第7話 彼らはみんな
「あれ? お父さん、なんのゲームやってるの?」
自分の部屋からリビングに出ると、ダイニングのイスに腰かけてお父さんがゲームをしていた。
「ああ、ちょっと瑠花のゲームを借りているよ」
向かいの席に座ると、お父さんの手元のゲーム機をのぞきこむ。
「あ、『ブルーローズの誓い』。やってくれてるの?」
それは、私が今ハマっている乙女ゲームだった。
オープニングムービーが流れ、次々とイケメンたちが映し出されていく。
最後にメインキャラたちの集合絵をバックに、ゲームタイトルが表示された。
「どうにかして、この子を助けたいんだけど」
そう言ってお父さんが見せてきたのは、ゲームパッケージ裏の一場面。
ブロンドのロングヘアーに、ラベンダーの瞳の少女が描かれている。
「ティエラを? そういえば、お父さん、前もティエラのこと気にしていたよね」
「だって、かわいそうじゃないか」
「まあ、たしかにそうかもしれないけど……」
ティエラはどのルートを選んでも、ヒロインの邪魔をしてくる。だから、正直、面倒なキャラクターだ。
生い立ちには、同情しないこともないけれど。
「でもティエラってヒロインのライバルキャラで悪役令嬢だし、攻略できないよ?」
ゲームによっては、ヒロインとライバルの友情エンドとか百合ルートとかルートが開けばプレイできるものもある。
でも、このゲームには実装されていない。
「そうなんだよ。攻略サイトも見てみたけど、どのルートもこの子が迎える未来はバッドエンドばかりだし。悪いのはこの子じゃないのに……」
なげくお父さんは、ほんとにくやしそうだ。……少し、こっちが引きそうになるくらい。
「僕が、ティエラの父親だったら、絶対寂しい思いなんてさせないのに!」
お父さんがゲームを始めると、さっそくティエラとエンカウントする。
その姿は強気で、弱さも孤独も見せつけない。
「たしかに、お父さんがお父さんだったら、ティエラもさみしくないかもね」
「当たり前だ。父親にとって、娘は特別なんだから」
「えー、なにそれ」
ティエラがヒロインを邪魔してくる大きな理由は、愛情不足からの嫉妬だ。
だから、お父さんがお父さんだったら、きっと、そんなことにはならないだろう。
(ちょっと、過保護すぎる時もあるけどね)
お父さんはそのあと、王子ルートに進み、ノーマルエンディングを迎えた。
ティエラはもれなく、国外追放されていた。
◆◆◆
ふ、と目を覚ますと、見慣れたアイボリーの天井が目に入る。
(……なんだか、なつかしい夢をみていたような……)
それは、この世界に生まれてくる前の記憶。遠い、遠い前世の思い出。
「ティエラ! 目が覚めたかい?!」
ふかふかのベッドの上でぼんやりしていると、お父様が顔をのぞきこんでくる。
「おと……さま?」
言葉をかけたかったけれど、のどがカラカラでうまくしゃべれなかった。
メイドのネリネに支えてもらいながら体を起こす。差し出された水をゆっくりと飲む。
お父様はベッドの横に置かれたイスに腰かけて、私のことを心配そうに見守っている。
「お父、様。わたくしは、一体、なぜベッドに?」
「王宮でのパーティーは覚えているかい? 城を出た後、入り口のところで倒れたんだ。なかなか目を覚さないから、このまま起きなかったらどうしようと……。ああ、本当に良かった」
「王宮、パーティー?」
涙目のお父様が、ぐっと横から抱きしめてくる。その腕のあたたかさを感じながら、口の中でつぶやく。
そうだ。私はたしかに、王宮のパーティーに参加していた。
きらきらと輝くシャンデリアに、きらびやかなエントランス。天井が高く、柱の細工がきれいな大広間。
そして、金の髪をした王子。
「うっ」
そこまで思い出して、ずきん、と頭が痛む。
「ああ、すまないね。起きたばかりだというのに。ゆっくり、休みなさい」
お父様があわてて私をベッドに寝かせる。掛け布団を口元までしっかりかけてくれた。
(……お父さんも、小さい頃、よくこうしてくれたな)
さっきまで見ていた夢のせいかな。ふと、お父様にお父さんの姿が重なった。
お母さんが病気で死んじゃってなかなか眠れなかった夜。いつも私が寝るまで、こうして布団をかけてそばにいてくれた。
なつかしさにうとうとと眠りかけていると、こんこん、とドアが叩かれる。
ドアを開けたネリネがお父様に耳打ちしている。
「旦那様。ティエラお嬢様に、お客様がいらっしゃったようです」
「何? またあいつらが来たのか。今すぐ追い返せ! ああ、いや私が出よう」
普段は聞かない、お父様の強い口調に思わず肩がピクリとはねる。
それに気づいたのか、お父様は私の頭をなでてにこにこと笑う。
「驚かせてすまないね。ちょっと悪い虫を追い払ってくるから、失礼するよ」
「悪い虫? それよりも、わたくしの客であれば、お迎えしなくては」
「ああ、ティエラは病み上がりなんだ。無理は良くない」
ベッドから出ようとした私をお父様が必死に止める。
「でも……」
「いいから。父さんに任せておきなさい」
お父様はそう言うと席を立つ。呼び止める間もなく、ささっと部屋を出ていく。
「でも、やっぱり目が覚めたのだし、わたくしも」
「いえ、ティエラ様はどうぞ、お休みください」
ベッドから出てお父様の元に向かおうとしたら、ネリネにまで止められてしまった。
(もう、みんなして、過保護なんだから!)
ちょっとむすっとしてみたけれど、ネリネはゆずらなかった。
せめて誰が来たか確認しようと、窓に近づく。そっとカーテンを開ける。
「あれは……ベルモント王子?! え、なんで、ここにいるの?」
窓の向こうにきらめく金髪が見えて、思わず声をあげる。
「それにファルコ卿と、あの方は……騎士団長のご子息のレックス卿だったかな」
王子の隣には、レモンイエローの髪をした宰相のご子息、ファルコさんがいる。二人から少し離れた場所には、マゼンダの髪で褐色の肌をした男の子が控えている。たしか、騎士団長のご子息だった、はず。
レックスさんとは、あの王宮パーティーで王子との謁見前に軽くあいさつをしただけだ。
あの時は王子と会えるドキドキでそれどころじゃなかったし、交わした言葉はあいまいだけど、私は、あの方を知っている。
(ううん。あの人だけじゃない)
ふ、と窓ごしにベルモント王子と目があった気がした。あわてて、しゃがんで隠れる。
ズキズキと、頭がまた痛みだす。その場にうずくまると、心配したネリネが駆けよってきた。
「ティエラ様、大丈夫ですか?!」
「うう、頭が、混乱する……」
頭をかかえる私の背中を、ネリネがやさしくなでてくれる。
もう一度だけ、窓から外をのぞきこんでみる。王子たちは、お父様に追い返されているところだった。
……あんなことをして、不敬にならないのだろうか。
でも、今だけはお父様に感謝だ。とても今の状況で、彼らに会える気がしない。
私は、あの人たちのことを知っている。それこそ、ずっとずっと前から。
王子も、宰相や騎士団長のご子息も、そして幼なじみのリフネくんも。
(てゆーか、みんな、ブルーローズの誓いの攻略キャラじゃん!)
王子にティエラのお見舞いイベントなんてない。
なんで、こんな状況になっているの?