プロローグ
リーン、ゴーン……
何処までも続く青空に、教会の鐘が響き渡る。
参列者が振り撒く薔薇の花びらが舞う道を娘のティエラが歩いていく。その顔は、とても晴れやかだ。
(ああ、本当に良かった)
純白のドレスに散りばめられた宝石に陽の光が反射してきらきらと煌めく。
ブーケを持つ手には、指輪が淑やかに輝いている。
ずず、と控えめに鼻を啜る音が聞こえて、隣を見る。妻のジェニーがティエラの姿を眩しそうに眺めている。
その目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。
肩にそっと手を置けば、顔を上げたジェニーが木漏れ日のような温かな笑顔を向けてくれる。
(ああ、本当に、良かった)
今世では、こうして妻と二人、娘の晴れ姿を見ることができて。
今度は自分が泣きそうになって、目を細めて空を見上げる。
雲一つない空は高く、今日の佳き日を祝福しているようだ。
「お父様、お母様」
目の前までやってきたティエラが声をかけてくる。
「今まで、本当にありがとうございました。ずっとわたくしを守ってくれたこと、本当に感謝いたします」
その言葉にジェニーと目を合わせると、どちらともなく、ふ、と笑い合う。
「ティエラ、結婚おめでとう。これからは、あなたが彼を支えるのよ」
優しい笑顔でジェニーがティエラにそう言うのを聞きながら、今までのことに思いを馳せる。
ここに来るまでは、本当に色々とあった。それでも無事に今日を迎えられて、嬉しく思う。
娘の隣にいる奴は、ちょっと気に食わないけれど。
「お父様?」
妙に感慨深くなり、何も言えずにいるとティエラが不思議そうに見上げてくる。
目が合って、にこりと笑いかけてくる姿に、一瞬、前世の娘の姿が重なった。
泣きたい気持ちをぐっと堪えて、笑顔を見せる。
「いや、私……父さんの方こそ、ありがとう。本当に、おめでとう」
ああ、本当に今日の日を迎えられて良かった。
隣には妻がいて、目の前には花嫁姿の娘がいる。
前の人生では見ることの出来なかった光景に、鼻の奥がつんとなる。
(これでもう、きっと、大丈夫だ)
きっともう、娘が悪役令嬢とやらになることも、破滅することもない。
りんごん、りんごん、祝福の鐘が鳴る。真っ青な空に白い鳥が飛んでいく。
始まりはそう、あの日——。