リフネの耳が赤くなる。……これは、本格的に危ない気がする。


「よし。ティエラ。さっさと街に買いに行こう」

「リフネ。お前の番だ、こっちに来い」


 ティエラに声をかけた背後から、苛立たしげにサムがリフネを呼ぶ声がする。

 二人とはそこで別れて、教会を出るとティエラと街に向かう。


 ティエラ御所望の本を買い、メイドに教えてもらった流行りのカフェに行き、ジェニーたちへのお土産も購入する。

 思っていた以上に帰りが遅くなり、心配したジェニーから怒られてしまったが、実に充実した一日だった。

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