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第一話 貧乏と笑顔の始まり

「あ、ごめんなさい!」

ズルズル、ジャラ、ガラガラガラ!!

夕飯をよそおうと、数枚机に取り出しておいた皿が勢いよく滑り落ちる。

ガシャーン!!パリ、パリーン!!

そしてそのまま、数枚があえなく粉々に割れてしまった。

「うう、やっぱり私が貧乏神だから…」

彼女は落ち込むあまり、泣いてしまった。色白い頬が赤く染まり出している。

物はいつか壊れるから、仕方ないことだと思うけど…

「別に誰も怪我しなかったから大丈夫だよ。さ、ご飯食べようよ。」

「ぐすっ、そうですね、お夕飯をいただきましょう。」

そんな微妙な空気の中で、夕飯を食す。

いつも通り作ってくれるご飯のはずなんだが、涙目の彼女を見ると落ち着けない。

こんな時は、彼女と出会った時のことを思い出してみよう。




…俺は、神酒みき あまね。こんな名前以外は至って普通の高校生だ。

今日は木枯らしが吹き荒れる曇り空。記憶にも残らなさそうなただの一日、かと思っていた。

が、何か一味違うようだ。

見慣れた通学路、そこには見慣れない財布が落ちている。たまには変わったこともあるみたいだな。

ま、中身を抜き取るなんて邪道な真似はしない。いくら今月のガス代が払える金額でも、だ。

情けは人のためならず。きっとカミサマもどっかで見てくれてるだろう。

そうして、学校とは逆方向の駐在所へと向かった。一時限目には間に合わなさそうだ。

すると駐在所の入り口には、ボロボロの服を着た少女が立っていた。

とても華奢で、背丈が俺の胸ほどまでしかない。

前髪が目元までかかっていて、どこを見ているのかも分からない。

…? お巡りさんは気付いてないのかなあ。

そう思いながら、引き戸をゆっくりと開ける。

「すいません、財布が落ちてました。」

…いないみたいだ。まあ、田舎の駐在所ならよくあることだ。

とりあえず、『落とし物入れ』と手書きされたカラーボックスに財布を入れる。

『不在時にはこちらに連絡を』とあった電話にかけようとした時——

「おやあ、ミキくん——ミキタカくんだったか? 元気してた?」

「あ、弦さん、おはようございます。」

近所の弦さんだ。背負ったカゴには大根がたくさん入っている。

「てか、ミキは名前じゃなくて苗字ですよ。」

「そうだったかの?」

こうなったら、単刀直入に聞いてしまおう。

「あの、弦さん、あの女の子はどこの家の子ですか?」

そうして、俺は少女のいる方を指差す。弦さんも同じように指を指した方を向く。

すると彼女は、急いで駐在所の陰に隠れてしまった。

「ん?どこにおるんじゃ?」

「さっきまでいました、けど……」

見てる。ひょっこりとこっちをのぞいている。弦さんは気づかないのだろうか。

チラチラとのぞいては慌てて隠れるさまは、野うさぎのようだ。

「ふうん、そいつは神様かもしれんな。わしが子供の頃は、ここには小さな神社があったんだ。神無月に出雲に旅に出た神様たちの宿場として伝説が残っとるんじゃと。お参りに人間が一人来たと思ったら、朝には代金を残して綺麗さっぱり元通り、らしいぞ。」

