第四話 結局のところ神は神
微妙な空気があたりに充満し、双方、沈黙が続いた。
するとすぐにその子はおもむろに口を開く。
「だーかーら、お・ま・え・は、」
「いや、日本語はわかるわ。現実が受け入れられないんだ。」
どうもおかしい。福の神たち、いや今は優里たちか……の、神通力はどうなったんだ。
全員に神通力が効いて記憶が改変されたから、今はつつがなく学校生活を送れているんじゃないのか?
俺は今頃あんぐりと口を開けているのだろう。そんな俺をみて彼女はふっと笑う。
「ふむ、確かにすぐにはこんな話信じられないかもしれない。だが、もう安心してくれ。」
「少しも安心できない。」
「この、神楽琥珀に出会ったからには、もう大丈夫だ!」
ここぞとばかりに決めポーズを決める。人の話を全く聞かないな、この人……あと、人を指で差すな。
「なんだか今日から学校に来た、優里と紋…だったかな? そいつらについて誰も言及しない。
そこで不審に思ったから、第二人格に訪ねてみたところ、以前からいるというではないか!
人智を軽々と越すような、絶大な力が働いているとしか思えないだろう?」
なんだろう、言っていることは至極荒唐無稽なはずなのに、当たっているからタチが悪い。
「こんなことができるのは、神の他にいない! そういう結論に至ったのだよ。」
「待て、だったらなぜ悪神だと決めつけるんだ?」
「そんなもん、オーラを見れば一発でわかるだろう。」
いきなり常識を外れてくるのやめてほしい。いや話はずっとありえないことだけどさ。
「というか、優里とやらの通った自販機はその日当たりが頻発したらしい。それを鑑みると、片方だけが悪神なのだろう?」
「……ッ」
この後発せられる言葉は決まっている。いつもそうだ。
「そのままではお前に悪影響を及ぼしかねん。この宮司候補が直々にお祓いをしてやろう。」
「断る。貧乏神はいい子だ。おそらく彼女にも色々あったんだ。貧乏神というだけで追いやるのは違うと思う。」
「そうは言ってもな、そいつは貧乏神なのだぞ? 困るのはお前じゃないか。」
「多少の損害は承知の上だ! それにあいつは、今まで散々虐げられてきたみたいなんだ。
だから少なくとも、俺がいる間は、ちゃんと笑っていてほしいんだよ」
また沈黙が流れる。それでもさっきより、だいぶ軽い気がした。
「フッ、アハハハハハ」
「な、どこがおかしいんだ!」
「いや〜どこまでもお人よしだな、お前は。」
お人よしだろうか。普通、人間ならいじめられてきたやつを助けないのだろうか。
「わかった。お前がいいと言うのならやめておこう。」
そういうやいなや、彼女はゆっくりとこちらに倒れかかってきた。
「うわっ、と。大丈夫か?」
「……君は?」
「さっきまで会話してただろ。あ、名前は言ってなかったか。周だ。」
「ほうほう、ウチは神楽玲奈。よろしくな〜」
「……名前が変わってない?」
「? あー、琥珀のやつ、説明したんやなかったんか。」
口調も関西弁だ。もしかして、さっき言っていた第二人格って、まさか多重人格ってことなのか?
「ウチはこの体の第四人格やで〜。自分で言うのもなんやけど、一番話しやすいから交代させられたんやろうな〜」
「ちょっと待て、じゃあ神通力が適用されてたのは、第二人格のやつだけだったのか!?」
「? 神通力? なんかよくわからへんけど『翠』の様子がおかしかったから、そうとちゃうんか〜?」
流石の神様も、多重人格は想定してなかったみたいだな。仕方ない、あとでその『翠』にかかってる神通力を解いてもらおう。
「じゃあみんな一気に自己紹——」
「今はいいよ。また会うときに個別で話したい。それにこのままじゃ昼飯を食いっぱぐれる。」
「食い意地の張ったやつやな。じゃあ今はお預けにしておこうか。」
壁に寄りかかり、目を閉じた。人格が変わる時は、少々動けないらしい。
……数秒後、目を開けると人差し指を突きつけ、神楽はニヤリと笑った。
「よし! もうすぐ昼休みが終わるだろうから、教室に戻るといい!」
こいつは……さては琥珀か。
カ〜ン、カラーンコ〜ン、コローン〜
「タイミングいいな。じゃあ戻るとするか。」
「おう! 一応はクラスメイトだしな! 行くとしようか、貧乏神の宿主よ」
貧乏神の宿主とは、まあたいそうな呼び名だこと。
……ていうか結局弁当食い損ねた。
数学兼理科教師兼、一年生担任の、八戸先生がゆっくりとドアを開ける。
この学校は慢性的な人材不足だから、複数教科の資格を持ってる先生がありがたがられるんだよな。
そして、ありがたがられるあまりに転勤ができなくなって、この辺境の学校に骨を埋めることになる……南無…。
「今日の授業は、金利についてだ。苦手なのはわかるが、気を引き締めてやってくれよ。」
たった十数人しかいないはずなのに、教室が騒がしくなる。貧乏神と福の神は初めての事態に戸惑っている様子だ。
それにしても、金利の授業ってなんなんだ? それって数学なのか?
「はい、やっていくぞ〜。では、一年間、100万円を表面金利3%で貸した時、一年後には元利合計はどうなるか?
複利周期は四半期としてくれ。」
本題に入るのが早いな! え〜っと、金利がなんだって?
「それじゃあ……小鳥遊!」
「はい、複利計算式の『FV=PV×(1+r/k)^nk』に基づくと——」
そのあとはもう何を言っているのか全く意味がわからなかった。
だが、ペラペラと福の神は楽しそうに話してる。数学が好きなんだろうか。
あんな可愛い笑顔を見るのは初めてだ。いつも素直に笑ってくれればいいのに。
放課後、日も傾きだした教室で福の神に聞いてみることにした。
「なあ優里、お前って数学得意なのか?」
「あったりまえじゃない。福の神として、金勘定は必須事項よ。」
「いいな! 数学できるって羨ましいよ。なんだかインテリって感じするし。」
「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めていいのよ。」
「本当に、見直したよ。仕事熱心なんだな。福の神が金銭の計算ができるって、信頼できる。」
「そりゃ、当然のことで……。」
「当然のことを当然にやるってのは難しいことだ。だから、すごいよ。」
「な……な……。べ、別に褒めても何も出ないわよ。大体、最初は全然できなかったの!」
「なら、なおさらすごいよ。頑張ったんだもんな。」
「!! そんな…そんなことないわよ。……そんなに褒められても……困る……。」
俯いた後、そう小さく呟いた。照れているのだろうか。
互いに俯き、どのような言葉をかければいいのかわからない。
「よし、周! 帰るぞ!」
「「!!」」
後ろから突然声をかけられた。この強引な話ぶり、他の誰でもない。
仁王立ちしていたのは、当然、神楽琥珀だった。