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第5話 根回し

 窮地の健斗を救うように声をあげたのは、やはり玲だった。玲は健斗を実子から引き剥がして、今度は健斗を自分の胸に抱き寄せた。震えていた健斗の体は、徐々に落ち着きを取り戻していった。


「私がオフィスに来た途端、佐々木君が『音無が岡本さんに連れていかれた、多分俺たちじゃ止められない!』と言ってきたの。……急いで駆けつけて良かった、危ない所だったみたいね」

「れ、玲さん。これはその……」

「大丈夫よ健斗君、状況は全部わかっているから」


 実子に抱き寄せられていたという誰が見ても普通は誤解されるような状況だった。そんな様子を見た玲は誤解せずに健斗を受け入れた。オフィス中から悪意を向けられていた彼にとって、彼女の優しさは心底沁みた。健斗は思わず涙がこぼれた。


「岡本さん。そのような話、私は認めた覚えがありませんよ?」

「冷女さん、金曜じゃないのに何故ここにいるんですかー?」

「貴女がグループチャットで不穏な話をし始めたからです。直ぐに駆けつけられるよう、今日は近くのオフィスに出社していました。そのチャット、会話に参加したことはありませんでしたが、閲覧は可能な状態にさせられていましたので」

「……どうもオジさん達が、余計なことをしてくれていたようですねー」

「っ!」


 実子は口調こそ崩さないが、自分の計画からずれた行動を取った人に毒づいている。健斗はこんな恐ろしい人物に逃げ場を無くされ囲い込まれる寸前だったのだと分かり、全身に悪寒が走った。彼の震えに気づいた玲は抱きとめる力がより強くなる。


「そもそも彼の上長である私に話が来ていないのですから、通るはずがありません」

「実は、そうでもないんですよー?」

「どういうことですか?」


 そう言いながら実子はチャット画面を閉じて何かのデータを開いて二人に見せた。開かれたファイルは異動届、しかも承認印も電子で押印済みとなっているものだ。つまり、健斗の異動手続きが完了しているという証拠である。

 

「この通り、もう必要な承認は貰ってるんですよー」

「……これ、部長や上の人たちの承認印が、押されている……」

「でも、私が押すべき欄に部長達の印が押されている。これは正当な手続きとは認められないはずですが?」


 玲の言う通り、課長の承認の欄にはなんと山岸の名前で印が押されていた。直属の課長である玲が無視されているため本来なら認められないはずなのだ。しかし、ふふーん、と実子は得意げにその理由を語りだす。

 

「泉さんが普段本社にいないから、印を貰えなくて困ってるんですよー……って上の男性たちにお願いしたんです。そしたら皆さんから、音無さんの悪い噂も後押しになって快くOKしてもらえちゃいましたー」

「……そうか、この人達は以前の飲み会で玲さんが全く相手にしなかった人たちだ」

「そういう事ですよー。役職のある方たちはあまり敵に回さない方が便利ですから」


 実子は自慢の愛嬌を遺憾なく発揮する事で、他の社員から可愛がられている。特に男性社員からよく目をかけてもらっている。彼女はそれを利用して、自分の我が儘を秘密裏に通してきているのだ。つまり彼女は想像以上に社の決定権を多く握っているという事になる。それを察した健斗は絶望してしまう。


「それじゃあ俺は本当に……?」

「……今から私が抗議しても、きっと曲げる事は出来ないわね。上層部はもう、岡本さんの言いなりみたいだもの」

「そんな……、そんなのって!」


 声にならない叫びは給湯室からは漏れなかった。自分の生きがいとも言える職場を無理やり変えられる事に、健斗はとても耐えられそうにない。


「ここでは私の決定は大体通ります。例え冷女さんの命令でも変わりません。……なので音無さん、諦めて私のモノになってください。ね?」

「岡本さん、貴女は……」

「ここで何と言おうが、もう異動は決定しちゃってますので。よろしくお願いしますねー」


 実子は最初から用意してあったお湯と茶葉をお盆に乗せて、社員たちにお茶くみをしに去っていった。給湯室には呆然とする健斗と、ため息をつく玲が残された。


「はあ……これは本当に、どうしようも無いわね」

「そ、そんな……。俺は玲さんとでなきゃ頑張れませんよ!」

「落ち着いて、そういう意味で言った訳じゃないわ。……君の家で話したい事があるから、二人で半休を取って話しましょう」

「は、はい……?」

「もう、仕事出来る気分じゃないでしょう? 私の前で無理はもうさせないから」

「玲さん……」


 その後、玲は健斗との打ち合わせという事にしてオフィスを離れてやり過ごした。そして昼になったら直ぐに二人で家を出た。玲の話とは一体何なのだろう、と不安を抱えたまま、健斗は玲に引っ張られていくのであった。

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