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第三話 娘は転生者?

「おとーさま。また、まほーをみせてください!」

「いいとも。それじゃあ、早速裏庭に行こうか」

「はい!」


 今日の仕事を終えたお昼過ぎ。ティエラの様子を見に行こうと部屋へ向かっている途中で、ティエラに遭遇した。

 僕の顔を見るなり、ラベンダーの瞳を輝かせて突撃してくるティエラに、もちろん断るなんて選択肢はない。

 ティエラを抱き上げると、裏庭に向かう。


 屋敷の裏庭はちょっとした魔法の訓練スペースになっている。小さい頃はよく自分もここで魔法を練習していた。

 それが母にバレて、元々ただの裏庭だったのが整えられた。


「ティエラは、どんな魔法が見たいんだい?」

「にじの、まほーがみたいです!」

「わかった。虹の魔法だね」


 笑顔で頷くと、さっと指先で空中に魔法陣を描く。

 少し魔力を加えれば、白い光の残像を残して、空に大きな虹がかかる。


「わあ。いつみても、おとーさまのまほーは、きれいですね」


 ティエラは僕が作った虹をきらきらとした表情で見上げている。


「んーと、んーと。おとーさまは、こうやってたから」

「ここは、水を意味する魔法式が入るんだ。それで、こうなって……」


 必死に僕の魔法陣を思い出そうとしているティエラに、実際に地面に描いて魔法陣を解説する。


(魔法を教えてくれた先生も、よくこうしてくれたっけ)


