第三話 「いつも通り」という奇跡
インフルエンザに罹ってしまい、投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
時計の針は午前5時きっかりを指している。
カチカチとなる秒針の音は、時の流れを実感させる。
今日は月曜日。誰もが一回も経験したことがある、あの特有の倦怠感というか、しんどさがあるんだよな。
やっぱりこの季節になると、布団から出るのが億劫だ。
億劫だが、布団から出なければ何も始まらない。枕元に用意しておいた着替えに手を伸ばす。
どれ、今日の朝ごはん当番は俺だ。こだわりたいところだが、そんな余裕はない。
「あ、周、おはようございます。やっぱり早起きですね。」
「そういうお前こそ、今日はやけに早いじゃないか。」
「今日はちょっと、ね。特別な日ですから。」
? どういうことだろう。何かいいことでもあったのかな。
それとも、俺が忘れてるだけで実は大切な日だったりするのだろうか。
「あれ、そういえば福の神は?」
いつもは俺よりも早起きな福の神がいない。
元々は一人暮らしだったから、間取りの都合で全員同じ部屋で布団を敷いて寝ている。
そういうわけだから、まだ寝ている訳ではないだろうし……
「あ〜、福の神さんはちょっと用事がありまして……」
「そうか。まあ、場所さえ知ってれば大ごとにはならないだろうな。」
「……」
「じゃあ、福の神って今日は朝ごはん食べたのか?」
「はい。適当に済ませたみたいですよ。確かチョコレートを一個だけでしたね。」
栄養バランスはしっかりしろってあれほど言ったのに。夕飯は野菜多めにしようっと。
「ハクション!うー、なんだか誰かあたしのこと噂してるのかしら。」
福の神のことはさておき、作り置きのにんじんと卵のしりしりが入ったタッパーの蓋をあけ、レンジで五分くらい加熱する。
干したワラビを少量のごま油で炒めて、焼き色がついたら切った油揚げをいれ、仕上げに鰹節を振りかけて弁当箱に白米を敷き詰める。
ありあわせだが、栄養バランスは保証しよう。バランスのいい食事、適度な運動、規則正しい生活習慣。
結局のところ健康な生活にはこれが欠かせないな。
「行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
家から出るとすぐそこには鯉の泳ぐ小さな池が見える。
『餌やり禁止』の看板の主張が強くて景観を損なっている気がするが、まあそれだけ重要なことなんだろう。
次に辺りを見渡すと、イチョウの木が道沿いに規則正しく植えられている。
秋になるとこの辺りの景色を見るだけで心身と目の保養になるな。
「ん? おーい、アマネー!」
「お、湊じゃねえか。今日は珍しく早いな。遅刻魔のくせに。」
坂の上で手を振っているそいつは、オシャレには無頓着なボサボサの茶髪をしている。
でも足が速いせいか、それとも人懐っこい笑顔のためか、女子には結構モテているみたいだ。
「てかさー、アマネー、この辺りって何にもなくないか? あるのは公民館と商店街くらい。」
「今更何言ってんだ。自然はいっぱいだろ? 一年のどこをとっても穏やかな自然が見られるぞ。」
植物だけでも、近年珍しいカタクリが群生してたり、栃の木の森が生えたりしてたり、秋になったら茜の花もひっそりと咲いている。
「俺バカだから、そういうものの良さがわかんねーわ。」
「まあまあ、自然を楽しむのに知識はいらないから。綺麗って思うだけでも楽しんだことになるんだよ。」
「なるほどな、アマネと話してると風流な気分になる。」
「ああ、それならよかった。」
カ〜ン、カラーンコ〜ン、コロ〜ン〜
始業のチャイムが鳴った。今日の日直は……っと、俺か。「起立! 礼!」
『おはようございます!』
うちの学校は山奥にあるせいなのか、生徒数がかなり少ない。
1学年あたり10人ほどのクラスが1つだけ。
さらに高校しかないので、この学校の生徒数はおおよそ30人ほどだ。
「おはようございます、周! 久しぶり……ではありませんね。」
「ん? その声は、び——」
そう言いかけた時、俺は慌てた顔の貧乏神に口を手で塞がれてしまった。
「ははは、二人とも、今日も仲良いな!」
湊に茶化されてしまった。普段なら何か言い返すが、口を塞がれているので何も言えない。
「(ダメですよ! 私はここでは貧乏神ではなく、『九十九紋』なんです)」
そう耳打ちされる。何が何だかわからないので、一つ一つ聞いていこう。
「(まずなんでなんの前触れもなくお前が学校にいるんだ?)」
「(周の言う『学校』がどんなものなのか気になったんですよ。なかなか面白そうなところじゃないですか!)」
え? そんな理由だったのか。でもいうほど楽しいのか?