「へえ、それは確かに神がかってますね。」

そうこう無駄話をしているうちに、日が高くなってきた。

「おっと、もうこんな時間か。カミさんに怒られちまうな。カッハッハ、またな。」

なんだったんだ、一体。なんで俺にしか見えないんだろうか…「もしかして、私が見えるんですか?」

うん? 後ろから声がする。まあ声の主は大体見当がつくので、返事をする。

「ああ、見えるよ。」

「やっぱり、そうだったのですか。少々、お話をしても?」

しかし、この少女は何者なんだ?何となくわかる気がするが、俺はうなずいた。

「あー、でも、歩きながらでいいか?」

「もちろんです。」


勾配の緩い、長い長い坂をゆっくりと登りながら、謎の少女(仮)と話すことにした。

「単刀直入に言うと、私は神です。」

普通の人が言うと、違和感マシマシのこのセリフ、だがこの子なら妙にしっくりくる。

「まあ、なんとなくそんな気はしてたよ。」

「まあ、そうですよね。信じるはずがありませんよね………。

 ……………………………………。

 …………………えぇえええっ!? 今、なんて!!?」

「あれ、信じてほしいんじゃないの!?」

「いや、驚いたりとか、戸惑ったりとか、不審に思ったりとか……」

彼女の苦労が偲ばれる…。よっぽど今まで人間に相手にされなかったんだろう。

「他の人には姿が見えないんだね。」

「普通は、見えないはず…なんです……」

そう知った上で俺に話しかけてくるなんて、この子も相当変わり者だな。

それとも、気付いてもらえないと思っていても、話しかけずにいられなかった——?


「それで、神様って一口に言っても色々あるけど、どんな神様なの?」

「…それは…」

急に黙り込んでしまった。なんだか気まずい。

道の脇の、すっかり葉の落ちたブナの林からヒタキの声だけが響く。

木枯らしが枯葉を運ぶ。もう冬になったんだな……。

ふと彼女に目をやる。そういえば、季節外れの半袖を着ていて、寒くないのだろうか。

「くしゅん…!」

なるほど、やっぱり寒いらしい。

「公民館に寄ってってもいい?」

「え? え、あ、はい…」

この田舎じゃ、公民館の自販機は貴重なライフラインだ。ああ、温かい飲み物を入荷してくれてありがとう。

…やっぱり、ココアかな。

と、財布を取り出した。が、財布の底に穴が開いていて、硬貨のほとんどが無くなっていた。

俺は一旦財布を閉じる。目を擦ってもう一度開ける。また閉じる。開ける。閉じる。開け(ry)

「あれ!? どんどん硬貨の枚数が減ってってないか!? マジックかよ!!」

この財布は昨日友達に泣きついて買ってもらったものだ。だからまず穴なんて開いてるはずがない。

かろうじて残った百円玉三枚を手に取る。大丈夫。三百円あればココアを二本買うことはできる。

よし、あとはお金を入れるだけ——チャリン。

気づくと、百円硬貨が一枚、手から滑り落ちて坂をコロコロと転がっていく。

その先には排水溝。もう結末は分かりきっている。

ぽちょん!

うん。知ってた。

そして一連の騒動を勝ち抜いたなけなしの二百円で、温かいココアを買い、彼女に手渡した。

すると、一瞬目を丸くして、ココアの缶を一瞥すると、黙って首を横に振った。

開けられないのかな? パキャッ、「はい、どうぞ。」

「あ、いや、あなたが飲んでください。あなたのお金で買ったんですから。」

「俺のお金で買ったんだから、どうしようと俺の勝手でしょ? あげるよ。」

「むう…」黙って頬を膨らませるようになってしまった。

「いいから飲んでみ、美味しいよ。」

「…」

缶の口から、甘い香りが辺りに広がる。それだけで気分が舞い上がっていく気がする。

ワンピースの裾をキュッと掴んで、立ち上るココアの湯気をチラチラと見ている。

やれやれ、世話の焼ける子だな。そっと缶を渡した。

「あちち、ふーっ、ふーっ、甘い! そして、あったかい…」

すると、真っ直ぐに倒れてきた。俺はすぐに気付いて支える。

安心して、眠ってしまったようだ。仕方がない。一旦ちゃんとしたベッドで寝かせてやるか。

彼女…そう、貧乏神は、俺の背中の上で、ゆっくりと眠りこけていた。


「どうしました? お夕飯、お口に合いませんでした?」

「あ、いや、美味しいよ。ほら、この煮物だって、よくできてる!」

俺は、煮物を慌ててかき込む。温かい厚揚げや大根が、冷たい身に染みる。

「あち、あち、あち、」

そして、当たり前だが熱い。

「クスッ」

「どうしたの?」

「なんでも、ありません。」

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