 少し懐かしく思いながら教えていると、ティエラは真剣に魔法陣を観察している。

 その横顔は真剣そのもので、もうすぐ三歳の誕生日を迎える子供とは思えない。


「なるほど。えっと、ここは、こうだから……うーんと、こう、でしょうか? えいっ」


 ティエラが地面の魔法陣を真似て空中に魔法陣を描いてみる。瞬くような青い光の後に、一瞬だけ小さな虹がかかった。


「——凄い! 凄いじゃないか、ティエラ!」


 思わずティエラの頭を撫でてそう言えば、ティエラは嬉しそうに目を細める。


「えへへ。ありがとーございます」

「そうだ。何か欲しいものはあるかい? 今日の記念に、プレゼントを贈るよ」

「え、そんな! いまでもたくさんもらっているのに、わるいです!」


 僕の申し出にティエラは遠慮するように、首を横に振る。


「父さんがプレゼントしたいんだ。遠慮することないぞ」

「えーと、えーと、それじゃあ、また、いろいろなまほーをみせてください!」


 少し悩んだ後、そう言うティエラのなんて奥ゆかしい。

 可愛い上に人への配慮も出来るなんて、我が子は天使か何かだろうか。


「はは。ティエラは謙虚だな。そんなところも魅力的だぞ」


 笑顔でティエラを抱き上げれば、恥ずかしそうに腕の中で身を小さくする。そんな姿も愛らしい。


「それじゃあ、今度はどんな魔法が見たいんだい?」

「ありがとうございます! おほしさまのまほーが、みたいです!」


 その後もティエラにせがまれるまま魔法を披露しては、教えていく。ティエラはすぐに魔法陣を覚えると、拙いながらも幾つもの魔法を使ってみせた。




「ジェニー、聞いてくれ! ティエラが凄いんだ!」


 廊下の先にジェニーを見かけて、大股で近づく。ジェニーが顔を上げると、彼女と話していたらしいメイド長が一礼して去っていく。


「あら、今日は何をしたの?」

「僕の魔法を真似して、再現してみせたんだ!」

「まあ、あなたの魔法を?」


 裏庭での出来事を興奮気味にジェニーに伝える。ジェニーは驚いたように目を丸くした。

 ちなみにティエラは裏庭で魔法を使って疲れたのか、今はお昼寝中だ。


「ああ。もちろん、全く同じとはいかないけれど、それでもまだ三つにもならないのに魔法が使えるなんて! 僕だって、四つになる頃にようやく出来るようになったのに……」

「普通は、五歳の魔法属性判定式をもって、魔法が開花するものなのだけれどね」


 ジェニーは頬に手を当てて息をつく。そう言えばそんなことも昔、魔法の先生が言っていたな。

 やっぱりティエラは凄い。天才かもしれない。


「そうなんだ。ティエラは僕とは違って、魔法の才があるぞ!」

「国から賢者とも呼ばれる、あなたのような人が何を言っているんだか」


 ジェニーはそう言うが、僕に魔法の才がないのは侯爵家の者ならば周知の事実だ。


「まあ、僕の魔法は少し特殊だからね」


 小さい頃、なかなか魔法が発動できなくて編み出したのが、今僕が使っている魔法の元になっている。

 あの時は成功するまではそれなりに大変だったが、その過程も楽しかった。


「……まあ、そういうことに、しておきましょう」


 ジェニーは納得していない様子だったものの、ふっと表情を和らげる。


「私も、ティエラの魔法を見てみたかったわ。先程の裏庭の方に出ていた大きな虹は、あなたの魔法?」

「ああ。ティエラが見たいと言ってね」

「失礼いたします。旦那様、奥様。お部屋にお茶のご用意が出来ましたので、どうぞ」


 その場でジェニーと話していたら、メイド長が戻ってきて声を掛けてきた。


「ありがとう、ペルシャ。ジェニー、すまない。僕が気を利かせるべきだったよ」


 ジェニーは今でこそ普通に過ごせてはいるが、数年前まではずっとベッドに寝たきりの状態だった。

 快癒してからしばらく経つものの、ずっと立ちっぱなしは辛いだろう。


「ふふ。大丈夫よ。あなたのおかげで、もうすっかり回復したんだから。それにティエラもいるからか、最近はとっても調子がいいの」

「それならいいが、無理はしないでおくれよ」


 おろおろする僕に、ジェニーはにっこりと微笑む。


「もう、心配性なんだから。ペルシャも、部屋の準備ありがとう」

「滅相もございません」


 メイド長の案内で、ジェニーと二人で部屋に移動した後も、晩餐の時間までしばらく話し込んだ。




 人見知りがちなティエラだが、好奇心は旺盛で何にでも興味を示した。

 特に魔法に興味津々だったものの、それ以外のことも少し教えればすぐに覚えた。


 実際、ティエラは優秀な子供だった。


 一歳ですらすらと言葉を話し、二歳で文字の読み書きもマスターした。

 そして三歳になる頃には魔法まで使えている。


(僕も言葉や文字はすぐ覚えたけれど、魔法はそうもいかなかったからな)


 ティエラはきっと、僕より優秀に違いない。

 そんなことを思いながら、ティエラの部屋のドアを軽くノックする。


「申し訳ございません。ティエラお嬢様はお昼寝中でして」


 細く開けたドアから出てきたメイドが申し訳なさそうに頭を下げる。


「ネリネか。そうか、すまなかったね。それじゃあ、ティエラの顔だけ見て戻るよ」


 今日は思ったよりも仕事に手間取って遅くなってしまったから仕方ない。

 メイドが開けてくれたドアから中に入り、ベッドで静かに寝息を立てるティエラの顔を覗く。幸せそうな寝顔に、ふっと頬を緩める。


(昔も、仕事が遅くなった時はこうして娘の顔を見たな)


 その寝顔に、ふと、前世の娘の小さい時の姿が重なった。


 システムエンジニアとして働いていた前世。

 なるべく定時で帰るようにはしていたが、どうしても案件によっては帰りが遅くなってしまう。

 娘も僕を待ってくれていたけれど、待ちきれずいつも眠ってしまっていた。


(瑠花は結局、僕のせいであんなことになってしまったけれど)


 だからこそ、今度は必ず、娘のことを守ってみせる。

 改めてそう誓いながら、寝ているティエラの頭をそっと撫でる。ティエラはむにゅむにゅと小さく身じろいだ。


「ティエラが寝ているところ、悪かったね。それじゃあ、帰るよ」


 メイドに小声で声を掛けると踵を返す。その時、机の上に置かれたノートが目に入った。

 なんとなく気になって机に近付く。


「これは?」

「旦那様をお待ちしている最中、ティエラお嬢様がお描きになられておりました」


 思わず手に取って、ぱらぱらとページを捲る。そこにはまるで絵本のように、イラストと共に文字も添えられている。


「すまない! ちょっと、借りていくよ」

「旦那様、お静かに!」

「ああ、申し訳ない」


 しー、と口元に指を添えるメイドに謝ると慌てて口を噤む。ティエラを見れば、小さく唸った後で寝返りを打った。

 起きる様子のないティエラにほっとして、ノートを拝借して部屋を出た。




「ジェニー、聞いてくれ! ティエラが凄いんだ!」

「あら、今日は何があったの?」


 途中で会ったメイド長にジェニーの居場所を聞いて、サロンまでやってくると中に飛び込む。

 ジェニーは持っていたカップをソーサーに戻す。それを机の上に置くのを待ってから、ノートを開いて見せる。


「ティエラが、こんなものを描いていたんだ!」

「まあ、絵物語ね」


 ティエラのノートに、ジェニーも驚いたように目を見開く。


「ああ、まだ三歳になったばかりだというのに……! ティエラは天才だ!」

「確かにティエラはとても優秀だし、頑張っているわよね。でも、あなた」


 興奮する僕の手からジェニーがすっとノートを取ると、ぱたんと閉じる。


「勝手に、人のノートを見てはいけませんわ。それに持ってきてもダメよ。親しき仲にも礼儀あり、でしょう?」

「ああ、いや、すまない。君に一刻も早く見せたくて……」


 自分を諌めるジェニーの言葉に、しゅんと肩を落とす。

 確かに、たまたま目に入ったとはいえ、持ってくるのはやり過ぎたかもしれない。ちゃんとティエラにも謝ろう。


「ふふ。あとで、二人で謝りにいきましょう」


 ジェニーはそう言いながら笑うと、ぱらぱらとノートを開く。


「灰被りのお姫様のお話ね。魔法使いに、ガラスの靴。まあ、よく考えられているわね。それにこっちは、赤い頭巾を被った女の子のお話かしら」

「灰被りにガラスの靴、それに赤ずきんだって?」


 妙に聞き馴染みのある単語に、ジェニーの横からノートを覗き込む。ジェニーは僕にも見やすいようにノートを広げてくれた。


「あなたも見たんじゃないの?」

「いや、ちゃんとは読んでいなかったから」


 ジェニーからノートを受け取り、しげしげとティエラの描いた物語を読む。


「なんだか、懐かしい気はするのだけれど、どこで読んだのかしら……?」


 首を傾げるジェニーの横で、思いがけず息を飲む。


「これは、もしかして……」


 少なくても、こんな内容の物語はどちらもこの家の書庫にはない。いや、似たような話はあるかもしれないが、この世界で聞いたことはない。


(ティエラは、まさか僕と同じ転生者でもあるのか?)

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