……ちょっと待て、そういやなんで湊が貧乏神のことを知ってるんだ?
「(おい、湊に何をしたんだ?というより、なんで湊がお前のことを知ってるんだ?)」
「(ああ、えっと、それはその……)」
「鈍いわねえ、アンタも。人間の常識から外れた現象は、ほぼ全て、神通力によるものなのよ。」
「あ、福の——」
「(しー、あたしは『小鳥遊優里』だってことにしといて。人間だってことのほうが、何かと都合がいい)」
「(それより、まさかとは思うが、神通力を使って記憶を改変したっていうのか!?)」
そうでもなきゃ、会ったこともないやつのことなんて、知っているはずがない。
「(そ。でも、確かにちょっと神らしからない行為だということは百も承知だわ)」
「はあ、まあ、過ぎたことだしもういいか。でも、お前ら他の人には見えないんじゃなかったのか?」
確か前は、俺ぐらいしか見える人間がいなかったから困ってた気がしたんだが。
「それはあれですよ、許可がいただけましたので。福の神さん経由で。」
だから朝いなかったのか。
「ふふふ、私に感謝してくれたっていいのよ、びん…じゃなかった紋!」
「ありがとうございます。私の無理なお願いに答えていただいて、本当に助かりました。」
「!! 素直に感謝されるとリアクションに困るわね。」
「あれ? 感謝して欲しいのではなかったのですか?」
「あ〜もう! わかったから!」
昼休み、俺は朝作った弁当を開けようとしたが、昼飯が要ることを知らなかった二人に、購買に付き合わされることになった。
「周、『購買』というものは、どんなものが売ってるのですか?」
「うーん、まあ惣菜パンとか、ジュースとかかな。でも弁当の方が安上がりで済む。」
「惣菜パンってあれ? お腹を満たすために作られたパンのことよね?」
「まあ、そんなとこだな。脂質と糖質が多いから、頻繁に食べると体調を崩すので、あんまりよろしくない。……って弦さんが言ってた。」
さて、惣菜パンについてレクチャーしていると、もう購買に着いた。
「いらっしゃい、周くんがここにくるなんて珍しいわね。」
もういつからここにいるのかしれない、ベテランのおばちゃんが笑いかけてくる。
「ああいや、俺はただの付き添いですよ。この二人が昼飯を用意してなかったみたいで。」
「おや、紋ちゃんに、優里ちゃん。あなたたちがここにいるのも見たことがないわね。」
本当に来たのは初めてだからな。
「わあ、色々なパンがありますよ!特にこのコーンパンとか、美味しそうです!」
「あたしはこの、焼きそばパンとかが美味しそうに見えるわ。」
「二人とも、飲み物は?」
「あたしはお茶。結局一番無難なのよね。」
「あの、ココアってありますか……?」
あの時の味がよっぽど忘れられなかったんだろう、もう一度飲んでみたいらしい。
「もちろん。今は冬場だしね。わかった。そこの自販機で買ってくる。」
財布の中を見てみると、家から入れてきたお金がやはり半分になっている。もう慣れたもんだ。
それを見越して倍の金額を持ってきておいて正解だった。
あったか〜い、ほうじ茶のペットボトルとココアの缶を大事に抱える。
戻ってくる頃には会計を終わらしていたみたいで、二人もパンを二つずつ、両手いっぱいに大事そうに抱えていた。
もう何かを持つほどの余裕がなさそうなので、飲み物は俺が持つことにした。
「というか、二人は授業とかって分かるもんなのか?」
「はい、私はなんとか……」
「あたしはさっぱり。何を言ってるのかすらよくわからないわ。」
「お、アマネ! お昼、俺も混ぜてよ〜!」
湊が話を聞いていたのか、仲間に入ろうとする。
「お、もちろんだ。隣座るか?」
「「……」」
「……あー、やっぱりいいよ、アマネ。ここに座らせてもらうね。」
そう言って、湊は俺の左斜め向かい、つまり誰とも隣り合わないところに座った。
そして、弁当の蓋を開けようとした時、俺は何者かに襟首を掴まれて、廊下に連れ去られた。
「いてて、苦しい苦しい。」
「黙れ。」
なんだよ、どうして今日はこんなに弁当にありつけないんだ? 誰か今日の献立に恨みでもあるのだろうか。
「いてて、なんの用? もうすぐ昼休み終わるから、早くしてくれると助かるんだけど。」
「お前、悪神に取り憑かれているぞ。」
ひどい猫背で下から見上げてくるその子は、制服のサイズが合ってないのか、袖が垂れている。俗にいう萌え袖ってやつなのか?
ズレたメガネを直し、人差し指を突き立て、その子はもう一度言った。
「お前は、悪神に取り憑かれているぞ。」
……なんで二度言うんだ。しかもドヤ顔で。