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8.親衛隊


手元にあるピンクの封筒の中身を緊張しながら探る。その中には一枚の紙があった。


三つ折りにされたそれをゆっくりめくる。


 


"クドウ様


 まずは先日の第三王子ノア様とクドウ様がアンティークに訪問された際に非礼を行い大変申し訳ありませんでした。

 そして今一度、ノア様がアメリアの事を大変気に入ってくださったことに感謝致します。

 またノア様の温情により、アンティークは施設の充実と修繕の工事が始まりました。なんとお礼を言って良いのかわかりません。誠にありがとうございます。

 ただ一つ、旧知の中であるクドウ様だからこそ申し上げたいのですが、アメリアとあのような形でお別れしてしまったことが本当に気がかりでなりません。

 アメリアは元気にしていますでしょうか?あの時に出来たコブは治りましたでしょうか?


 ちゃんと笑えていますでしょうか?

 

 アメリア1人に一つの町が買えるほどの額の寄付と施設の工事費をご配慮頂いたノア様ですから手荒なことはされないと思いますが、私の娘を大事にしていただけたらと思います。

 クドウ様、どうかアメリアをお見守りくださいませ。


              ソフィア”





私はその手紙を読みながら感情がごちゃ混ぜになって涙が溢れた。


10歳で親を亡くして荒んでいた私に、踊りを教えて居場所をくれたソフィア。

そのソフィアや踊り子のみんな、そしてアンティークとのお別れは本当に突然だった。


前向きにポジティブに目標を作って2週間やってきたけど、信頼していたソフィアに私は売られたんだと思うと結構辛かった。


でもこの手紙を読んで、ソフィアの気持ちがわかったような気がしてとても救われた。


私を心配して、娘だと言ってくれて、本当に嬉しい。


ありがとうソフィア。大好きだったよ。



ノアも、何も言わなかったけどアンティークに出資してくれたんだね。

というか私に払った額が町一つって…え、どういう事⁇

第三王子のお金の使い方桁違いすぎない⁈


え?…町……わからんッッ!!!もう金額を考えるのはよそう。


でもそんなに多額の金銭が動いて施設の工事も始まってるって、私はもう絶対アンティークに戻れないよね?


…う〜ん、ここで頑張るしかない。




…ヨシッ!!


気合いを入れ直してソフィアの手紙を元の場所にそっと戻す。そして大股で部屋前方の自分の席に着くとノアの書いた教科書を読み解いて行った。



その日、私にキスをして頭を冷やしに行ったノアは帰ってこなかった。


頭を冷やすために山へ滝行にでも行ったのかと思ったけど、あんなことがあった後で私だってノアの顔を見ると気まずい。

だからひとりになれたことにホッとして、ものすごく勉強に集中できた。




次の日。


「アメリア様。本日ノア様は別件でお忙しいため、お勉強はご一緒できないとのことです。ですので急遽ではありますが、これからの予定は変更となります。」


私付きのメイドをしてくれているミナミさんが私の髪を結いながらそう言った。


「あっ、そうなんですか?わかりました。」


昨日のことを気にしてるのかな?

ここのところずっと一緒だったからか、なぜか少し物足りなさを感じてしまう。



ミナミさんはクドウさんと同じ黒髪で切長の黒目をしている女性だ。多分歳は私より少し上くらいだと思う。


スラっとした細身の長身で、他のメイドさんたちとは違い、長い髪を後ろで一つの三つ編みにまとめて、常に黒いパンツスーツを身につけている。

フリフリのメイド服を身につけていないからかクドウさんみたいに執事のようなカッコ良さがある。


第三離宮にきて、私が出会った黒髪と切長の目をした人物はクドウさんとミナミさんだけだ。



「アメリア様、私に敬語はおやめ下さいと何度も言っているではありませんか。」


ミナミさんは私の髪を丁寧に結ったあとに少し不満げに短く息を吐いた。


「いや、でも平民がいきなりご令嬢のようには振る舞えないです…振る舞えないよ。」


私が苦笑いしてそう言うと、ミナミさんは私の顎をクイっと指で掬う。


「ご自分を勝手に平民や令嬢などカテゴリー分けするのもおやめ下さい。貴女様はこの国ただ唯一のアメリア様という尊いお方です。…お分かりですか?」


少し怒ったような仕草をするミナミさん。その切長な眼差しの色香が凄い。これは男女共に絆される!!


「え、わ、わかりません。」


私は思わず緊張してどもってしまった。



「…お分かりですよね?アメリア様??」


笑いながら圧を掛けてくるのはクドウさんと全く同じだ。


「わ、わかったわ。(全然わからん)」


「はい。ではアメリア様の好物のチョコレートをお食べくださいね。お口を開けて。」


そう言ってサイドテーブルに置かれている薔薇の砂糖飾りが付いたゴージャスなチョコレートを口に運ばれる。


一度ミナミさんに準備の最中に食べ物を食べたりして良いの?と尋ねたけれど、アメリア様だから良いのです。と強引に言われて、事あるごとにご褒美をくれるのだ。


気づけばこの2週間完全にミナミさんに餌付けされている。

でもこの飴と鞭が絶妙で私はすっかりミナミさんのペースにのまれていた。


アンティークでは高身長の踊り子が男装をして踊る曲などがあったけど、ミナミさんがそれをしたら絶対人気が出ると思う。


そう思いながら口の中のチョコレートの甘味を堪能していると


「首元の噛み口は絶対に隠さないようにとノア様から仰せつかっておりますから、鎖骨に垂れる首飾りをしますね。」


と言われて思わずむせ返った。


「ゴホッゴホ!」


「あらあら、愛いですね。アメリア様は。」


穏やかな表情と機敏な動作ですかさずお水をくれる。


「牽制したいんですよ。長く待ち侘びたアメリア様のことになると余裕のない方ですからね。」


と笑顔で言われて含んだ水を吹き出そうとしてしまった。


「ゴホッ、な、なんて??ノアは私には意地悪しかしてこないけど??」


そう言いながらこれまでのノアの行動を思い出す。



…確かに最初はドアに挟まれたり、薄気味悪いと言われたり散々だった。


でもここに来てからのノアは、起きた時に横にいてくれたり(ドアで挟まれたせいで気絶したのだけれど)噛み跡に軟膏塗ってくれたり(噛み付くのが悪いのだけれど)忙しいはずなのにずっと付きっきりで勉強を教えてくれたり…ちょっとだけ、優しい…のかな??



ん??


いやいやいや、ビジネスパートナーに噛み付いたり勝手にキスしてきたり、充分意地悪されてるよね??


金色の輝く髪を揺らして長い睫毛を伏せながら唇を含むようなキスをしてくるノアのむせ返るような甘い香りを思い出してボンッッ!!と頭の火山が爆発した。


っあぁ〜〜〜!!ノア!!あの美貌の王子め、うぅ〜〜。優しいのか意地悪なのか、よくわからんッッッ!!!



そう思い赤面しながらウンウン唸っていると、クスクスッとミナミさんの笑い声がしてハッとする。


「アメリア様の百面相、愛いですね。」


「おちょくらないで!ミナミさん。」


恥ずかしくて顔を伏せてドレスを掴む。



「でもまぁノア様もアメリア様の前では拗らせ男子初等生のような方ですが、あの顔面に頭脳も武力も桁違いです。これからが大変ですよ。」


「…へっ?」


ポカンとした顔でミナミさんを見つめると、もうそこに笑みはなく真面目に私を見ていた。


「アメリア様の前ではそんな素ぶりなどされないと思います。というよりもノア様本人も今までずっと注目を浴びてお育ちになっていらっしゃいますから、環境に慣れ過ぎて全く気付いていないのではと思いますが、すでにこの第三離宮で密かに親衛隊が出来ております。」


「親衛隊?!」


思わず私はゴクリと喉を鳴らした。


アンティークにいた頃のお客さんたちのことを思い出す。

アンティークにもファンクラブと言うものがあった。人気の踊り子になればなるほどお客さんたちの応援は加熱して、売り上げには貢献してくれるものの、時にはお客さん同士の殴り合いや踊り子の私物を盗もうとする人まで現れて問題になることも度々あった。



ノアの親衛隊の人たちってここで働く使用人の方たちだよね?此処の第三離宮はかなり広大とはいえ、ひとつの建物。そこにノアも親衛隊の皆さんも住んでいるし、身の回りのお世話だってしてもらっているはず。

するとかなり距離が近いのでは?



「そ、それってノアの身が、結構危険なんじゃ??」


内情も知らずに思ったことを口にしてしまう。するとミナミさんはにっこり笑い


「それは大丈夫です。ノア様は王族とはいえイガの一般家庭で育った方ですので、自分のことは全て自分でされます。更にノア様に少しでも色目や羨望の眼差しを向けた者は親衛隊発足人である隊長が親衛隊への入会を促し、掟の元しっかりと管理しています。」


「ほ、ほぉ。」


「隊長が入会金や年会費を徴収し、その代わりに会員証の発行や月刊広報誌、ノア様から直々に給与を頂いて一言労いの言葉をかけてもらえる抽選会などを行っています。」



…思ったより親衛隊って凄いんだね。


アンティークのふわふわした規律のないファンクラブとは違い、かなり厳格に組織化されているみたい。


「なんかその隊長さんをされてる方って、あのノアも隊員の方も管理できて凄く敏腕そうだね。」


そういうとミナミさんはまたクスクス笑った。


「隊長が一番ノア様に熱を上げてますからね。少しでも無礼を働く者がいたらすぐに毒を盛ってしまいますよ。まぁ、あの頭の切れる男がノア様を守るためにやってる仕事でもありますし。」


それを聞いて直ぐに隊長が誰か分かってしまった。


「…絶対クドウさんでしょ。親衛隊隊長。」


「御名答でございます。」


ミナミさんは微笑みながら小さく拍手をした。



「まぁ、なので既に第三離宮の中でさえも人を魅了されているノア様です。そのノア様がこれから正式に第三王子であり次期国王陛下だと世に知れ渡れば大変な騒ぎとなりますでしょう。」


その様子を想像して、私はもう一度ゴクリと喉を鳴らした。


「なので、アメリア様は婚約者としてノア様をクドウと共にお守りくださいね。」


いいえ、私はそのノアを殴って逃亡しようとしてます。

とは言えず


「…はい。」


と神妙な面持ちでまた嘘をついてしまった。


「まぁ、ノア様をお守りする前にアメリア様に間違いを起こす者がいれば、ノア様とクドウと私が直ぐに消しますからそう身構えずにご安心ください。」


と言われた。


消すって…。そんな鉛筆で書いた間違いを消しゴムで消すみたいに軽く言っちゃって。怖いよ〜。


ミナミさんもやっぱりクドウさんみたいに特技があるのかな?と考えていると


「そうですね。強いて言えば私の特技は隠し刀でしょうか。」


と言われた。ヒッ!考えを読まれた!!



第三離宮の使用人は、なかなか癖が強いな…。



そうぼやぼや考えている内にあれよあれよと準備が進んで、ミナミさんに手を引かれながら今日の勉学の代わりであるダンスレッスンをする為にダンスホールに向かった。


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